第21話 松尾山の夜
(まずい・・美津子さんがモーガンに失礼な質問している)
「トランスジェンダー」という言葉が無い1916年ならそうなるかもしれないが、それでも自らを「男性」だと自認しているモーガンに対してあまりにも失礼ではないかとケイティ―は思った。
「違いますよ。彼は『男装の麗人』ではございません」
ウタは気を利かせてうまい言葉で美津子にモーガンは男性だと伝えた。
「まぁ男前ね」
美津子はモーガンを見てニッコリと笑うと、ウタはモーガン、未来、縁と共に畳に座った。
「宮城君、君とキーガン君は安里にあるシュワルツ氏が住んでいた屋敷に住んでいるのか?」
普猷がウタに当時那覇の安里にあったうらんだ屋敷に住んでいるのか?と聞いた。ちなみにうらんだ屋敷とは日本メソジスト教会の外国人宣教師が住んでいた屋敷である。
「はい。そこに住んでいます」
「そうか」
「あぃ伊舎堂さん、来てくれたんだね」
美登子が笑って未来の元へ来た。
「来たよ。それがどうしたの?」
「伊舎堂さん、せっかく来たんだから東京にいた時代の話をしたら?」
美登子に言われると未来は「え?」という表情になったが、東京時代の話をした。
東京にいた頃は櫻崎学園という男女共学の各種学校に通っていた事、神田の本屋で本を買った事を話すと、殆どのメンバーが男女共学の櫻崎学園に憧れて櫻崎学園について聞いてきた。特に組合教会を作った中心的な人物である伊波普猷と比嘉静観はその学校にかなり興味を示したらしい。
「櫻崎学園って修身の授業が無いって言うけど本当なの?」
芳子が未来に聞いた。
「修身?修身って道徳みたいな授業?そんなの無いよ。代わりに人権教育じゃなかった精神講座はあるけど」
未来は思わず櫻崎学園の現在の科目である人権教育と言いそうになったが、当時は人権教育と言う授業の事を精神講座と言うのを忘れていた。
「精神講座?それってどんな事を教えるの?」
「どんな事って・・・・人は法の下で守られる権利があるとか、そういうのを習う」
未来は今の櫻崎学園でも習う授業について話した。
「そんな授業があるのか。こりゃたまげたな。私も君ぐらい若かったら通いたかったよ。修身の授業は好きじゃなかったから」
「
「やっぱり伊舎堂さんが前に通っていた学校はすごい学校ね。逆にこっちが県立だから大変じゃないの?」
「来たばかりだからわからないけど、女子ばかりの学校だから違和感を感じている」
「それは私も同じだよ」
「宮城さんはハワイ帰りだからね。あぃ、今日は伊波
「ミトー、キリスト
「そうですね。本物のキリストはもっと顔が濃いと思うので、キリストと言うよりは道教の神様か『封神演義』に出てきそうな顔ですね」
未来の発言に対し、他の組合教会のメンバーは「ぷぷぷ」と笑っていた。本当に彼がそのように見えたのだろう。
「『封神演義』か・・・まぁ私の祖先は支那人だから仕方あるまい」
「でしょうね」
未来は普猷の祖先が中国人だと知ると妙に納得した。
比嘉静観が「聖書の話をするぞ!」と言うと、彼は本を持って聖書の話をした。
聖書の話をしている時、未来は真栄田マカトや玉城オトが消えた事で頭いっぱいとなり、全然、話を聞いていなかった。
その夜、松尾山の潜伏地で未来達はTシャツに半ズボンと言った2016年の現代とは変わらない恰好で居間に座ってタイムマシンの中にある料理機を使ってファミレスの料理を食べていた。
そこで未来と縁は金城拓也や蓮、沙夜に真栄田マカトと玉城オトという女性が消された事、その後、彼女らの存在をどこを行っても誰も知らない事を話した。
すると金城拓也が「2人はあの機械で消されたのか?」と未来に聞くと、未来はコクリと頷いた。
「やっぱりな俺達が来てから2人も消されるとはかなり痛手だな。未来、真栄田マカトや玉城オトが消された証拠はないか?」
「ちゃんとした証拠かどうかわからないけど、普猷さん達の集まりに行った帰りに縁さんと一緒に久米にある真栄田マカトさんの家族にマカトさんの事を聞いたら全員知らないって言っていた」
「私も潜入捜査で真栄田マカトさんを診察した知り合いの精神科医から彼女のカルテを調べたけど、見事に名前だけは消えていた」
「・・くそっ、先にやられていたのか・・・・」
拓也は悔しそうな顔になっていた。
「うん。こんな早く消されているから帝国機関側の人間が組合教会にいる可能性もある」
「未来、組合教会って言ったらキリスト教の集まりか?そんなところにまで帝国機関側の人間が紛れ込んでいる可能性があるのかまずいな・・・」
「うんその帝国機関側の人が誰かわからないけどね」
「そうか・・・その伊波普猷の事だが、あまり関わらない方がいい」
「なんで?」
「VANISHは対象者が消えるだけではなく、対象者のいた立場が別の人物に変わる事がある。
つまり真栄田マカトや玉城オトの代わりとなる人物がいずれ現れるって事だ。それが過去の人物とは限らない。
もし、それが俺達のようなミライから来た人間なら元の時代に帰れなくなる可能性だってある。
少なくとも未来は伊波普猷や真栄田マカトに性格が似ているから注意しろ。
いや、未来だけじゃない。俺を含め他の3人も過去の時代の人間と深く関わり過ぎるなよ!」
「はいっ!でもどうして過去の人関わり過ぎたらダメなの?やっぱり元の時代に戻って来れなくなった人がいたの?」
未来は拓也に過去の潜入捜査で失敗したアルバース財団の職員がいたの聞いた。
「いた。20年以上前、俺たちと同じ財団職員が過去に潜入捜査をした。その人は過去の人と関わりすぎたせいで、元の時代に戻ってくる事は無かった」
拓也は苦い表情をしながら未来に話した。
「やっぱり。いたんだ・・」
未来は静かに呟いた。
(その人は確か・・富澤さん・・彼女は戦国時代の東北に行き、そのまま戻って来なかった人。彼女は政宗の側室「新造の方」として名前が残っているはず)
2人の会話を聞いていた沙夜はタブレットで富澤という職員を調べた。そこにはやはり彼女の名前と生年月日が表記されており、職員になるまでの経歴や過去に行った経緯について書かれていた。
”富澤滝江 トミザワ タキエ
1965年○月✕日生 宮城県 仙台市出身
1988年 東北大学卒業後、アルバース財団時空空間専門部過去潜入課に就職。小手森城撫で斬りの実態調査のため、1588年の東北地方に足を踏み入れるが、消息を絶つ。 ”
沙夜は富澤のデータベースを見ながら未来達を過去の人に関わらせた事を後悔していた。
財団職員ですら過去の人と関われば元の時代に戻れない事があるのに、一般人である彼らにそんなことをさせてよかったのだろうか?と悩んでいた。
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