DAY3B:夜行

その後、また十数曲歌い心の中の全てを絞り出した。

「よし…結構歌ったし、コスメとか見に行こっか?」

「うん、そうしよ。」

「じゃあうちはトイレ行ってくるからちょっと待ってて。」

「うん。」

彼女が席を立った途端、スマホが鳴った。父親からのメッセージだった。

<今日学校行ってないそうだな)

<とっとと帰ってこい)

<こんなことしてタダで済まされると思うなよ)

思わず顔がこわばり青ざめる。

「命愛〜おっ待たせ〜…ってどうしたの?絶望って顔だけど…」

「…あ、なんでもないよ。推しのグッズが出るだけ。」

「…そっか、まあじゃあ行きますか!」

「うん、いこう!」

カラオケ店を出、一番栄えた街へと向かう電車に乗り込む。到着早々からウィンドウショッピングを楽しみ、切れかけの化粧水の詰め替えや秋色のチークなどを買った。ブラブラと歩きながら楽しんでいるうちにすっかり陽が沈んでしまった。夕焼け空に滲んでいく私の涙は、清々しくも醜かった。陽が隠れた途端、星たちが空一面に顔を出し始める。

「命愛、今日って流れ星がめっちゃ見える日らしいよ?」

「…そうなんだ。」

「どっかで見ない?」

「そうだね。」

「じゃあ…あ、あそこいいじゃん!」

「…?あーあそこ!」

そうして私たちは近くの丘にある公園へと足を進めた。星が輝く中、足を動かし上り続ける。丘の上へと至り、一面に広がる星空を目にする。町外れではあるが、やはり小さな星は見えなかった。日中の蒸し暑さを感じさせない夜風の涼しさ。網膜に焼き付けられる光景、果てしなく遠い光。砂粒程度の大きさしかない光。そのちっぽけなものよりちっぽけな私。私の生きた道は、あの光が過ごした時間の一瞬に過ぎない。

芝生に寝転がり、妙に大きな、美しい月を見つめる。地肌に芝生が刺さり、チクチクとした感触が広がった。月明かりに照らされ、不気味に輝く彼女の横顔は、未来を見つめていた。

「ねえ、命愛。」

「何?」

「命愛はこれから、何したい?」

「…えっと…。わかんないや…。」

「そっか。私はね、強くなりたいんだ。」

「強く…」

「そう、音楽でも、小説でも、自分でしか表現できない、唯一のことを出来るようになりたいの。」

「…出来ると思うよ。」

「そう?」

「うん。いっつも見せてくれる小説もいいものばっかりだし。」

「…そっか、そう言ってくれると嬉しいな。」

「私は…」

私は彼女のように、自分を曝け出す術を知らない。自由に生きることが、手放しに人生を謳歌することができなかったからだ。日々の生活も、周りに敷かれたレールの上をなぞっただけの紛い物だ。小さい頃から、自分のしたいことを考えることは辞めていた。周りに堅牢な外殻を作り上げ、未熟な私を閉じ込めた。いつしか中身は腐り果て、傀儡のように操られるが儘。

「…?」

「私は……」

「…」

「私は………自由になりたい。」

「……自由…」

「…多分。抽象的だけど、こんなところかな。」

「そっか、そうだよね。命愛は親に準じて生きてるもんね。」

「…」

「自由に…なろうよ?…一緒に。」

「…」

「命愛…?」

「…あ、考え事してた、ごめん。」

「…あ、みてみて!流れ星だよ!」

「え!」

「…!あ〜消えちゃうよね。」

「…また流れる…かな。」

「うん、多分。」

2人で天を見上げ、流れ星を待った。偶然か必然か、星は再び流れる。

『自由になりたい』

星に願う、そして自分に告げる。これまでの私に蹴りを付けなければ。過去に目を向け、彼女に目を向ける。

「流れ星…願えた?」

「うん。命愛は?」

「私も…。」

「よかった。自由に…なろうね。」

「…うん。」

過去の私、今の私、未来の私。ドロドロに溶けた殻の中身に腕を突っ込み、そこにある本当の姿に向き合う。それは幼く、言葉に縛られ、あるべき姿を見失った骸骨のようだ。美しさ、その体現のような彼女。それとは別物の、未完成な私。2つの遮断桿の向こう側の私、警告音が鳴り響く中、線路へと足を踏み出す。電車が走り去り、遮断桿が開く。醜くひしゃげた心象風景には、今の私しか存在しない。あれは過去の私。考える事を放棄し、自分を殺した私。今の私はどうするべきなの?

『自由になればいいのさ』

「にしても、まだ夏の星も見えるし、ほんとに秋って最近ないよね。」

「…そうだね、春もないもんね。」

「月ももうちょっとで真上ぐらいの高さに…」

「…」

「あ!もう日付超えそうってことじゃん!!」

「…ほんとだ。」

「終電逃したらいくらなんでも面倒だし、帰ろっか。」

「…そうしよっか。」

「今日はありがとう、すっごく楽しかった。」

「ううん、うちこそ楽しかった。」『アナタガイテクレテヨカッタ。』

「…え。何か言った?」

「いや、今日一緒に色々してくれて良かったなって。」

「そっか。ぁ…あのさ、明日も今日みたいに遊ばない?」

「…明日は行かなくっちゃ…」

「…そ…そうだよね、命愛が二日連続で休むなんて変だもんね。」

「………うん。」

「ごめんね、この時間から帰ることになっちゃって。色々ヤバくってさ。」

「うん。大丈夫。」

「…あ、もうそろそろ時間だ。命愛、またね…!」

「うん、じゃあね……咲良…。」

[扉が閉まります、ご注意ください。]

「…!命愛!」

背中越しに名前を聞く。右目で彼女の顔を捉える。その顔はまるで、私のようだった。

今の私のようだった。

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