第1話 無軸なリーダーの登場

黒木俊一がリーダーに就任した日は、まるで組織に新しい風が吹くかのような期待感が漂っていた。スーツ姿で堂々と現れた彼は、若手ながらもエリートと称され、これまでいくつものプロジェクトに携わってきた。その自信満々な姿に、社員たちは一抹の希望を抱いていた。しかし、その希望は早々に打ち砕かれることになる。


初日の会議で、黒木は力強くこう宣言した。


「我々はこれから新しいビジョンに基づき、業績をさらに伸ばす!」


その言葉に社員たちは拍手を送った。リーダーが明確なビジョンを持ち、それを実行する決意を見せるのは理想的だと思われたからだ。だが、その「ビジョン」は曖昧で、具体的な行動計画や戦略が示されることはなかった。社員たちは心の中で「一体、何をするんだ?」という疑問を抱いたが、黒木の勢いに押されてしまう。


数日後、黒木はまた会議を開き、新たな方針を打ち出した。しかし、その方針は前回のビジョンとは全く異なるものだった。重役の一人が「先日の方針と違いますが、どうするのですか?」と問いかけると、黒木は笑顔で答えた。


「それは先日の話です。状況は常に変わりますからね。」


社員たちはますます困惑した。黒木は、時には自分の価値観を押し通すかのように振る舞い、時には周囲の偉い人たちの意見に流されて、ころころと方針を変える。リーダーとしての「軸」がなく、周囲の反応次第で風見鶏のように振る舞う黒木の姿に、信頼は徐々に揺らいでいった。


彼が提案する政策も、誰のためになるのかよく分からないものばかりだ。社員たちは次第に黒木に対して反発するようになるが、黒木は自分のやり方が間違っているとは決して思わない。それどころか、「私がリーダーだ。私に従えない者は、ここにいる資格はない」と言い放ち、反対意見を持つ者を次々と排除していく。


その強引なやり方により、プロジェクトは進められていくが、結果は散々だった。黒木の曖昧で無責任な指導のもと、現場は混乱し、社員たちのやる気は削がれ、次々に退職者が出始める。それでも黒木は、自分のリーダーシップに何の問題もないと思い込んでいた。


「私はこの組織を引っ張るために選ばれたリーダーだ。皆、私の指示に従っていれば間違いない」


彼はそう信じて疑わなかった。しかし、現実は徐々に彼を追い詰めていく。プロジェクトの失敗は続き、部下たちの信頼は失われ、彼の独断と無軸なリーダーシップは、やがて組織全体を崩壊の一途に導いていくことになる。


黒木はまだ、その危機に気づいていなかった。

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