自然郷《アーストピア》 ―科学の世界樹に殺された800年後の地球を再生させる旅―

涙目とも

プロローグ

変わらない毎日、というものは誰にだってあるだろう。


日々の起こりとなっている行動を、一つづつなぞるように行う。




朝起きて口をゆすぎ一杯の水を飲む。




木綿製のシャツに腕を通し伸縮性に優れているズボンを履く。




フェイスマスクに穴が空いていないかを確認し、コンロで沸かしたお湯でコーヒーをすする。




探索装備の点検を一通り終わらせ、自身の整備である朝食や身だしなみも整える。生活感がある無機質な家を、またねと伝えるように一瞥し、外へ続くドアを開く。






いつも通りの光景。人の手が入っていない丘と森々。秋にしては肌寒い、透き通るような空気とよく響く小鳥のさえずり。そして忘れられるはずがない4000m


自然に侵食されたこの世界にラジオなど存在しないが、もしあったらこう放送しているに違いない。本日の気温はマイナス2度、晴れ。大気中酸素濃度は12%だと。


俺自身も、異常に発達した6の長耳とコートを震わせ、仕事場の世界樹—————プラネットツリーと呼ばれていたそれに足を向けるのであった。






◇◇◇◇◇





2101年、第五次世界石油恐慌。その規模は計り知れず、政府からの発表は全ての石油を使い切ったというものだった。


OPECアラブの株は激減、世界中に影響を与え、早急に新たなエネルギーを得る必要があった。


その時世界プラント機関、WPOが石油に変わる新たなエネルギー源の発見を発表した。




地下深く、下部マントル上層に露出している新たな水素原子結晶、ハイドロゲンⅡ。




世界中に、しかも取りきれない量のエネルギーが余っていたとなれば、すぐに各国は競い合うように再活用のプラント機構の開発を進めるのもおかしな話ではないだろう。


それが全長4214mの巨塔、プラネットツリー。






経済大国日本に一つ、


自国をより発展させようと中国に2つ、


失点を回復させるべくアラブに1つ、


アラブほどではないが打撃を受けたロシアに2つ、


世界の中心アメリカに3つ、


再び加盟したイギリスが主導となりEUに一つ。






順調に発展していく新たな産業を……プラネットツリーを中心として新たな街が起こり、かつての国心を超える賑わいと発達を見せた———




狂ったカルトが、採掘坑に火を投げ込むまでは。




忘れもしない12月24日エックスディ、当時水素結晶を研究する研究員として働いていた時、水素爆発に巻き込まれて俺は死んだ。


地下に埋まっていた水素結晶と空気中の酸素が一気に反応し、世界中のプラネットツリーから約450兆トンの大瀑布となり、重力の垣根を優に超えて吹き出した。


その影響は計り知れず、世界各地で水没した都市が相次ぎ、地球の酸素濃度、及び大気量は大幅に減少し、酸素マスクや防護服無しではまともに外に出歩けないほどである。


人類は思ったであろう、これが終末だと。


でも生き延びたんだろ? 俺がここにいるのだから。
























さて、それから約800年後の30世紀西暦2924年。




科学の進歩のほとんどは失われ、古代遺物ロストテクノロジーとして残骸を残すばかり。人類は終末の環境に適応するため、九つの種族へと異質な進化を遂げた。


そのうちの一つが俺……………いや、の転生先の種族。動物的特徴と頭頂部に主耳二つ、側頭部に副耳四つを持つエルクルール族だ。


「次!」


おっと、順番が来たようだ。回想に沈めていた意識を浮上させ、杖代わりにしていたマスケット銃から顎を浮かせて受付へと向かう。


「ギルドカードとボンベをよこしな」


腰に携えていた四本の空気ボンベを差し出す。


「なんだい、エルクルールにしては随分とお優しい渡し方をするね」

「アタシをあんな野蛮族と一緒にするな」

「はいはい……補充が終わったよ」


チラリとアタシのカードを見、口角を上げて言う受付嬢。


「いってらっしゃい、枝垂しだれ


そうしてアタシ……枝垂しだれ・ウリエ=桜子さくらこは、よりプラネットツリーに近く酸素濃度が薄い場所……隔離汚染区域に足を踏み出した。

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