揺りカゴから墓場まで――
ともかくっ、と私は訴えた。
「拓人のせいで、誰も人が言うほど格好よく見えないのよ」
呪いだわっ、と言う私の横で、
「さっ、そろそろ時間かな~」
と辰子がスマホで時間を確認する。
みんな、
じゃあ、おめでとうー。
お幸せにー。
式には呼んでねーと言って、去っていってしまった。
あとには拓人だけが残る。
「あああっ。
ちょっと待ってっ」
と言う私に拓人が訊いてきた。
「それで、お前は俺のなにが不満で、この結婚に異議を唱えているんだ?」
いやいや。
だからですね。
拓人といると、一部の女子にやっかまれますし。
誰を見ても、拓人以上に格好よく見えないですしね。
私の人生、拓人にすべて染め上げられているみたいなのに。
なのに……。
「あのさあ、拓人」
と私は拓人を見上げた。
「なんで、おばあちゃんに言われて私と結婚することにしたの?」
は? と拓人はいつものように、ちょっと攻撃的に言ってくる。
「好きだからに決まってるだろ」
「おばあちゃんが?」
「なんでだ。
お前がだ」
「……初耳なんですが」
「ま、初めて言ったからな」
と拓人は何故か威張ったように言う。
「お前は俺と他の男をつい比べてしまう人生が嫌なようだが。
俺はお前しか目に入らない人生だが。
なにも不満はないぞ」
いやいや。
あなた、真面目な顔でなに言ってらっしゃるんですか、と私は赤くなり、俯いた。
「俺は学校で二番目に可愛い女の子に言い寄られても。
社内で二番目に綺麗な先輩に言い寄られても、なんにも心は動かなかったし。
今も後悔してないぞ」
と拓人は言う。
「え、二番目?」
と見上げた私に拓人が言った。
「デートしてくれたら、誰が一番か教えてやろう」
そう言いながら、拓人は歩き出す。
小さな頃と変わらず、その背中について行きながら、私は言った。
「いやいや、デートって。
いつも一緒に出かけてるじゃん」
「デートっぽく出かけてみようと言ってるんだ」
「デートっぽくって、どうやって……?」
「いや、俺にもわからんが……」
誰ともデートしたことないから、と言う拓人に、
「私も」
と言って、私は笑った。
社内で一番人気の萩原拓人が私は嫌いだ。
誰を見ても、この人より格好よく見えないし。
優しくも見えないし、頼り
現実には、そんなことないとわかっているのだが。
完全に拓人という存在に頭の中が染め上げられている。
母親同士が育児サークルで出会ってからの付き合いだから。
私の人生、ほぼすべてだ。
このまま結婚したら、揺りカゴから墓場まで拓人と一緒になってしまうっ、と怯えながらも、何故か、離れたいとは思えない。
私と拓人の間には、
そんな、人には語りたくないような。
ちょっと胸の奥で大切にしておきたいような、深い因縁と怨念がある。
「今夜、何処か行こうか」
とエレベーターホールに向かいながら、拓人が言ってくる。
「じゃあ、久しぶりに桟橋の方とか行ってみる?」
「そうだな。
いつもの店で食べて、桟橋行って、夜釣りでもするか」
「いや、指輪買いに行く話はどうした。
ってか、お前ら真剣に釣りしそうだな。
夜景でも見ろよ」
とエレベーターホールにいた淳平がこちらを見て言ってくる。
「また後退してってるぞ。
ばあさんが
と笑って淳平が先に乗る。
私は拓人と視線を合わせ、照れながらも、ちょっとだけ笑ってみせた――。
完
オフィスで一番苦手な人と―― 櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん) @akito1
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