第31話 県知事辞任騒動


「自分達がやった事への正当化ってもしかしてSNSでよく言われている『日本は当時の韓国に大学を作ったから酷い統治をしていない』とかそんな感じ?」


 未来はSNSでよく見かける言説を話した。


「そうだ。SNSでよく『日本統治下の韓国ではインフラ整備や大学を作ったから酷い統治をしていない』と言われているが、実際は当時の日本人が住みやすいように作られた街だし、大学も学生の殆どが日本人だ。それで言ったらイギリス統治下のインドにも大学を作っているが、それが正しかったって事になるよな・・」


 拓也もSNSで見かける言説には怪訝な目で見ており、どうもそれが「正しい」とは思えなかった。


「そうだよね・・やっぱり正しくないよね・・『大学』作っても植民地にしている事は変わらないし・・仮に沖縄に『帝国大学』を作っても沖縄出身の学生がいるかと言えば微妙だよね」


「昔の琉大みたいに本土出身の学生ばかりだろう」


 拓也が呟くと、康徳が「大味久五郎っていう知事が辞めるのはわかるけど、『沖縄に帝国大学を作る』ってどこの誰から情報を手に入れたんだよ?」と拓也がどうやってその情報を手に入れたのか気になった。


「帝国大学の情報は松尾山の近くにある沖縄警備隊区司令部の官舎であいつらが話しているのを聞いたのと、県庁の同僚である橋口が話していたんだ。橋口は未来の情報によると、娘が女学校に通っているみたいだが、奴も帝国機関と関わりがある人間と見ている。大学の場所はまだ決まっていないらしい」


「大学の場所は決まっていないのか・・場所が決まればそこの住民と揉めそうだな・・」


 康徳は嫌な予感がした。


「そうだな・・2016年で起こっている辺野古移設のように揉めるかもしれないな」


 拓也も康徳同様、帝国機関が何かやらかす予感がしていた。


「俺もそう思うよ。過去と今って繋がっていないように見えてそうでも無いからさ・・あっちょっと話変わるけど、せっかくエミリーとマーティンが釈放されたからそのお祝いとしてどこか食事にでも行かないか?」


「え?食事ってどこで食べるんだよ!」


「あの時代の沖縄ってレストランみたいな所ってあった?」


「さぁわかんない?」


 康徳の急な誘いに拓也や未来、ケイティ―はやや驚いていた。


「おい、康徳!急だぞ。いきなり準備してレストランに行け!と言われても困るぞ!」


「そうだ!今日は財団本部に向けて報告書を書く日では無いのか?」


 エミリーやマーティンにも注意された。


「違うんだ。今日じゃなくて、明日行こうかなって思っているんだ。だって明日は半ドンだろ?」


 康徳はへらへらしながら話すと、未来は「半ドン」の意味がわからなかったので、「おじさん、半ドンって午前中だけって事?」と拓也に聞いた。


「そうだ。この時代もそうだが、日本では長い事、土曜日が休みじゃない時代があったんだ。俺が中3の時に第2、高2の時に第4土曜日が休みになる事はあったが、後はみんな半ドンだったからな」


 拓也が「半ドン」の事を説明すると、未来はそう言えば両親からその話を聞いた事があるなと思い出しつつ、「そうなんだ。でも、土曜日が学校ってイマイチ慣れないな・・」物心ついた時から完全に土曜日が休日だった世代の未来にとって「半ドン」は慣れないものだった。


「おっ、未来も『半ドン』に慣れないのか?大丈夫だよ。うちで預かっている子達も『半ドン』には慣れないと言っていたぞ。明日、2人を連れて来るから紹介してやるよ!」


 康徳は帽子のツバを触りながら、ニコりと笑った。



 通堂町にある県知事官舎は心底穏やかではなかった。というのも前知事大味久五郎おおみきゅうごろうの横暴ぶりに多くの県民から反発を買い、休職に追い込まれたからである。


 現在、その男はその官舎で妻さたと小学生になる長女久子、未就学児の長男金久と共に静かに過ごしている。意外かもしれないが、そんな大味久五郎もここを拠点の1つにしている帝国機関の人間と相反し、危うくVANISHで消されそうになっている。


「私は沖縄に高等教育機関を置くのは反対だと言っているのに、奴らは沖縄に『帝国大学』を置こうとしている。全く!虫酸が出るわい!!」


 そのでっぷりした身体の久五郎は縁側で怒っていた。


「あなた!子供が見ているわよ」


 さたが久五郎に注意すると、長女の久子「ただいま~」と長男の金久を連れて官舎へ戻って来た。


「おっおかえり久子。学校はどうだったか?」


 久五郎の言葉に久子は不機嫌そうな顔で「お父様の事を言われて散々だったわ」

 と持っていた肩掛けカバンを下ろして自分の部屋へ行った。


「ああ・・久子まで・・」


「そうみたいですね」


「あの中で信用ができるのは秘書の鮫島君ぐらいだな」


 久五郎は腕を組みながら秘書の鮫島の事を思い出した。鮫島こと鮫島孝太もまた帝国機関の一員であり、この時代では県知事の秘書として活動している。実は大昧九五郎がVANISHで消されずに済んだのも彼のおかげである。


「大昧元知事、官舎での休職はいかがお過ごしでしょうか?28日にはここから東京へ帰る事ができます」


 鳴海に似た顔立ちの若い青年が久五郎やサタの目の前に立っていた。


「誰かと思えば鮫島君か。休職期間は暇だったぞ。できれば28日より早く東京に帰りたいな」


「28日まで我慢して下さいよ」


「そうか。なら仕方あるまい。28日まで我慢するとしよう」


 孝太に言われると、大味はやむなく4月28日になるまで知事官舎に滞在した。

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