第14話 崇元寺


 崇元寺そうげんじーーー


 崇元寺は臨済宗りんざいしゅうの仏教寺院であり、歴代の王を祀るこの寺は国廟こくびょうとされていたが、1945年に沖縄戦で焼失し、現在では石門のみ残る。

 在りしの崇元寺は鎌倉芳太郎かまくらよしたろうが撮影した写真に残されている。



 4月8日、新学期を迎えて2日後になんと高女と女師の合同で崇元寺を訪れる事になった。


「ねぇ女師の人達と崇元寺に見学に行くんですって」


「えー」


高女の中には女師と行動を共にするのが嫌なものもいた。

 なぜなら、高女は那覇・首里辺りの良家の子女が多く、女師は全島から集まる秀才ばかりであり、年齢も女師の方が年上である。

そんな家庭環境も、住む環境も違う彼女らは1年前に内ゲバを起こし、女師がストライキを起こしている。

内ゲバがやっと収まったとは言え、今でも女師を気に入らない高女がいたようだ。

 しかし、あまりそういう事を気にしないのがミライ人 兼村未来かねむらみくである。

 崇元寺の石門を見た途端、「ここが崇元寺かー早くお寺の中を見てみたいなー」とはしゃいでいた。とそこに崇元寺の石門でうちなーからじを結い、1人うずくまる少女がいた。

 少女が海老茶袴の上に着ている芭蕉布は使い古されており、履いている草履もボロボロだった。


「どうしたの」


未来は少女に声をかけた。

未来に気づいた少女は顔を上げると、さっぱり顔が台無しになるような落ち込んだ表情だった。


「あなた東京帰りの高女生?」


少女はか細い声で未来に声をかけた。


「そうだけどどうしたの?」


「・・・崇元寺っていうお寺に行くのに、いい着物ちんが無くていつも着ているのしか無いから馬鹿にされると思って・・」


 少女は高女の生徒達と違い、同じ芭蕉布しか着る事ができなかったようだ。


「大丈夫だよ。誰も気にしていないと思うから崇元寺に入ろう」


未来は自らの手を少女に向けた。

 しかし、未来は2016年にいた時代でも比較的裕福な家庭環境で育っているので、同じ芭蕉布ばかり着る少女の気持ちなど知る由もなかった。


「そうだったらいいけど・・・」


少女は立つと、未来よりも背が低かった。

 少女は未来と共に石門をくぐった。

 石門をくぐるとそこには赤瓦に木造の建物と本土では見られないような独特な雰囲気を持つ寺だった。


「わぁーお寺があった時代の崇元寺だ」


未来は崇元寺を見て喜んだ。


「ねえ、崇元寺ってどんなところかわかる?」


未来は少女に崇元寺がどんな場所か聞いた。


「わからない。私、那覇なーふぁじゃなくて伊波いふぁの出身だからね」


「伊波って石川の?」


「うん」 


「そうなんだ。崇元寺は主に歴代の琉球国王が祀られていて、かつては冊封使さっぷうしもここに来たんだ」


未来が楽しそうに崇元寺について話していた。


「………そっ、そうなんだ。ねぇあなた東京帰りの高女生でしょ?崇元寺についてなんで知っているの?」


 少女は東京から来た転入生の未来が崇元寺についてなぜ、知っているのか?とても不思議だった。


「本で知ったんだ。あっ、こんな所に下馬碑げばひがある」


未来は崇元寺にある下馬碑を見に走っていった。


(本を読めるって事は本を買うお金があるんだよね・・羨ましいな・・)


少女は走って行く未来を羨望の眼差しで見ていた。


「あっ、崇元寺の碑文だ。『あんしもけすもくまにてむまからおれるへし』って書いてある。つまりここでは身分が高い人もそうでない人も馬から降りるべきって書いてあるんだ!」


未来は下馬碑を見て喜んだ。とそこに教師の比嘉初子が来た。


「伊舎堂さん、女師の伊波マスさんと一緒に下馬碑を見ているのですね」


 初子は新しい着物が着れない少女の事を伊波マスと呼んだ。


「あっ、初子先生」


 マスと名乗る少女は振り向いたが、未来は夢中になって肩掛けカバンからノートにメモを取っていた。


「伊舎堂さん何を書いていますか?」


初子に偽名を呼ばれて未来は振り向いた。


「あっ、初子先生すいません。つい夢中になってしまって。あっ、これは趣味で書いていたノートです」


 未来はこの時代に存在した縦書きのノートを初子に見せた。

 初子は未来のノートを取って見るとそこにはおもろさうしの一文や古琉球の人を描いたイラストがあり、1つ1つ達筆な字で丁寧に書かれていた。

 初子は未来のノートを見て彼女と同じように琉球の事を研究する近所にいるを思い出した。


「・・・・伊舎堂さんなぜ、おもろさうしを知っているのですか?」


初子は東京帰りの彼女がなぜ、おもろさうしを知っているのか不思議だった。

 未来は琉球史の漫画でおもろさうしを始めて知ったが、この時代にそんな事を言っても信じてはくれないので別の回答をした。


その本にはおもろさうしの事も書かれています」


 未来は肩掛けカバンから「古琉球」の初版本を取り出した。

「古琉球」の初版本は未来が神保町にある古本屋で亡くなった叔母にねだって買った本である。

叔母曰くかなり高い値段だったという。

 初子は女学生でそんな本を持っている未来を見てさらに驚いた。


「あなた『古琉球』という本を読んでいるのですか?」


初子はその本の事を知っているようだ。


「はい。それがどうしたんですか?」


「・・実はその本の著者、私の知り合いなんです」


「え!?初子先生、伊波普猷いはふゆうの知り合いなんですか!?」


未来は初子が伊波普猷の知り合いだと聞き驚いた。

 まぁ、狭い沖縄なら誰が誰の知り合いでもおかしくない。


「はい。私もあの方と同じ那覇ですし、女学生の頃からの知り合いです。」


「へぇーそんな前からの付き合いがあるんですね。やっぱり伊波普猷って変わった人ですか?」


 未来は2016年で伊波普猷の変わったエピソードを本などで読んでいるので本当にそうなのかと初子に聞いた。


「ええ。伊舎堂さんみたいに子供ぽい人です」


初子は伊波普猷を子供ぽい人だと答えた。


「やっぱり・・・・」


一方、蓮とケイティーは崇元寺の内部に入った。

崇元寺の中に入ると、そこには今の沖縄では見る事ができない仏像や木造建築が存在していた。


「この時代の沖縄にこんなお寺があったなんて」


蓮は初めて見る在りしの崇元寺の姿に感動した。


「こんにちは。あなたが新任の波平先生ですか?」


妙子が突然蓮とケイティーの前に現れた。


「はい。そうですけど。」


蓮とケイティーは後ろを振り向くと、妙子がそこに立っていた。


「地歴の先生と聞きましたが、崇元寺の事をご存じ無かったのですか?」


妙子は地歴担当の蓮がなぜ、崇元寺の事を知らなかったのか不思議だった。


「あっ、東京の学校に行っていたからね・・ははは」


「どうせ言い訳でしょ。本当は知らなかったくせに」


蓮はケイティーにチクりと言われてしまった。

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