第12話 新学期②

 未来と共に教室に入ると、元禄袖の綺麗な銘仙の着物に海老茶袴の女学生達が複数おり、その中には色白で白の蝶々結びのリボンを結んだ庇髪をした美人な女学生を始めとする派手な一派がいた。

 生徒の人数は当時の学校のわりにはあまり多くなかった。

 未来は女子ばかりの教室に違和感を感じつつ、緊張しながら沙夜と共に教壇へ立った。


「皆さん静粛に。私は東京の櫻崎学園中等部から赴任して来た柳サヨと申します」


 沙夜は黒板のチョークで「柳サヨ」と書いた。


「赴任してすぐ4年生の学級を受け持つ事になり、とても驚いております。担当教科は物理です。よろしくお願いします。

 後 、私の隣にいるのは同じく東京にある櫻崎学園から来た伊舎堂カマドさんです。名前からわかる通り東京から来ておりますが、元は沖縄の人間です」


 沙夜はチョークで「伊舎堂カマド」と黒板に書いた。


「櫻崎学園から来ましたかね・・伊舎堂カマド兼村未来です。よろしくお願いします」


 未来は緊張して思わず本名で言いそうになったが、なんとかみんなの前で自己紹介をする事ができた。

 未来が挨拶を終えると沖縄出身の生徒達を中心にこんな声が聞こえた。


」と。


 それは首里や那覇の訛りが強い彼女らにとって羨望の眼差しであった。また教員である沙夜に対してもこんな声が聞こえて来た。


「女性の先生で物理を教えるのは珍しいわ」


「柳先生が来たって事は、草深先生は化学だけになるのかしら」


「背が高いけど、結婚とかなさっているのかしら」


 沙夜の当時の男性と同じぐらいの身長があるのと、物理教師である事が重なり、結婚しているのかどうか心配する生徒達が多かった。


「・・・・」


 未来は心の中で何かを思っていたが、緊張しすぎて何を思っていたかさえ忘れていた。


「空いている席に座ったら?」


 沙夜に言われて未来は緊張がまだ緩まないまま空いている席に座り、笑う事もなく無表情で周囲を見ていた。

 その表情が三白眼の鋭い目つきで睨んでいるように見えたので、近くにいた生徒達が怖がっていた。

 すると、未来の隣の席に座っていた眼鏡の女学生が親切に声を掛けてきた。


「緊張しなくても大丈夫よ。伊舎堂(兼村)さん」


「うん」


伊舎堂兼村さんって櫻崎学園からいらしたの?羨ましいわ。そこは民主主義デモクラシーの気風があると有名な学校ですの。私の名前は橋口妙子はしぐちたえこ。私も1年前にお父様の仕事の事情で弟と共に御茶の水からここへ来たからあなたの気持ちはわかるわ。よろしくね」


 妙子は未来に握手をした。ちなみに彼女が県立高女に転入する前に通っていたという「お茶の水」とは東京高等女子師範学校付属高等女学校であり、現在のお茶の水大学付属高校の前身である。


「よろしく」


 未来は一見すると地味な彼女がよく話すのでびっくりした。当時の櫻崎学園は結構、東京では有名な学校らしい。

 妙子に握手をされた後、今度は派手な女学生の一派が未来の元へ来た。


「ねぇ、伊舎堂さん東京ではどんな学校生活を送っていたのかしら?お姉さまから聞きましたわ。櫻崎学園は『料理と裁縫時間が少ない。』学校だと」


 彼女は蝶々結びの白いリボンに庇髪をした美人だった。櫻崎学園の声は遠く沖縄まで届いていた。


「うん。そうだよ」


「そう。私は杏銀子あんずぎんこと申しますの」


 彼女が未来に握手をした。

 するともう1人の女学生が「東京で学友はいらしたの?」と聞いてきた。未来はケイティーを思い出した。


「隣の教室にいるハワイ帰りのケイ、ウトゥーが友達だけど、結局隣の教室に行ったから寂しいよ」


「残念ね。私達も大久保さんとは違う学級なのよ。私は小澤栄おざわさかえと申します。久茂地くもじ大通りに住んでいますの」


 小澤栄と名乗る女性が未来に握手をした。彼女は銀子と違ってはっきりした顔立ちをしていた。

 大和人やまとぅんちゅの彼女らが去った後、今度は沖縄出身の女学生達が未来の元へ来た。


「私は識名恭子しきなきょうこ。首里から来ているの。よろしく」


「私は伊江敏子いえとしこ。私も首里からよ」


 恭子も敏子も2人とも美人であり、特に敏子は塩顔だった。そんな未来達の様子を見て沙夜は手を叩いた。


「皆さん、静かに。これから出席を取ります」


 沙夜は出席簿を出して出席を取った。

 彼女は何かを感じとったのさ生徒の出席を取った沙夜は「ちょっと失礼」と生徒に言って戸を開けて教室から廊下に出た。


「伊舎堂さん、先生はどこに行ったのかしら?」


 妙子が未来を見ながら訊ねると、「さぁトイレじゃない?」と話すと、妙子や周囲の人がプッと笑っていた。


「伊舎堂さんって面白いこと言うのね」


 妙子が笑うと、未来はん?別に普通の事を言っているだけだが、妙子や周囲のクラスメイトはそう思わなかったのだ。


「そうかな?」


 未来はキョトンとしながら当時の国語の教科書を出した。国語の教科書は今と違い、わかりやすい文で書かれておらず、夏目漱石や森鴎外と言った文豪達の小説も掲載されていなかった。しかも今の漢字と違い、旧漢字で書かれているため、これは書くのが難しいなと思っていた。


「伊舎堂さん、何で国語の教科書を読んでいるの?」


 妙子は国語の教科書を見ている未来を不思議そうに見ていた。


「私が前にいた学校の国語の教科書と違うから見ていただけ。なんか教科書とか見ていたら裁縫とか料理とかが多そうだけど、体育の授業は体育着とか着ないよね?」


 未来は彼女らを見る限りこの時代の女学生が今のような体育着を着ない事を何となく知っていた。


「体育着?お茶の水ではセーラ服だったけど、ここじゃ伊賀袴に上はいつも着ている元禄袖よ」


 未来にとってはセーラ服の体育着でも(当たり前だが2016年には無い)びっくりするが、伊賀袴というのが斜め上をいった。何だ?伊賀袴って時代劇にも出てくるズボンみたいな袴か?あれ履きにくいよなーと思っていた。


「ふーん。なんか履きにくいね」


 未来が呟くと、妙子は変わった転入生だなと思いながらきょとんとしていた。

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