第26話 喜舎場朝賢①


 ティムとザックが県立図書館で襲来した事件は翌日、新聞に掲載されようになり、彼らの謎の死についても書かれていた。金城拓也になるべく伊波普猷と関わるなと注意された未来であったが、ケイティーが琉球併合時に起こったある出来事を知りたいという事で学校帰り仕方なく県立図書館へ行った。


 図書館の中へ入ると、未来はさっそく郷土資料室に入った。


「ねぇケイティー琉球処分、いや琉球併合の時に起こったある出来事って何?」


 未来は琉球併合が1879年に起こり、首里城に熊本鎮台の軍隊がやって来て尚泰王とその一族が東京に連行された事やその前後に頑固党と開化党という2つの派閥がいた事も知っているが、それ以外にも琉球併合に関するものがあるのか?未来はそう考えてしまった。


「琉球併合の前後に首里王府の役人が日本軍に拷問された事」


「!?」


 未来はケイティーの言葉に耳を疑った。日本軍に拷問?琉球史に精通している未来でもそれは初耳だった。日本軍と言うと沖縄戦時に住民虐殺したことが著名だが、それ以前にも沖縄のいや琉球の人間に対して拷問を加えていたとは・・・・


「その情報ってネット?ネットなら信用できないよ」


「違う。ネットじゃない。喜舎場朝賢きしゃばちょうけんという人が書き残した『琉球見聞録りゅうきゅうけんぶんろく』に記されているの」


未来はケイティーが言う喜舎場朝賢という名前を聞いて「はっ」とした。未来が現代にいた頃、よく読んでいた小説に彼がモデルの人物が登場していたからだ。その小説は琉球併合前後の琉球を舞台にした小説であり、ドラマにもなったが、妙に本土側に都合がいい内容であった事だけは覚えている。


「喜舎場朝賢、よく読んでいた小説に似た名前の人がいるけど」


「多分、小説はその人がモデル。とにかく『琉球見聞録』には王府の役人から見た琉球併合、いや侵略の記述が書かれているんだけど・・・・」


ケイティーは数多くの郷土資料がある本棚から資料を探した。とそこに「琉球見聞録」と書かれた本があり、「あっあった」とケイティーはその本を取った。


「どれどれ『琉球見聞録』文学士伊波普猷序!?東汀喜舎場朝賢著・・ねぇなんであの人の名前があるの?」


「さぁとにかく編集に関わったんじゃない?読んでみよう」


未来に促されると、ケイティーはページを開いて「琉球見聞録」を見た。すると序章の文にはこんな見出しが大々的に書かれていた。「序に代へて琉球処分は一種の奴隷解放也」と。


ケイティーはこれを見て「Fuck!あいつ頭わいてんじゃねぇーの?琉球はハワイのように侵略されて滅びたんだよ!」ケイティーは伊波普猷の言説が信じられなかった。


「私もそう思うよ。それにこの人の言説なんか矛盾しているよ。だって1609年の薩摩侵攻は正当化していないのに1879年のそれは正当化するなんておかしいよ」


未来は伊波普猷の言説の矛盾点を述べていると、「何やら汚い英語が聞こえて来たが、宮城君か?」郷土資料室に普猷が入って来た。どうやら彼はケイティーが言ってた英語の意味がわかっていたらしい。


「そうだけどなんでわかったの?」


ケイティーは普猷を睨んだ。


「そりゃ英語ぐらい中学や高校、大学で習うからわかる。中学の時は児玉校長にその権利を奪われそうになったが。宮城君はここで何を探しているのかね?」


「決まっている!喜舎場朝賢が書いた『琉球見聞録』に書かれている王府の役人が日本軍によって拷問されたって話について詳しく教えて欲しい!」


 普猷はそれについてあまり答えたくなさそうだったが、ケイティーの強い目つきに圧倒されてやむなく答えるしかなかった。


「あーあの頁か。あれは186頁~189頁まで書かれている。しかもあの事件は処分官の松田道之の命で琉球中の租税の貢納を旧琉球藩の役人が収入とするのを禁じたのにも関わらず、役人がことごとく租税を収納したからだよ」


「でもだからと言って拷問が許されるわけがない!」


「まぁ拷問は許されんが、中には密告したものもいたぞ。殆どが平民だが」


「普猷さんじゃなくて伊波先生いふぁしんしー、この時は王府の役人を対象に拷問を加えていたけど、30


「伊舎堂君、怖い事言わないでくれよーなぜ君はそう思うんだい?」


「今の沖縄を見ていたらそういう風にしか見えないので」


「みっいやカマドゥーが言っている通りこの事実を知らないと後々大変な事になりますよ」


「そうか?」


伊波普猷はをまだ知らないようだ。


「私、喜舎場朝賢さんに会いたいです。今、どこに住んでいるか教えてください」


ケイティーは普猷に喜舎場朝賢の所在地を聞いた。


「宮城君は彼に会いたいのか?変わっているね。喜舎場朝賢なら島尻郡大里村字仲村渠1564番地に住んでいる」


「ありがとうございます。じゃあこの本借りますね」


ケイティーは図書館のカウンターの方に行き、「琉球見聞録」を借りることにした。本を借りた後、未来達は歩いて松尾山の潜伏地まで行った。


そこにある赤瓦の家を訪れると、拓也が県庁から戻ってきた。


「どうした?」


「あっおじさん、あの喜舎場朝賢に会いたいってケイティーが言っているけど、今から喜舎場朝賢に会いに行ってもいいかな?」


未来の要求に拓也は「?」という表情になりながら「待ってくれ。カリフォルニア支部のエミリーに聞いてからだ。後、喜舎場朝賢が住んでいる場所を教えてくれ」と慌ててメモをとった。


「玉城村字仲村渠だって」


「玉城村・・今の南城市あたりか・・・とにかく今からそこへ行くとかなり時間がかかる。玉城村に行くのは明日にしてくれ」


拓也に言われると、未来はしょんぼりしながら赤瓦の家の前に来てに「ごめんね。今日はいけないみたい」と告げると、「OK、明日そっちに行くわ」とケイティーは少し残念そうな顔をしながら松尾山を去っていった。





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