第25話 用済み


 一方、図書館から出たティムとザックは離せ、離せとコールしていたが、マーティンによって松の木に押さえつけられていた。


「おぃ、ニガーなんで押さえつけるんだ!普通、逆だろ?さては元警察か?」


 ティムがマーティンに質問をした。


「警察では無い。元はアルバース財団の機動隊。その前は沖縄で海兵隊をしていた」


 マーティンがティムの質問に答えた。


「ぺっ!海兵隊マリーンかよ!俺とザックは空軍エアフォースの子供だぞ!」


 ティムは道端に唾を吐きながら話した。


「私もアルバース財団に入る前、海兵隊だった。けど、95年に起こった事件がきっかけで辞めて、貯めたお金で大学に行った。もちろんマーティンもね」


 エミリーがティム達に話した95年の事件とは1995年、金武で起こった米軍による少女暴行事件である。この事件は大規模な県民大会にまで発展した。


「95年の事件?何だそれ?」


「おい!俺は翌年の96年、ティムに至っては911の年に生まれているんだぞ!95年の事件なんてわかるわけないだろ?」


 95年当時生まれていなかったティムとザックにとってそれは全く知らない事件だった。


「悪かった。確かにあなた達はまだ生まれていなかったみたいだね。あれは米軍が小学生ぐらいの女の子を誘拐して・・これ以上は言えないけど、とにかく酷い事件だった・・」


 エミリーは言葉を詰まらせながら話すと、マーティンが「君はこれ以上、話さなくてもいい」と彼女を慰めると、ティム達に話を続けた。


「エミリーの話の続きになるが、加害者は俺と同じ黒人だった。もちろん、加害者には腹が立ったし、負い目を感じる事もあった。アメリカではマイノリティーだった俺も沖縄ではマジョリティーになる事があると思ったんだ。けど、なにより腹が立ったのは軍の司令官が『レンタカーを借りる金で女が買えた』と言った事だ!被害者である少女の尊厳が傷つけられたというのにこれだ!加害者も軍のトップも沖縄の女性を1人の人間として見ていなかったと言う事だ。それはお前らも同じだ。俺とエミリーはあんな奴が上にいる軍にはいられないという事でとっとと辞めたんだ!」


 普段はクールなマーティンが怒りを露わにしながら話した。


「そうか。で、俺達に伝えたかった事はなんだ?」


 ティムがマーティンにたずねると、「黒人の俺でもアメリカ人である以上、沖縄に対しては加害者側だ。ましてや白人のお前達は・・」


 マーティンがティムに話そうとすると、「あの・・」と眼鏡をかけた背の高い男が立っていた。男は恐らく近くの県庁の役人だろう。


「ん?私が言っている事が通じていたのか?」


 マーティンは日本語で男にたずねた。


「いいえ。私は英語があまりわからないので・・」


 男は弱々しい感じで話した。


「そうか。で、私が怖くないのか?」


 マーティンは当時の人が黒人、アフリカ系アメリカ人を見慣れていないので、自身を恐れているかと思っていた。


「大丈夫です。外国人は東京で見た事があるので」


男は弱々しい話し方をしていていたが、マーティンに怯えることは無かった。


「そうか。で、何か用か?」


 マーティンが男にたずねると、ティムが「おい!ニガー離せ!そいつは俺達の知り合いだ!」と答えた。


「俺はニガーでは無い、マーティンだ。その男がお前の知り合いなら手錠を外そう」


 マーティンは男がティムの知り合いだと知ると、手錠を外した。


「マーティン、いいのか。本当にあいつらを信用していいのか?」


 エミリーはただでさえ、自分達を差別し、過去の重要な人物達に銃を向けたティム達が今度はあの男にも牙を向かないか心配だった。


「そうだな・・それはそれで怪しいな」


 マーティンはティムに再び手錠をかけようとすると、「大丈夫です。本当に彼らは私の知り合いなんです。手錠をかけるのはやめてください」男がマーティンやエミリーにお願いすると、マーティンは男に「わかった。手錠をかけるのはやめるからティム達を引き渡す。その代わりあんたは奴らを警察に引き渡してくれ!県立図書館で人を殺そうとしたんだ」


 マーティンが男に伝言を伝えると、男は「わかりました」と答え、ティムとザックを連れて行った。


 その様子を見た2人は心配そうに見ていた。


 男に連れて行かれたティムとザックは男に「あいつらから助けてくれてありがとうな!」と答えた。


「そうですか・・でもあなた達は何もしていないじゃないですか?」


男がニコッと笑いながら日本語で話すと、「?」ティムとザックはキョトンとした。


そして男がティムから銃を奪うと、「だってVANISHと懐中時計を取り返す事は出来なかったですしね。もうあなた達は用済みです」と答えると、銃を放ち、ティムとザックを撃った。


 2人共、地面に倒れたが、ティムの方はまだ息の根があった。


「おい・・撃つなんて聞いていないぞ・・俺を童貞のまま殺すのか?」


 ティムは息も絶え絶えになりながら英語で質問すると、男は「はい」と日本語で答え、容赦なくティムを撃った。


「本当ならVANISHで消した方が早いが、そのままにしておくか」


男はVANISHを持ちながらその場から去って行った。


 図書館の帰り道、拓也は未来になぜ、県立図書館に行ったのか聞いた。


「だって。妙子に誘われたから」


「妙子って橋口妙子か?」


「うん」


「うちの同僚の娘か・・」


「知っているの?」


「ああ、妙子の父親が県庁の同僚なんだ。あいつ優しいけど、どこか引っかかるんだよな・・・」


「なにか怪しいことをしているの?」


「いやそうではないと思うけど・・・・・仕事の話じゃなくて私的なことも聞いてきてうんざりする」


「ふーん」


「後未来、伊波普猷の事『先生』って呼んでいたのはなぜだ?」


「本人がそう呼んで欲しいって」


「そうか。やっぱり伊波普猷と距離置いた方がいいな」


「うん」


「よし、そうなったら潜伏地に帰ろう」


 未来と拓也は夕焼けの中、松尾山の潜伏地に帰った。しかし、背後から黒い影が2人を覗いていた。



「何!?あの2人が死んだ?」


 通堂町にある知事官舎を拠点の1つに置いている帝国機関の副本部長井上肇は怒り心頭だった。


「はい。ティムとザックは松の木で死んでいるのが見つかりました。恐らく2人が所有していたVANISHや懐中時計は無かったので、財団の手の者に渡ったと考えられています」


 隆平の報告により、肇は机にある書類を丸ごと投げ出したくなる思いだった。


「くそっ・・あの2人も奴らに殺されたのか?」


 肇は隆平にティムとザックの事を聞いた。


「さぁ私もそこまでわかりません。また県民から反感を買い、休職中の県知事大味久五郎の後任として彼の上司である小田切磐太郎が赴任するそうです」


 隆平が沖縄県知事(官選)に関する情報を伝えると、井上は「よし!小田切磐太郎に関する情報を那覇郵便局で交換手をしている柿沼に連絡だ!」肇はさっそく、柿沼という人物に電話をしようと電話機に向かおうとすると、1人の男が扉を開いて入ってきた。


「井上、無闇に早まることをするな。お前の悪い癖だ」


「こっ、これは本部長」


 肇と隆平は本部長らしき男に一礼をした。

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