第9話 疑念とマイクロアグレッション


 一方、知花蓮と辺土名沙夜は事務室の隣にある校長室へ向かった。


「ここが校長室か・・・・」


 蓮はやや緊張しながらも「失礼します」と言って扉を開けた。そこには髪が薄く、眼鏡をかけた50代ぐらいの男性がいた。


「波平先生、柳先生ようこそ。沖縄県女子師範学校並びに県立高等女学校へ。

 私は両校の校長をしております蟹江虎五郎と申します。2人とも女性でありながら背が高いですね。」


「蟹江虎五郎」と名乗る校長が160㎝越えの2人を見て驚きながら2人に握手をした。


「まぁ、1のですが・・・」


 蓮は女子師範と高等女学校と言う2つの違う学校の校長になっているなんてなんだか不思議だった。


「こちらこそよろしくお願いします。私は今年、お茶の水を卒業したばかりの地歴担当の波平ツルです」


 蓮は蟹江校長に自己紹介をした。もちろんこの経歴や名前も本当の経歴ではない。


(本当にお茶の水の出身は私じゃなくて沙夜さんの方だけどね。)


「私はツルさんがお茶の水時代に教えていた教師であり、櫻崎学園から赴任した物理の柳サヨですよろしくお願いします」


「よろしく。確か波平先生は沖縄出身だと聞きましたが、を話すのでとても関心しております。これは女師や高女達のいい模範になりますな」


 校長が急に「綺麗な標準語」と話すので、蓮は困惑した。

 なぜなら蓮の時代では「標準語」という言葉は聞かないし、第一、自分の中では読谷訛りが酷いと思っている。


「え?、あーありがとうございます。


 本当は沖縄にいても沖縄の言葉なんぞわからないし、話せない。それに東京なんて家族旅行でしか行った事が無い。

 彼女がいた時代においてかなりの高齢者か琉舞や芝居をやっている人、青年会の集まりが大好きな不良ぐらいだ。


「そうでしたか。後、2つの学校が一緒になっていると聞いて不思議に思いませんでしたかな?」


 確かに高等女学校と言う今でいう中高一貫の女子校みたいなのと師範学校と言う当時の教員を育成するための学校が一緒になっているのが不思議だった。


「確かに不思議です。2つの学校が一緒なので。紛らわしくないですか?」


 蓮は校長に聞いくと、校長が険しい顔でうつむいた。


「実は・・・・我が校は今年、首里にあった女子師範学校と併置校になりました。できれば皆、仲よくといきた所ですが、規則などの違いで女師と高女の仲が悪いのです」


 蟹江校長は今年に併置校となった女子師範と高等女学校の生徒の仲が悪い事を話した。


「師範って確か学費が無償だからお金が無い子でも行けるよね?」


 蓮が小さな声で沙夜に聞いた。


「そう。そして女学校は基本、お金持ちのお嬢様。」


「じゃあ規則じゃなくて貧富の差で揉めたんじゃないの?」


 蓮は沙夜に聞くと「そうかもしれない。」と答えた。


「先生方にも女師の子と高女の子を均等に接するようにと命じておりますがなかなかそうはいきません。あなた方ならできますかな?」


 校長が2人に聞いた。


「できますよ」


「ええ」


 そんなの関係ないと思っていた2人は出来ると言った。


「それは良かった。では近くの職員室に」


 2人は蟹江校長と共に職員室に行った。


 職員室に案内された2人は周囲を見渡すとやはり女学校だからなのか男性教員よりも女性教員が多く、彼女らは庇髪に袴を着ていた。

 その中には年齢より年上に見えるきりっとした眉に整った顔立ちの女性がいた。


(江口・・・・・!?)


 沙夜は彼女の事を知っていたのか表情を表に出さないが、驚いていた。


「知り合いですか?」


「ええ。彼女は江口鳴海なるみと言う帝国機関』の一員」


 沙夜は蓮の耳元で囁いた。


「えーこの2人は東京から赴任して来た物理担任の柳サヨ先生と地歴担任の波平ツル先生です。波平先生は沖縄出身であり、東京女子高等師範学校を卒業したばかりの新任教師です」


 蟹江校長が2人を紹介すると、他の教員たちは席を立った。


「新任のちば・・波平ツルです。一応、辞令書を持っております」


 蓮は思わず、本名を言いそうになりながらも辞令書を見せた。


「私は跡見高等女学校から赴任して来ました物理教師の柳です。よろしくお願いいたします」


 沙夜が挨拶をすると、1人のすらりとした男性教員が口を開いた。


「私も物理と化学を担当しております草深です。あなたが物理担当になるという事は私は化学だけという事になりますね」


 草深は淡々とした声で聞いた。


「そうですね」


 沙夜はそっけない態度で答えた。鳴海は沙夜を嘲笑うかのように見ていると、プルっとした口を開いた。


「柳先生、お国はどちら?」


 鳴海は沙夜に出身地を聞いた。


「東京です」


 本当は東京出身では無いのだが、潜入捜査であるのためあえて自分の出身地は答えなかった。


「私も言い忘れておりましたが、私は数学の倉内成くらうちせいです。よろしくお願いします」


 艶っぽい話し方をした鳴海はこの時代で偽名を名乗り、沙夜に対して「嘘ついているんじゃねーよ。本物の東京出身はこっちじゃい」と言うような視線で見つめた。


「よろしくおねがいします」


 沙夜はトーンを下げた低い声で話し、江口を睨み返していた。


「波平先生、名前を聞く限り沖縄出身だと思いますが、こちらの言葉は忘れましたか?」


 庇髪に四角い顔、厚ぼったい唇に眼鏡をかけたインテリの女性が蓮に質問して来た。こちらの言葉とは恐らく沖縄の言葉、琉球諸語だろう。


「・・忘れたというよりそもそもわからないです。東京での暮らしが長いので。」


 本当は違うのに、この時代ではそう言うしかなかった。


「そうですか。私は国語の比嘉初子です。私もここ学校の出身です」


 女性は比嘉初子と言った。彼女は後に蓮や未来達と関わる事になるがそれはまだ先の話である。


「え?ここの卒業生ですか?」


 蓮は初子に聞いた。


「はい。私が通っていた頃は首里にありました」


 と答えた。すると、眼鏡をかけた塩顔の男性が立った。


「私は図画の真先香苗です。よろしくお願いします。」


 蓮は真先先生を見てかっこいいと見とれてしまったが・・・


 (だめだ。私にはつばさーがいる・・・)


 蓮は恋人の事を思い出した。


「よろしくおねがいします」


 蓮は他の職員達に一礼した。


「これで新しい職員の紹介が終わったところで君達には本校及び本県の方針である標準語教育を徹底する事、そして良妻賢母の考えを生徒に教える事」


 え?標準語教育?そんなの聞いていないぞ。少なくとも2016年では沖縄の言葉は国連でも消滅の危機にあると警告され、なんてものもあるのになぜだ。

 蓮はこの時代の沖縄をよくわかならいので、もやもやしていた。

 それに「良妻賢母」って何だ?「良き妻、賢い母?」そんなもんどう考えても無理ゲーだろ。

 蓮はなんだか今とは違うヤバい学校に来てしまったと感じた。



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