第32話 偕楽軒


 4月15日、未来達は「半ドン」という事もあり、西新町3丁目にある真教寺前の「偕楽軒かいらくけん」という洋食レストランでエミリーとマーティンの釈放祝い事で食事をする事になった。外部は赤瓦の屋根に洋風な建物、傍には「KAIRAKUKEN」と英語で書かれていた。


「偕楽軒・・?この時代の沖縄にも洋食店があったんですか?」


 蓮は琉洋折衷の2階建ての店を見た。


「そうみたいだな」


 流石に拓也もこの時代の沖縄に洋食レストランがあったとは思わなかった。


「沖縄って食堂とかステーキのイメージが強いけどね」


 未来は偕楽軒の建物を見上げた。


 すると、向こうから4人組の男女が歩いてきた。


「おーい!伊舎堂盛一君!」


 この時代の拓也の名前を呼んだのは康徳だった。


「おっ、あいつら来てんじゃねーか」


 拓也は康徳の方を見ると、そこには康徳と同年代の庇髪に眼鏡をかけた色白で地味な顔の着物姿の女性と蓮と同年代で束髪に目鼻立ちがはっきりした目元がキツイ袴姿の女性と未来と同年代で「一中」と書かれた校章入りの学帽を深く被り、未来と同じように肩掛けカバンをした学生服姿の男性がいた。


 未来は彼らが康徳が言っていた自分達以外にもタイムスリップしてきた子達なんだろうなと思った。


「康徳さん、もしかして・・」


 未来が彼らに指を指すと、康徳が「あー」と言いながら「そうだよ。この子は小野寺海音おのでらかいとと言って首里城の周辺にいたところを俺達が拾った。家族と一緒に観光している時にタイムスリップしたみたいだな」


 康徳が海音がタイムスリップした経緯を伝えると、海音が「家族と言っても叔母さんの家族と弟ですけどね・・」とよく見ると、海音は色白で背の高い塩顔のイケメンだが、覇気が無さそうな雰囲気だった。


