第17話 未来、伊波普猷からサインを貰う


 一方、伊波普猷は困惑する蓮や笑いを堪える未来達を見てきょとんとした表情になっていた。


先生しんしー、4人のうち2人は東京帰り、1人は大和人やまとぅんちゅですから沖縄口うちなーぐちはわからないですよ。1人ハワイ帰りの子がいますが・・」


美登子が未来達の事を説明するとケイティーが突然口を開いた。


「はじみてぃやーさい。我んねーハワイ帰りぬ宮城なーぐしくウトゥーやいびん。みーしっちょーてぃくぃみそーり。」


 ケイティーは琉球諸語を流暢に話していた。周囲は彼女が琉球諸語が話せるので、とても驚いていた。


「君は話す事ができるのか?」


普猷も無表情だが、流石にハワイ帰りのケイティーが琉球諸語を話せることに驚いていた。


「はい」


「ケイティーどこで習ったの?」


 蓮はハワイ出身の彼女が琉球諸語を話せるのが不思議だった。


「オキナワンのママから習った。ママもママの親から習ったよ。

 意味は『初めまして私はハワイ帰りの宮城ウトゥーです。どうかお見知りおきを』って意味だよ」


 県系ハワイ人のケイティーの母は彼女の祖父母から琉球諸語を習ったと言う。


「そうなんだ・・・・」


 皮肉な事に沖縄で生まれ育った蓮や未来達よりもハワイで生まれ育ったケイティーの方が琉球諸語を知っていた。


「うん」


 ケイティーは笑顔で答えた。


「じゃあ3人は大和口やまとぐちで自己紹介してください」


 知念芳子に言われてケイティー以外の3人は自己紹介をする事にした。まず、蓮から自己紹介を始めた。


「私は県立高等女学校で地歴の教員をしています。波平ツルです。今年、東京高等女子師範学校を卒業しました」


「東京女高師なの?スゴイわ」


琉装をした綺麗な顔の女性が感心していた。


波平はんじゃって事は君は糸満か読谷山ゆんたんざの出身かね?」


普猷は蓮の出身地がどこか聞いた。


 読谷山ゆんたんざ・・そう言えば女子の師範学校に通うのジニーって子もそんな事を言っていたな・・・・


読谷山よみたんやま波平なみひらです」


蓮はそのまま日本語読みをした。


読谷山よみたんやまじゃなくて読谷山ゆんたんざだよ」


普猷が蓮に読谷山だと言うと、蓮はまた笑いそうになった。


(なんでしにとってもないちゃー本土の人間みたいな顔のおじさんがおじーみたいな喋り方をするわけ)


蓮は心の中で笑っていた。


「私は伊舎堂カマドです。父の仕事の都合で東京から来た高女4年です」


 未来が自己紹介すると、新垣美登子は未来の腕を引っ張った。


先生しんしー、伊舎堂さんは先生しんしーの本持っているよ」


「伊舎堂さん出してみて」


 美登子と芳子に言われると未来は緊張しながら肩掛けカバンから「古琉球」の本を出した。


「・・これです一応、神田の本屋で買いました。後・・ここに・・サインを下さい・・」


 未来が東京千代田区の神田神保町にある神田古書店街で買った事を話すと、古琉球の本を出し、最初のページをめくると、普猷にサインをねだった。


普猷は未来に言われた通り、万年筆でサインを書くと、古琉球の本を返し、未来に握手をした。


「ありがとうございます・・後、もう一冊、サインしたいものがあります」


未来はかなり興奮しながら「琉球人種論」という本を出し、最初のページを出し、「ここにサインしてください!」と言った。


その様子を見た芳子や美登子、普猷はかなり驚いていた。


「伊舎堂さん!こんな本も持っていたの!?」


美登子は目を丸くして未来を見ていた。


「持っているよ。小学生の時に買った」


未来が答えると、美登子達は「すごい」と感心していた。


「参ったなー君が私の処女作まで持っていたとはな・・」


普猷はまさか未来が自分の処女作まで所有しているとは思わなかった。


「見たけど、結構、面白かったですよ」


「そうか。まぁでも初めて書いた本だからあまり上手く書けていないと思うぞ」


普猷は「琉球人種論」という本にも自筆のサインをし、未来に渡すと、彼女にこんな事を尋ねた。


「私の本は二冊とも神田で買ったのか?」


「はい」


「神田か・・懐かしいな。まさか私の本が神田にまで売られているとは………」


「なんで神田の本屋の事を知っているんですか?」


蓮はなぜ、かの有名な古本屋の事を知っているのか聞いた。


「本郷にある文科大学に通っていたからだよ」


蓮はそんな大学あったけ?と思ったが、未来がすぐさま「東大だよ」と教えると、蓮は「え!?」と言う表情になった。


 沖縄出身の東大生・・・・!?

確かに彼は賢そうに見えるが、東大まで進学している人間が沖縄の言葉を話す事ができるのか?蓮は疑問に思った。

少なくとも2016年の沖縄でそういう人間はまずいない。


「でも方言上手いじゃん」


「言語学科に所属していたからね」


「い…伊舎堂君だったか?その情報は私の本で知ったのかね?」


「はい。確か『古琉球』の自序で書かれていました」


「君は私の著作をよく読んでいるみたいだな・・・柳君は名前の通り東京出身だと思うがそうのなのか?」


「はい」


「そうかやっぱりな」


 普猷は沙夜に素っ気ない言葉で話した。未来や蓮、ケイティーとは態度が対照的だった。

 こいつもあの兄と同じように東大を出た男なのか。沙夜は自身の故郷で散々馬鹿にした兄の事を思い出した。

 沙夜にとって自分の故郷など兄を含め家族に対して良い思い出が無い。

 ちなみに沙夜がこの時代で柳と名乗っているのは沖縄戦で多くの住民を殺害した曽祖父の苗字からではなく、朝鮮に対する植民地支配を批判した柳宗悦やなぎむねよしから取っている。

 すると庇髪をした卵顔の女性が立ちあがった。 


「あの、4人は組合教会がどんな所か知っていますか?」

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