フィクションだと言ってくれ
時雨霜月
第1話
『雫は……俺の事、好き?』
そう言いながら真っすぐ私を見る彼。彼の言葉に答えるために、私は指を動かす。
『もちろん。好きよ』
そう表示された私の言葉に、彼は嬉しそうに笑う。
あとはパラメータを上げれば、彼とのハッピーエンドが迎えられる。ずっと繰り返して来たからハッピーエンドを迎えるのも、お手のもの。
私の世界は綺麗じゃない。
私でも受け入れてくれる。私を好きになってくれる。私という存在を認めてくれる。
本当の私を見なくて済む、この世界が好きだ。
暗闇へと意識が行きそうになった時、通知音が私を引き戻す。
引き戻されたままに、スマホを見ると、親友である泉希ちゃんの名前が表示されていた。
(泉希ちゃんだ!)
メッセージ画面には
【今週の土曜日、いつもの場所に集合。大丈夫?】とあり、私はすぐに【OK!!】と返した。
泉希ちゃんも私と一緒で乙女ゲームが大好きな子。週に一回は必ずこうして集まり、近況を報告し合うのが恒例になっている。
ただ、その日はいつもと違い、泉希ちゃんのお母さんから緊急との連絡があり、急いで帰ることになったのだ。
二人でせかせかと、焦りながら帰る準備をし、駅まで走る。
電車を待ちながら『間に合って良かったね』とか『来週の土曜日こそ!』なんて会話を交わしながら、泉希ちゃんを見送った。
泉希ちゃんが居なくなると、私の周りの空気は重くなる。一人だと何処にも行けない私は、帰ろうと、来た道を引き返そうとしたとき、タイミングが悪かったようで、勢いよく、人とぶつかってしまった。
「──ッ!!」
「すみません! 大丈夫ですか!?」
「あっ……だ、大丈夫です。私の方こそすみません」
本当は見知らぬ人だろうと、私の姿を、顔を、見て欲しくない。
でも、人様にぶつかって迷惑をかけた以上、しっかりと目を見て謝るべきだと思い、顔を上げた。
『お怪我などしていませんか?』と聞くつもりだった……けど、その言葉は喉の奥で止まった。だって、目の前に居たのは、彼と瓜二つの男性だったから。
「もしかして何処か痛めましたか!?」
呆気に取られ返事をできずにいる私を、違う意味で捉えたのか、焦り顔の彼が近づいて来る。
「あっすみません! 大丈夫です!」
「本当ですか?」
「はい!」
『なら良かったです。どこも怪我をしていなくて本当に良かった』そう微笑みながら彼は足早に去って行った。
(二次元キャラに似た人って本当にいるんだな……)
現実のイケメンは怖い。なんて思いながら歩き出そうとした時、視界の端に見えたオレンジ色が気になった。
その色に釣られるかのように視線を向けると、そこには私の相棒が落ちていた。
(ああああ!)
急いだがために、ちゃんと入れなかったのが仇となり、少しだけ離れた場所で、ポーチから飛び出した相棒は、夏の日差しを浴びていた。
崩れ落ちそうになるのを耐えながら 近づくと、ゲーム機の画面は割れていた。それを震える手で拾い……スイッチを押してみる。
──画面は暗いまま、起動音だけが聴こえた。
(あっセーブデータ……。かなり衝撃を与えてしまったから消えているのでは?)
そこからの私の行動は速かった。
こんな速さで歩けるんだ……私。なんてバカな事を思いながら、ATMへ向かい、なけなしの貯金を下ろし、ゲーム屋へ駆け込む。そして、新たな相棒を買う。
普段の私からではあり得ないぐらい、色々と速かった。
とりあえず、これで今日も彼と会える。ひとまず安心だ。
仮にセーブデータが消えていたとしても、彼に会えるなら、そんなの苦にもならない。
ハッピーエンドへのルートはちゃんと覚えているのだから。
──その日の夜。
就寝準備を全部終え、ここからは癒やしの時間。
明日への糧を得るためにスイッチを押す……も。
「えっ……」
セーブデータ消失の不安はすぐに吹っ飛んだ。
データが無事だったからじゃない。なんだったらデータはちゃんと消えていた。
いつも通り【はじめから】進んだキャラクター選択画面に、私の推しがいない。
何度リセットを繰り返しても、私の最愛の彼は、画面から消えていた。
フィクションだと言ってくれ 時雨霜月 @shigure_goma
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