第19話 新たなる消失者


「えっとこの人達が比嘉春朝さんと月城さんの長男普哲ふてつさん」


 美登子はベースボール顔で団子鼻の比嘉春潮と色白の卵型にはっきりとした顔立ちのイケメンの普哲を紹介した。


「え!?月城さんってこんな大きい子がいたの!?」


 蓮はどこからどう見ても中学生にしか見えない普哲を見て驚いた。


「私も兄も結婚しておりますが、私の方は兄より早く子供が生まれたので、もう中学生の子供がいますよ」


 月城が兄より早く子供が産まれたことを話した。伊波普猷の結婚がいつ頃かは不明だが、彼も那覇士族の家柄なので、早婚だった可能性がある。


「あの人結婚してたの!?」


 蓮は怪しい見た目をしている普猷が結婚しているように見えなかった。てっきり独身かと思っていた。


「・・結婚はしているよ。親が決めた相手とだが」


やっちー兄さんマウシーの事、そんな風に言わない。とぅじだろ」


「・・・・」


 月城はマウシという女性の名前を言ったが、普猷は黙って下を向いた。


(マウシーって確か伊波普猷の最初の奥さんの名前だよね?確か病弱だったって聞いたな。後、2人目の奥さんがって名前だったけど、『』だから沖縄の人じゃないのかな?)


 未来は本で見た彼の2人の妻の名前を知っていた。



「後、この子が山口重三郎でみんなからサンルーって呼ばれているよ。で、あれが金城朝永。うーまくーヤンチャちらまぎー顔でかいでしょ」


 美登子が芭蕉布を着たはっきりした顔立ちの少年と学生服を着た顔が長い少年を紹介した。


「我んねーサンルーどぉー」


 重三郎は琉球諸語で自らをサンル―と呼んだ。


「えーたーがちらまぎーよ。誰が顔でかいよあれも忘れているぜ。橋口詔人ーはしぐちみこと。こいつは1年前に東京から沖縄に来た大和人やまとぅんちゅだけど、組合教会に入りたいって自分から言ってきたぜ。なぁ」


金城朝永は橋口詔人とされる眼鏡の少年の肩を組んだ。

 妙子もそうだったが、詔人もサラサラヘアーにモデルような体型をしており、とてもだが、あの時代の人間には見えなかった。

 詔人は「え?」というよな表情をした。


「1年前に府立1中から県立1中に来た橋口です。よろしくお願いします」


 詔人は妙子と対照的に小さな声で話した。


「橋口詔人ってもしかして妙子の兄弟?」


 未来は詔人に妙子の兄弟かと聞いた。


「はい。弟です」


 詔人は妙子の弟だった。


「私、その妙子の同級生」


「あっ、そうなんですね」


 未来は詔人に質問した後、とある女性に肩をトントンと叩かれた。

「ん?」と未来が振り向くと、そこには真栄田マカトという女性がいた。彼女は未来や普猷のように無表情だった。


「あなたが伊舎堂カマドさん」


「はい」


 未来が答えると、マカトは未来の腕にあるとある傷を見つけた。


「伊舎堂さんその傷は?」


「あっその傷?言いにくいけど昔、刃物で傷つけた」


「そんな事があったのね。あなたも組合教会に来なさい。あなたがここに来れば先生しんしーに救われる。私もここに来たから先生しんしーに救われたの」


 マカトは意味深なセリフを言ったが、未来はその意味がわからなかった。


先生しんしーに救われるって伊波普猷?」


「そう。私も子供を亡くして鬱になっていた所をあの方は手を差し伸べてくれた『夫と同じ墓に入らなくていい』と言われたわ」


「マカトさん結婚していたんですか?」


「はい。お見合いですけど」


「そうなんですか」


「だからあなたも私のように困った事があるんでしょ。こちらに来なさい」


 マカトは未来の手を引いて真剣な眼差しで顔を近づけた。未来は彼女の行動が少し怖いなと思った。


「・・・・」


 未来は彼女の勢いに圧倒されて黙っていた。


「後、こっちが照屋寛範かんぱんさん。首里の教会で洗礼を受けて今は県立図書館で司書しているよ」


「照屋です。よろしくお願いします」


 寛範が挨拶すると八重の方を見つめた。


「こっちは比嘉牧師で比嘉静観って呼ばれています。比嘉牧師も司書で本名は賀秀です」


「ミトー本名言うなよ」


 静観はあまり本名で言われたくないそうだ。


「じゃあ紹介は終わったという事で、組合教会に入るかはどうかは伊舎堂さん達次第って事になるね。あっこっちは寄付もあるよー後、来ていないだけで他にも組合教会のメンバーもいるからね」


 キリスト教の団体である組合教会に蓮はうーんと考えてしまった。沙夜も蓮と同じ考えであった。未来はキリスト教自体に関心は無かったが、伊波普猷が何者か知りたいのと真栄田マカトの言葉の意味を知りたいので組合教会という団体に少し関心を持った。

ケイティーはこいつら本当に沖縄の事思っているのか?と疑問に思っていた。


「あの、組合教会の入会に関してはちょっと考えさせてください」


 蓮が言うと、後の3人も立ち上がってこの場から去ろうとした。


「待ってくれ。伊舎堂君と宮城君はぜひ、組合教会に来て欲しい」


 普猷は急に立ち上がって未来とウタがこちらに来て欲しいと誘った。未来はキリスト教に関心が無かったが、本人の前でそれは言えなかったで「うん」と言って他の3人と共に長浜氏の家から去って行った。


 伊波普猷らが作った組合教会くみあいきょうかいと呼ばれるものは当時、男女問わず集まる事から「伏魔殿ふくまでん」と呼ばれ、本土の人間にも沖縄の人間にも嫌がられていた。後にその場所は長浜氏の家から伊波普猷の家が拠点となり、そこから自由恋愛をし、複数のカップルが誕生するのだが、それはまた後の話である。


 集まりが終わると、真栄田マカトと玉城オトが帰り道を歩いていた。


「ウトゥー、カマドゥーって子、腕に傷があったみたいよ」


 マカトゥーは未来の事が気になっていた。


「…腕に傷?なんでかねぇー」


「さぁ…わからない…我んみたいに傷ついた人だよ…あの子は今すぐ、組合教会に入った方がいい」


「そうねぇーマカトゥーも組合教会に入って変わったからね…」


 数ヶ月前に組合教会に入った事を2人は思い出していた。


「あのもし」


 男性なのか女性なのかわからない声で声を掛けられたマカトゥーが振り向くと、突然消えてしまい、風呂敷で包んだ荷物しか残っていなかった。


「あぃ?マカトゥー?」


 いきなりマカトゥーが消えたことに驚いたオトは走って逃げようとすると、オトもまた消えてしまい、持っていた風呂敷しか残っていなかった。

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