第13話 新学期③


 廊下に出るとそこには庇髪に黒の銘仙の着物、紫の女袴を着た女性が立っていた。


「江口?」


「しっー隣にいる生徒達に聞こえてしまうでしょ宗像研究員」


 女性は沙夜の本名を呼んだ。


「ここでは私の本名で呼ばないで」


私もこの時代では数学教師の倉内成と名乗っているし、あなたも物理教師の柳サヨとして名乗っているでしょ。

 柳ってかつてうちの一員だったあなたのひぃお爺さんの苗字から取っているの?」


「いいえ。でも、あなたの用件は何?」


「残念だね。ひぃお爺さんは帝国機関の一員として日本の為に沖縄で戦ったのにあなたはうちの裏切り者」


 鳴海は沙夜の曽祖父が先の大戦で日本の為に沖縄で戦ったと話していた。しかし、沙夜はそれとは正反対の事を言った。


「違う。ひぃおじいさんは戦争で多くの沖縄の人を殺した。あなたこそ、この時代の沖縄の人を殺したりしないでしょうね」


 沙夜の曾祖父は実際に帝国機関の一員として沖縄戦で多くの住民を殺害した。

 これに関する資料はアルバース財団内に保管されている「因幡郁一の手記」に記されている。


「殺したりはしない。消すだけ」


 鳴海はなんとUSB状の機械を取り出した。


「こっ、これはVANISH!なんで!」


 沙夜は驚いた。なぜ鳴海がそんなものを持っているのかと。


「驚いた。実はこれでもう既に何人か消しているんだけど、また新たに何人か消すの。なぜって思うでしょ。私達の計画に邪魔な人達がいるからね。誰が消されるか楽しみにしてね」


 鳴海は不敵な笑みを思い浮かべながら、隣の教室に入って行った。


 一方、赴任して初めて地歴の授業をする事になった蓮は沖縄出身の男性教員に案内されながら女師の教室へ行った。


「こちらが女師の2年生の教室です」


 教員は教室を案内した。


「ありがとうございます。女師の教室は1学年で1つですか?」


「はい」


「この教室は何歳ぐらいの生徒がいますか?」


「こちらは若くても15、6の生徒です」


「私とあまり変わらないですね」



 蓮は緊張しながら教室の中へ入った。

 教室の中に入ると生徒達は確かに海老茶袴を着ているが、蓮が講堂で見た華やかな高女生達と違い、うちなーからじを結い、芭蕉布を着た質素な格好をした生徒達が多かった。

 そして履物も靴ではなく、草履を履いているものが多かった。


(やっぱり高等女学校の生徒と違って質素な格好だな)


 蓮はこの時代の格差社会を改めて知った。


「私は東京女子高等師範学校を卒業したばかりの新任の波平ツル知花蓮です。担当教科は地歴です。高女と兼任して教える事がありますがよろしくお願いします」


 すると、ると、うちなーからじを結った天然パーマの少女が手を挙げた。


先生しんしー、先生や読谷山人ゆんたんざんちゅか?」


 少女が突然、沖縄の言葉で話したので、蓮はびっくりした。恐らく、読谷山は蓮の地元である「読谷村」の事であろう。


「はい。そこの波平という集落の出身です」


 蓮は2016年の今でも住んでいる集落の地名を答えた。 


波平はんじゃか?んねー北谷ぬ屋良やらどー」


「ジニー、ここでは共通語で話そう」


 未来にそっくりなうちなーからじをゆった少女が注意をした。


(なんかしにめっちゃ未来―に似ているのがいる。親戚かな?)


 蓮はあまりにも未来にそっくりな少女なので親戚かと思った。


「ハマーぬーがしむさ何だ。いいだろう


 ジニーは彼女のいう事も聞かなった。

 こんな問題児ぽいのがいるクラスでまともに授業が受けられるのかが心配だったが、気分を変えてこんな質問をした。


「赴任して今すぐ授業というわけにもいかないので先生に対する質問とか無いかな?」


 蓮は生徒達に聞いた。すると、生徒の1人が手を挙げた。


「先生は結婚とかなさっていますか?または許嫁がいますか?」


 と質問して来た。あの時代らしい質問であったが、蓮は質問にすぐ答えた。


「結婚はしていませんが、東京に彼、あっ、恋人がいます」


 蓮は一瞬、「彼氏」と言いそうになったが、「恋人」と答えた。

 実は恋人がいるのは事実であり、同郷の幼馴染で関西にあるアルバース財団系列の大学「サガリバナ大学」に通う波平翼なみひらつばさだ。

 蓮の潜入捜査の名前である「波平」は彼の苗字から取っている。

 蓮の発言に生徒達は「きゃー」と騒いだ。


「あの、その恋人って大和人やまとぅんちゅですか?」


 さらに生徒の1人が質問して来た。


「沖縄の人。同郷の幼馴染」


「高女の人達に言ったらびっくりするんじゃない」


 師範の女生徒達がはしゃいでいた。


「あれなんか親が決めた人と結婚するからね」


「他にも質問したい事がありますか?」


 蓮が尋ねると、ジニーが手を挙げて質問した。


「我ったーの言葉は話せるのか?」


 ジニーの質問に蓮は戸惑いを隠せなかった。


「東京暮らしが長いので話せません」


 蓮は嘘をついた。本当は沖縄にいても沖縄の言葉は話せなかった。


「ふーん。我んが教えるよ」


 ジニーが言うと、周囲の女子生徒達は「アハハ」と笑った。

 蓮が思ったより女師の生徒達は今の高校生達とあまり変わらない、素朴で面白い生徒達が多いなと思った。

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