第23話 沖縄県立沖縄図書館②


 図書館の中に入ると、本を貸出する受付の上に「楽我嘉賓」と書かれた掛け軸があった。恐らくこの掛け軸も琉球国時代に書かれたものだろうと未来は思っていた。


「ここが県立図書館の内部か」


 未来は始めて見る当時の県立図書館の内部に興奮気味だった。とそこに詔人がモダンな椅子に座り、机の上で本を読んでいた。

「詔人、こんなところにいないで帰るよ」

妙子が詔人の腕を引こうとしたが、詔人は妙子の手を振り払った。


「待ってよ姉さん、伊波先生から勧められた本を読んでいるんだ」


詔人は頑なにここから帰ろうとしない。

「馬鹿言ってないで帰るのよ」


 妙子が詔人を連れて帰ろうとすると、「そんなに慌てて帰ろうとしなくてもいいじゃないか」 どこから声が聞こえたかと思ったら伊波普猷が部屋から出てそこに立っていた。初めて出会ったときと違い、ここではくすんだ黄緑色のスーツを着ていた。

ああ、写真で見たあの姿だなと未来は思った。


「あっ普猷さん、こんなところにいたんだ」


「伊舎堂君、あまり私の名前で呼ばないでくれたまえ。まるで私がみたいではないか」


「ごめん。じゃあ伊波先生いふぁしんしーの方が良かった?」


「そっちの方がいい」


「そっか。図書館の館長だけど、先生しんしーって呼ぶよ」


「うん」普猷がコクリと頷くと、弟の月城や比嘉牧師こと静観が来た。


「月城さんと静観さん!静観さんならわかるけど、月城さんはなんでここにいるの?」


未来は 図書館司書の静観が県立図書館にいる理由はわかるが、月城がなぜここにいるのかわからなかった。


やっちー兄さんが心配で新聞社の仕事切り上げてここに来たんだ」


「新聞社の仕事って記者ですか?」


「そうだよ」


 月城が答えると、そういえば叔母も沖縄の新聞社で働く新聞記者だったなと未来は亡くなった叔母の事を思い出した。

叔母は1年前、沖縄で取材中に美栄橋から転落死している。警察は自殺だと言っていたが、未来も拓也も叔母が自殺したとは思っていない。拓也に至っては叔母は帝国機関によって殺されたと思っている。


「月城さんが図書館の仕事も手伝っているからこっちもなんとかなっているんです」


「私じゃダメか?」


「ダメって訳じゃなけいけど、先生しんしーはちょっとずれているからね」


 すると、図書館の入口から2人の中年の男女が入ってきた。女性の方は白髪混じりで優しそうな女性が庇髪に紫の着物を着ていた。男性の方もすっとぼけた顔をしていたが、女性同様、優しそうな顔で白シャツにサスペンダーをしていた。


「妙子様、詔人様、お迎えに上がりました」


男性の方が一礼して図書館に上がり込んだ。


「哲夫に幸代さん、来ていたのね。どうしてここがわかったの?」


「妙子-哲夫さんって誰?」


「あっ、伊舎堂さん達に紹介していなかったわね。哲夫さん夫婦は私の家のお手伝いさん。長年、一緒にいるからお世話になっているの」


「どうも水池哲夫です」


「妻の幸代と申します」


水池夫妻は未来達に挨拶した。


「最近、詔人様が通っているので県立図書館の場所を覚えました。それに姉弟とは言え、男女2人で外を歩くのはご法度です。さぁ、私達と共に帰りましょう」


「え?別に姉弟なら別にいいんじゃないの?」


「伊舎堂さん、学校の校則で決まっているの。例え姉弟でも男女2人で外を歩くのはダメなのよ」


「えー厳しすぎ」


「哲夫、まだ本を読み終わっていないよ」


「とにかく帰りましょう!」


哲夫に言われると、妙子と詔人は彼らに連れられて図書館を出た。


「あーあ。帰ってしまったね」


「私達と関わりたくないのだな…」


普猷は下を向いて詔人が読んでいた本を取った。


県立図書館を出た水池夫妻と橋口妙子・詔人の姉弟は坂道を歩いていた。すると、向こうから2人の外国人が走っていた。そう、ティムとザックだった。普段、彼らはアジア人にかなり攻撃的だが、なぜか彼らには声を掛けて来た。


「お前らザックが落とした懐中時計を持っているやつはいなかったか?」


 ティムが話した英語を妙子や詔人、幸代はわからなかったが・・・


「県立図書館にいる」


哲夫は英語で答えた。


「わかった。おぃザック、そっちに行くぜ」


 ティムはザックを連れて県立図書館に走って行った。

 一方、県立図書館に残った未来は伊波普猷達と本を読んでいた。


先生しんしーー…?妙子ーと詔人ー似てるよね」


「そうだな。瓜二つだ」


「もしかして双子かな?」


「橋口君に学年を聞いたら4年生みたいだからそうかもしれないな」


「やっぱり!妙子ーも4年生だよ」


すると、図書館の入口から1人の顔の濃い男性が現れた。男の声は小さな声だった。


「ヤマ―元気か?」


「あぃ眞境名まじきな君。樽金たるがにーじゃないか」


 普猷は樽金と呼ばれる男性の元へ駆けつけた。樽金とは眞境名安興まじきなあんこうの事であり、伊波普猷の盟友にして尋常中学ストライキ事件で行動を共にした人物である。


「ヤマ―ちゃんと仕事しているか?あれ見かけない顔の子がいるね」


安興は本を読んでいる未来を見た。


「伊舎堂君。東京にある櫻崎学園から県立高等女学校に編入して来た子だよ」


「伊舎堂カマドです。女学校4年です」


未来は偽名を名乗った。


「カマドって言うのか。東京の学校でもそれで通していたのか?」


「はい。割と自由な学校なので校長先生が『そのままでいい。それが個性だから』って言っていました」


「変わった学校だね」


「そうだろう?伊舎堂君が通っていた学校が自由過ぎて私も若ければ通ってみたいと思ったほどだ」


「尋常中学は自由と程遠い学校だったからねぇ」


「あの児玉校長がいたからな・・・・」


 伊波普猷と眞境名安興が昔の事を懐かしんでいると、「パン」と銃声が鳴った。


「おぃ手を挙げろ!撃つぞ!」


急にティムとザックが銃を持って図書館に乗り込んだ。「え?」未来は一瞬、何が起こったのかわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る