第22話 沖縄県立沖縄図書館①
未来は今日、裁縫の授業があると聞いてとても憂鬱な気持ちで学校に行った。裁縫は家庭科の中で最も嫌いな科目だった。小学生の頃から裁縫をするといつも酷い出来になり、刺繍したはずの糸がほつれるほどだった。ある時、裁縫の授業でイルカを象った刺繍をしたら、同級生に「魚」だと言われた苦い思い出がある。
小学校を卒業して櫻崎学園に入学すると、裁縫の授業がほぼ無いので良かったが、沖縄県立高等女学校はあるので、裁縫の授業をさぼりたかった。
1時限目は国語で初子先生の授業を一生懸命聞き、2時限目は割と好きな図画の
「本当、デッサンだけは上手いんですよ」
未来は色塗りが下手なのでデッサンだけが上手いと言った。
そしていよいよ裁縫の授業だ。しかも、3限目と4限目という2時間使ってする授業なので最悪という他ならない。
体操の授業も着替えと身体が硬くてうまく体操が出来ない事で苦労しているが、こっちの方が大変だ。
裁縫の授業の時間が近づくと、胃が痛くなり、机の上でうずくまってしまった。
「伊舎堂さん大丈夫?」
妙子は未来の背中を触った。
「うっ、吐きそう」
未来は手で口を抑えた。
「保健室に行く?」
「だっ、大丈夫だから」
未来は少し無理してしまい、結局、裁縫の時間をさぼる事はできなかった。
裁縫の授業が始まると、2016年の裁縫の授業よりもずっと手の込んだ高度な授業をしており、ミシンをするやら着物を制作するやら未来の母から聞いた高校時代の裁縫の授業よりずっと難しい授業だった。
「うーんやっぱりできないや」
未来は玉結びや返し縫いもまともにできなかった。
「伊舎堂さん、私が手伝うよ」
妙子が未来の裁縫を手伝った。
すると、2人を見ていた裁縫の女性教師がムスッとした表情で言った。
「伊舎堂さん、いつも橋口さんから裁縫を手伝ってもらっているようですが、たまには自分の力で行ってください。そうでないと立派な良妻賢母になれませんよ」
女性教師は当時の女学校が目指す良妻賢母教育を未来に教えたが、未来はそう言われても「?」というような表情をしていた。なぜなら、未来がいた現代において良妻賢母教育は古い教育だと言われているからだ。
「私は別に、良妻賢母になるつもりはありません。ただ、女学校を卒業したら大学に進学して学者になりたいと思います」
未来の発言に周囲の女学生達は驚き、教師は怒りを顕にした。
「大学?まあ、結婚もせずに大学に進学するつもりなのですか?」
1913年に東北帝国大学が女子生徒を受け入れたとは言え、まだまだ女性が大学に行くことが珍しかった時代において未来の発言は爆弾発言であった。
「伊舎堂さん、先生の前でわきまえない発言は控えた方がいいよ」
妙子は未来に教師の前であまり本当の事を言わないようにと注意されたが、未来は妙子の話を聞かなかった。
「はい。一応、そのつもりです」
未来は教師の前で堂々と自分は大学に進学して結婚しないつもりだと言った。未来の発言に他の生徒達は「え?」と驚くのもいたが、中には「新しい女」だと未来を称賛するものもいた。
「・・・皆さん裁縫の授業を始めてください。伊舎堂さん、言葉を慎むように」
未来は女性教師に注意された。
学校の授業が終わると、妙子に県立図書館に行こうと誘われた。未来はアルバース財団のインターシップ生は原則単独行動をする事ができないというルールを守っていた。
「県立図書館に行けるのは嬉しいけどごめん。お義母さんが迎えに来るからできない」
この時代では未来の継母という事になっている縁が迎えに来るから一緒に図書館に行くことができないと断った。
「でもお母さんには『図書館に行くから迎えに来なくてもいいよ』って連絡すればいいじゃない」
連絡手段が今より困難なはずの100年前の人がさらっと簡単に言った。え?100年前って電話が出たぐらいじゃないか?それに校内に電話があってもどうやって繋げるんだ?未来は妙子の言葉に困惑した。
「じゃあ、校内にある電話で連絡してくる」
未来は嘘をついて校内の片隅に向かうと、通信機を利用したイヤホンで縁と連絡を取った。連絡を終えると、未来は妙子の元へ戻って来た。
「ちょっと困っていたけど、大丈夫だって」
未来がそう言うと、妙子は未来と共に学校から通る路面電車に乗って
「ねえ妙子ーなんで図書館に行くの?」
「弟が図書館に入り浸りだから迎えに行くの」
「迎えにって。図書館に入り浸る事は別に悪いことじゃないと思うけど」
「違うの。図書館に入り浸る事自体は悪いことじゃないけど、よりによって弟は館長の伊波文学士と仲良くし過ぎなのよ」
妙子は弟が普猷と仲良くしている事が気に入らなかった。
「え?伊波文学士って仲良くし過ぎたらだめなの?」
「だめよ。だってあの人、伏魔殿のような組合教会を作っているんでしょ?あの人と関わったら、弟まで組合教会の一員にされてしまうんだから」
妙子は組合教会を嫌がっていたが、既に弟は自らの意思でそこに入っている。
「そうかな?」
未来は彼らを見る限り、悪い団体には見えなかった。
「だって男女問わず入っているし、あそこ若い人達ばかりじゃない?」
そう言えば妙子が言うように組合教会のメンバーは若い人達ばかりだ。どんなに年上の伊波普猷でも40歳。確かに。言われてみれば組合教会のメンバーの年齢は偏っている。そう考えると、組合教会もカルトっぽいのか?と思ってしまう。
「言われてみればそうだね」
「そうだねって伊舎堂さん、もしかして組合教会に行ったことがあるの?」
「ちょっとだけ来た事がある。でも、そこまで関わっていないから。大丈夫だよ」
未来は組合教会とそこまで関わっていないと話したが、実際は彼らとかなり関わっている。
「そう。でも、行った事があるって事は誰かに誘われたの?」
「うん。3年生の新垣美登子さんと知念芳子さんや名嘉原ツルさん。先生だと初子先生かな?」
「うわぁ。初子先生も組合教会に入っているのね。私、あの先生が好きだからとてもがっかりだわ」
妙子は比嘉初子が組合教会に入っていることを知ると、残念そうな顔をしていた。
「でも、初子先生もそんなに悪い人じゃないし、大丈夫じゃないかな?」
「大丈夫も何もあんな伏魔殿みたいな宗教に入ったらだめなのよ。いい、伊舎堂さんもあんな変な宗教に入らないで。詔人が組合教会に入っていたら、お父様に言いつけてやるわ」
妙子は駆け足で県立図書館へ向うと、未来も彼女の後を追った。
県立図書館に着くと、そこは松林に囲まれた赤瓦の屋根と洋風の建物が混ざった琉洋折衷の建物であり、県立の図書館にしてはとても小さな建物であった。
「なんか中途半端な建物だな」
元々この時代があまり好きではない未来にとってはこの時代の建物はとても綺麗な建物に見えなかった。
「しかも東京の図書館に比べたら小さいね」
未来が妙子に言うと妙子も「そりゃ沖縄は日本の一地方だから帝都より小さいに決まっているじゃない」
未来は妙子の言葉に少し引っかかったが、県立図書館に入った。
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