第1話:論文読むのに一番時間かかった……

空気マスクを付ける。


薄い空気の膜を押しのけ危険区域内に突入した時、真っ先に感じたのは激しい耳鳴りと頭痛、内部から裂けるような全身の痛みだ。


なぜこのような症状が発生するのか、それは過去の人類がアタシ達を憂い、残した遺産に由来している。


Antiアンチ Airエア Accessアクセス システム……通称AAAシステム。


強靭で薄い空気の膜を貼ることで世界中の酸素を最低限で保ち、最も酸素量が減少している空気をプラネットツリー周辺に限定させることでこれ以上下がるような事態を防ぐ。


つまり、プラネットツリー周辺にはとてつもなく低い酸素濃度と超低気圧症、高山病に似た症状のトリプルパンチを喰らう。


中でも低酸素症は直接的に命に関わることになる、それを予防するための空気マスクだ。


もっとも、この時代の人々にとっては、世界樹周辺の空気は毒で汚染されている、と言う認識だ。O2などと言う単語すら知らず、それでも何かしなければと言う情熱と最低限の科学知識でボンベを開発した。元旧人類として、とても誇らしく思う。


「行くか」


マスク越しの曇った独り言を聞き届けた後、バックパックとマスケット銃を担いで、木々に侵食された道を進む。


プラネットツリー周辺はすり鉢状になっており、下に行くほど大気量が少ない。つまりより危険である。


この世界の死因の91%は、低酸素に適応できなかったなどの直接的な死と、餓死や遭難、毒死などの間接的な死。つまり自然環境に殺されることが最たる理由だ。






そして残りの9%は……






「ガルルルルルルゥゥゥ……………」

「……狼の自然獣か」


動物、特に自然獣に殺されることが多い。


環境に対応すべく進化を重ねたのは、なにも人類だけではない。自然は全ての動物イキモノに平等に試練を与えた。


より多く空気を取り入れられるよう大きな体になり、痛覚が鈍く気候由来の痛みに耐えられるようになった。


しかし、学問の専門家の端くれたるアタシにとっては、遭遇するたびに違和感を覚える。




(あまりにも。環境が滅んでからたかが800年だぞ? どこにこんな異常に発達する要因がある?)




いや、今はいい。生き残ることを考えろ。


幸いにもまだ気付かれてないようだ。今のうちに離脱を—————






「!!」

「———くそッ」


あ゛ぁ〜〜〜、でバレたな。


狼の嗅覚は人のソレの約100倍。進化でさらに強力になっていると考えて、気が付かない道理は無いわけだ。


———キンッ!


銃のセーフティを切り、跳躍後、空いた手で枝を掴み、振り子の要領で勢いを増して鉄棒の動きで木の上に登る。


「さて、どう来るか……」




———………


—————………


——————————……………




気がついたら、地面が目の前にありました。


どうやら桜子ちゃんの冒険はここで終わりのようです、あ〜あぁ……






「ッ! ざッ、けんなッ!!」


右腕から肩、脇腹にかけて順に接地し、丁寧に勢いを殺し受け身をとる。


二の腕を少し痛めたが許容範囲内だ。


これをしでかした下手人はというと……




———パキパキパキィィィ!!




木を噛みちぎって伐採したらしい。


「どんな吻合力してやがるッ!!」


木材の圧縮強度はコンクリの約12倍、食いちぎるのに必要な力は単純計算数万ニュートンだぞ!?


「チィ!」


振り向きざま一発。パァンという乾いた音とともに巨狼の体に一本の血柱が立つ。


「グゥアアアァァァ!!」

「ザマァ見ろ!」


銃口内部にを排出し、次の弾丸とをこめる。


この時代の銃は比較的安価で簡単に済む。そこら中に火薬となる水素結晶が転がっているからだ。


技術的にマスケットが限界だが……!




「お前を殺すには十分だ」




———パァン!!




「……ふぃ〜」


終わった……死ぬかと思った。


……………だが、ここからが本番だ。命をかけてまでここに来た理由が今からわかる。






「……あった」







自然物とは思えない、立方体の形を取った金属の塊。


800年前の建物が現存して残っている。その中に入っている古代遺物を頂戴に来たのだ。

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