「未来ーこの子、かっこいいけど・・なんか元気無さそうだね」


 蓮は海音の様子を見て心配そうにしていた。


「うん。そうだね・・もしかして私のように『半ドン』に慣れていないのかな?」


 すると、蓮と同年代の女性が。「あっ、大和ー先輩の妹だー先輩にしにめっちゃ似てるー」


 女性は急に未来の元に来てほっぺたを触ったが、未来が嫌そうな顔をしていた。


「大和ー先輩?あの・・大和ーにーにーの後輩ですか?」


「そうだよ。私は大和ー先輩が通ってた高校のソフト部のマネージャーだったよー」


「そうなんですか」


「うん。大和ー先輩ソフト部のエースだったよ」


「まあ新聞に載っているぐらいだから強かったと思います。確かインターハイで優勝して全国まで行きました」


 未来はかつて自身の兄がインターハイで優勝し、全国大会まで行った事を覚えている。確か全国大会は両親や長兄と共に応援に行ったな・・・・。


「そうよ。よく覚えているねー」


「当時、小6だったので」


「あの人はすごかったよ。大和ー先輩の事、好きだったからさー告ったけど全然だめだったよー」


 その様子を見ていた蓮は不機嫌そうな表情で「えーあんた。その前にいう事があるでしょ?」どうやら彼女の馴れ馴れしい行動が嫌気が察しっていたようだ。


「え?もしかして自分の名前?名前は安冨祖麗奈。あふそれな恩納村に住んでいるよー高校が大和ー先輩と一緒なだけ」


 麗奈と名乗る女性が笑いながら話すと、蓮は「はっしぇ」という顔で彼女を見た。


「そうなんですか。私はその大和ー先輩の妹の兼村未来です。普段は東京の学校に通っていますが、わけあってこっちに来ています」


 未来は麗奈に自己紹介をした。


「あーよろしく。そういえば先輩の妹は地元の中学校じゃないって言っていたね。で、あなたはもしかして・・?」


 麗奈は蓮に指を指すと、蓮は「何?」と不機嫌そうな表情になった。


「もときー先輩の友達の翼ーさんの彼女ですか?」


 なんと麗奈は蓮の恋人である翼の事を知っていたのだ。驚いた蓮は「そうだけど。なんでつばさーの事わかるの?」と質問してきた。


「もときー先輩も麗奈ーと同じ高校のソフト部で、翼ーさんは文化祭によく来ていました」


 麗奈が翼の事を話すと、蓮はそう言えば翼とデートができない日があったなと思ったが、友人達と文化祭に出かけていたとは。


「そうなんだ」


 蓮は翼が浮気していなくて良かったとどこかでほっとしていた。


「で、こっちが松下古奈美まつしたこなみっていう俺とは事実婚をしてる女性だ。この時代では遠藤ハルっていう小学校の先生をしている」


 康徳が眼鏡をかけた女性を紹介すると、「松下です。康徳とは一緒に住んでいますが、猫派なんで獣臭がすごいなと思っています」とお辞儀した。


「獣臭は余計だ」


 康徳は彼女にツッコミを入れたが、彼の自宅を訪れた事がある拓也にとって「ああ、そうだろうな」と思っていた。


 すると、向こうからエミリー達が歩いてくるのが見えたので、「おっ、主役が来たぞ」と拓也がエミリー達の元に来た。


「何だよ。主役って」


 エミリーがヘラヘラ笑うと、店の中からウェイターが出てきた。


「ご予約されたその・・遠藤様と言うのは」


 見た限りウェイターは沖縄の人というより、本土の人に見えた。


「あっ俺です!12名の予約です!」


 康徳がウェイターの元に来ると、ウェイターが「では、店内まで案内させていただきます」と丁寧に答えると、12人は偕楽軒の中へ入り、2階に上った。


 2階に上がると、店内は和洋折衷を基調とした窓から海が見える綺麗なレストランだった。


「なんかリゾートホテルみたいなレストランだね」


「そうだね」


「ご予約された席はこちらです。どうぞごゆっくり」


 未来達を2階まで案内したウェイターがお辞儀をすると、未来達は席に座った。


「康徳、よく見つけてきたな。俺、地元だけど、知らなかったぞ」


 拓也はうちなーんちゅでありながら「偕楽軒」という店を知らなかった。


「いや、俺も知らなかったけど、たまたま仕事で調査していたら見つけたんだよ」


「そうなのか」


 拓也がびっくりしていると、未来達の元に先程のウェイターが来た。


「ご注文はいかがですか?」


「え?注文?あー料理のですね。えーと俺はビーフステーキで」


 拓也がビーフステーキと応えると、康徳は「なんかこれ西洋なすって書かれているけど、トマトの事か?じゃあトマトハンバーグで」


 康徳はトマトハンバーグを注文した。


「かしこまりました」


 ウェイターはお辞儀をすると、厨房へ向かった。


 注文してしばらくすると未来達12人分のメニューが来た。


 未来達は早速、エミリー達の釈放祝いという事で食べ物を飲み食いしたりしてかなり盛り上がっていた。


 そんな時、食事の席で黙っていた古奈美が口を開いた。


「実は今、食事をしている5人の他に3人の行方がわからなくなっているけど、1人は小学生なのと彼が帝国機関に誘拐されているかもしれないっていうのは康徳から聞いているよね?」


 古奈美が訪ねると、みんなコクリと頷いた。


「その帝国機関だけど、中学生以下の子供を誘拐して過去で養子縁組をしているらしい。潜入した学校にそれらしき子がいた」


 古奈美が衝撃的な発言をすると、他のみんなは耳を疑うような表情をしていた。


「養子・・?」


 拓也は「養子」と言われてあまりピンと来なかった。


「なんのためにしているのか私もよくわからないけど・・」


 古奈美が話そうとすると、「もしかして祐希ーの事ですか?」とコックの格好をした70代前後の男が現れた。


「食事が終わったら、話を詳しく聞いてもらいましょうか?」


 古奈美は男に声を掛けた。

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