DAY4:狂煌

乗るはずだった最終電車を対岸に見送る。この時、丁度日付を超えた。改札を走り抜ける、薄暗い路地へと侵入する。建物の隙間から漏れ出る光。

「月光。」

中秋の名月、今日は妙に月が大きく輝く。その明るさは星々を喰らい尽くしているようだ。

瞳にその姿を映した時、カノジョは言った。

私は月を目指し、ただひたすらに走り続けた。全身に汗が滲み、メイクが剥がれ落ちる様はありありと浮かんだ。住宅街を抜け階段を駆け降りる。階段を踏み外し、下へと転げ落ちた。服が破け、身体中に擦り傷ができた。全身に焼けるような痛みとズキズキとした痛みが纏わりつく。地に口付けをするかのように、無様に突っ伏した。朦朧とする意識の中、手招きされているように感じた。その先には、民家に置かれた自転車が一台。得体の知れない力で体を動かし、それに手をかける。偶然落ちていたナイフを取り、鍵を壊しにかかる。汗で手が滑り手こずったが、なんとか鍵を壊し自転車にまたがる。額から汗が滴り、左目の視界が曇った。あるだけの力を振り絞り自転車を漕ぐ。

「…」

気づけば視線の先に薄らと海が見えてきた。

「…。」

砂浜へと着き、自転車を降りた。

「…っ。」

[ピピピン]

スマホの通知音が鳴り、咄嗟に画面を見る。先ほど別れた彼女からだった。

<命愛〜今日は楽しかったね!)

<明日うちも学校行くから)

<帰りにでもどっか行こ)

(明日は行けないんだ…>

<なんで…?)

(えっと>

(すごく言いにくいんだけど…>

<うんうん)

(なんか…夜逃げ…?>

<…え??)

(夜逃げする…らしい>

<え命愛の家ってそんなのだったの??)

(うん…だから履歴とか全部消さなきゃいけないの…>

<え…)

(ごめん…ね>

<そんなの嘘だよ)

<やめてよ)

(ごめんね>

(これまでありがとう>

一通り文字をうち、彼女のメッセージをブロックする。その手で親のメッセージを開く。夥しい数のメッセージと着信履歴。私を心配するような文章は、一つもなかった。それに一つ、こう返す。

「これまでありがとう。もう探さないでいいからね、迷惑かけないからね。だからもう私の近くに来ないでね。」

そのままブロックし、メッセージアプリを削除する。軸上を回る歯車が複雑に絡み合った心。その軸が今失われた。世の断りが全て崩れ去り、身を保てなくなった。

砂浜に横たわりどれだけの時が過ぎただろうか。全身が汗に塗れ、ヌメヌメとした感触が走る。やっとの思いで瞼を落ち上げる。水平線の先に薄らと光りがさしていた。網膜にその光が触れた途端、再び走り出した。海岸線の崖際、海を上から一望するには最適だ。そこを目指し、ただただ駆けていく。

「…つ…い……た……」

息は絶え絶えでまともに声も出せなかった。

次第に太陽の光が辺りを照らす。一面真っ赤に染められ、その暖かさに凍えた私は感動した。朝の陽気に誘われ、意識が朦朧とし始めた。なんとか海を眺めようと力を振り絞るが、甲斐なく眠りに落ちゆく。


「さ…むい……よ…ママ……パ…パ………もう…ふ…か…け……て…?」



「……わ…たし…ふ…た……りの…ほ……こ…り…に……なる…か…ら…」




眠りに落ち、夢を見た。両親が笑顔で私と遊んでいる。

「めあはね〜ままとぱぱのじまんのこになるの〜!!」





「そうなの!命愛はパパとママに自慢して欲しいのね〜」






「うん!」








「いイワネェ』









「死亡推定時刻は本日9月22日午前6時前後、死因は失血によるものと思われます。」



「身元確認を行いましたが所持品などから行方不明届の出されている彩上 命愛さんのものと見て間違いありません。」



「しかし不思議な話だ…左脚の複雑骨折、左目の欠損、その上全身からの出血。こんな状態じゃ、自転車を窃盗し10キロもの距離を走行できるはずがありません。やはり他殺の線が…」







「え…命愛…命愛!!なんで…なんでぇ!!!!!」

「そんな…こんなのってないよ……命愛…」

「命愛ァ!!!!!!!」








星が降る夜に、あなたは私に夢を語った。

その夢が叶う事を、何処かで見守ってるから。

きっといい未来が待っているよ。

でも、星は嘘つきだったね。

私も嘘つきだったね。

次は自由が待っている…よね。

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NightMea 星桜 @ss-seo

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