DAY3A:絶幸

定刻より二時間ほど早く起きてしまった。現在時刻は4時半。リビングに置かれたスマートフォンを回収し、電話をかけてみる。コール音が2回鳴り、彼女の声が聞こえる。

「…命愛…どうしたの?…こんな早朝に。」

「…今日学校行く?」

「ん?行かないかな。」

「やっぱりそうだよね…ねえ、どっかいこうよ?」

「んーいいよ。」

「ありがとう。」

「んじゃ、始発で動こっか。」

「うん。」

一番お気に入りの服で身を包む。ギラギラにアクセサリーをつける。家中から色々なものをかき集め、隠し持っていた化粧品を鞄に入れ、静かに扉を閉め家を出る。徒歩で30分かけ、最寄り駅へ向かう。滲んだ汗を拭き、個室で化粧をする。始発に乗り込み、静まり返った車両内を眺める。地平線の上に太陽が顔を出している。外界からの情報を遮る様に両耳を塞いだ。一駅、二駅と電車が進む。数駅進むと、彼女が車両へと入ってきた。

「命愛〜おは!」

「おはよう!」

「って、命愛の服バリ可愛いね!」

「でしょ!一番可愛いの持ってきた。」

「いいね〜ウェディングドレスみたい」

「言い過ぎだよ…どこ行こっか?」

「ん〜、命愛とこんなことするの初めてだし、いっつもしてるプランで行こっか?」

「どんなの?」

「まあとりあえずカラオケとか入っちゃおっか〜。で、そのあとは気持ちに任せる!」

「そうしよ。」

「おっけ〜。でも今日どうしたの?」

「…ちょっと逃げたくなって。」

「…そっか。」

「まああとで色々聞いてよ。」

「…うん。なんでも聞くからね。」

会話が続き、目的の駅へと着いた。改札を抜け、直ぐにあるコンビニで買い物をした。

「いらっしゃいませ。2名様ですか?」

「はい〜」

「会員証はお持ちですか?」

「はいっ。フリータイムでお願いします!」

「会員証ありがとうございます。フリータイム2名様で2200円で御座います。」

「あ…」

「一旦うちが出すから。はい。」

「2200円丁度お預かりいたします。お部屋の方はこちらで、ドリンクバーは右手の通路の真ん中に御座います。」

「ありがとうございます〜。ほら、行こ。」

「あ、ありがとうございます。うん。」

「先にドリンクバー取ってから行こっか。」

「うん。」

「じゃあうちはこれとこれと…」

「混ぜちゃうの??子供みたい。」

「それは言っちゃダメ!それにこうした方が美味しいの!」

「そっか。私もしよっかな。」

「お〜いいね〜。じゃあ楽しんじゃお!!」

十数曲の歌を歌い、彼女との会話フェーズへと移り変わる。

「命愛、今日は何かあったの?」

「…昨日さ、あの後父親に怒られてさ。なんかちょっとどうでも良くなっちゃって。」

「…結構多いよね、命愛のとこ。」

「うん。」

「まあ、うちのとこもそんな良い感じじゃないけど。命愛のは流石に酷いというかね。」

「…自由にさせてもらえないんだよね。両親の希望通りの成績を出して、良い大学に行かなくちゃ。」

「…でもここまでしっかりやってきたわけだし。命愛成績もいいし、ちょっとの素行の悪さくらい許してもらえるもんじゃあないのかな。うちなんて何もしてないし。」

「何もやってなくても、理系教科は学年一桁でしょ。羨ましいよ。」

「…ほら?英語とかは赤点だし、模試でも下から十番ぐらいだから。」

「才能…だよ。私はそういうのがないから。」

「いや、努力できるのも才の内だと思うよ。」

「…それは天才の言い訳じゃない?凡才の私にはそれしかないのよ…戦う方法が。」

「……まあ、全然努力できないうちの意見…合わない…よね。でも、私も強制させられてるだけだからさ…?」

「否定したいわけじゃないの。私の無能さが嫌なだけ。」

「…違うよ、命愛は無能なんかじゃない。両親に向かう道を強制させられて、良い部分が見つけれてないだけだよ…!」

「…」

「カラオケだってさ、全然行かないんでしょ?すごくうまかったよ。こんな歌える人いないよ。」

「…でも私よりうまかったじゃん。」

「……ごめん。でも、うちはよく来て練習してるから…」

「…いや、私が悪いの。ごめんね。ちょっと最近精神的に疲れてて。」

「うちに出来ることなら…なんでも言って。」

「……………………」

「……」

「…ごめんね…私…いっつもあなたに毒を投げつけて…傷を晒して…めんどくさいことばっかり言って……。」

「いいの…いいの…頼ってくれて、うちのも聞いてもらってるんだからさ…お互いに理解者でしょ…?」

「…そうだけど…でも…。」

「……うちさ、色々あったじゃん?」

「…うん。」

「多分…多分だけど……命愛の辛さ…うちにもちょっとはわかると思うの…だからさ……私に吐き出していいよ。受け止めるから。」

「…………ぅあ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁん゛っ…ヒッ…」

「…それでいい…と思う…」

「わ゛だしぃ…まいにぢぃつら゛くてぇ…ヒッ…うげいれでくれ゛る゛ひともぉ…ぃな゛くでぇ…私ぃ…ほんどおはぁ……ヒッ…もっどみんな゛どたのじぃこと…しだかったの゛ぉ……」

「…」

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁ゛ぁ……」

これまでの人生で、心から泣いたことはなかった。身体中からあらゆる感情が溢れ出る。一度溢れ出したら止まらない。私は時間なんて忘れて吐き続けた。吐いて、吐いて、吐いて、吐いて、吐いて。丸裸の感情を、出すことができた。酷く純白で清々しかった。

「…命愛…落ち着いた?」

「…うん…」

「もう…シャドウが崩れて凄いことになってるよ…!」

「え。…うわ!酷い顔!」

「酷くないよ。今の顔が一番綺麗かも。」

「え…?」

「清々しい感じがしてさ。」

「ああ…確かに。」

「…泣いたからかな?お腹減ってきちゃった。」

「…そっか。どうする?出て食べる?それとも何か頼む?」

「うーん…何かたのもっか。」

「おっけ〜。あ!これ使いな!メイク落とし〜」

「…!ありがとう!」

「…」

「もう目も痛いし…メガネに戻そ。」

「そうだよね、今日コンタクトで決めてきてたもんね。」

「うん、またあとで整えるね。」

「じゃあ、今の気持ちを歌って解消だよね!」

「うん…!」

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