二万個:千都世さんは恨めしい
「はぁぁぁ……」
昼下がり、教室で。どうにもならない思いを、どうでもいいため息に込めて席に着いた。
身体測定の最後に手渡された黄色い紙を机に広げる。重たい個人の尊厳が、羽のように軽い紙に記される。
1センチ単位で正確に、嘘偽りない実数で。
恐る恐る身長の欄に目をやれば、意気消沈の意気阻喪。
去年の7月から丸々一年が経ったというのに僕の身長は1センチしか伸びていなかった。
着替える気力もなく、体操服のままうな垂れた。
「よっ京介。少しは身長伸びたか?」
フランクに肩を組んできた
「……人が気にしていることをそうズケズケと聞くもんじゃないよ」
「んだよ、そんなの気にすることねぇって、どうせ大人になったらもっと伸びるだろ?」
高校生なんだからもう半分大人みたいなもんだよ。
「いいよね鬼頭は。もとから身長あるから。ない人の気持ちがわからないんだよ」
高二男子の平均身長は169.2cm。しかし残念ながら僕の身長は162cm。
絶妙に平均には届かず、だからこそ、じれったくて嫌だった。
「ふん、わからなくて結構。身体的な特徴で一喜一憂しているようじゃぁ京介もまだまだだな。いいか、男に一番大切なのは身長じゃない。ましてや顔面でもコミュ力でもない。そう、チンコだ」
という鬼頭みたいなバカは全力で無視する。
「もちろん、色や形も大事だがな。ちなみに俺のチン長は……」
聞きたくなよ、という前に教室の扉が開いた。
着替え終わった女子たちが更衣室から戻ってきたようだった。
「あー! 京介またエッチな話してるー!」
千都世さん、人を指さし大声で。あらぬ疑いはやめてほしい。
しかも「また」ってなんだよ。僕は一ミリだってしてない。
「そんな話したら発作で吐いちゃうよ」
僕のアダルト恐怖症を知りながら、千都世は制服のプリーツスカートを雑になびかせ、結ったサイドテールをブンブン揺らしてやってきた。
なんだろう、少し怒っている……ような気がした。
「それはそうだけどぉ、隣の鬼頭がソワソワしてるじゃん」
「ち、ちげーよ。オレらは大きい方が良いって話をしてただけだぞ!」
おい鬼頭。その言い方は語弊があるな。主語を明確してよ主語を。
じゃないとーー
「メーーン!!」
「ぴかぶっ!」
掛け声よりも早い千都世の手刀が鬼頭の脳天を直撃。
目を回し、星を飛ばして床に倒れる鬼頭へ向かい、とりあえず両手を合わせた。南無阿弥陀仏。
「ほら! やっぱりおっぱいの話してた! 京介のエッチィ!」
ほら! やっぱり勘違いしてる! 鬼頭のバカ!
「違う違うって! 男子の方の話だよ!」
「ええ! なに? 男子の方の話って? 詳しく教えて?」
まずい、千都世の瞳がキラリと光る。校紀を乱す、好奇心の目だ。
「い、いやぁ、それはその……」
「ほらほらぁ言いなよ。言っちゃいなよ京介。聞いててあげるからさぁ。ええ? なぁに話してたのさ?」
コイツ完全に気づいてやがる。チクショウ。
「あーもう面倒臭い! 好きに想像すればいいじゃん! 僕は言わないからな!」
やけになってそっぽを向く。そんな僕の顔をヒョコヒョコと楽しそうに千都世は覗き込んできた。
「えー焦ってる焦ってるー」
もう勘弁してくれよ。僕の負けでいいからさ。
「あ、そういえば京介。チンコで思い出したんだけど……」
なんちゅうもんで思い出すんだよ。そのまま忘れろ。
「…………一応、聞こうか」
ありがと、というと千都世は続ける。
「私さぁ、剣道三段なんだけど京介知ってた?」
ない胸を張るがイマイチ文脈がわからなかった。
「昔、千都世の家の道場に通わされてたから強いのは知っているけど、三段は初耳かな」
「ちなみに剣道って強くなればなるほど段位が上がるんだよ知ってた?」
「それは知ってる。大体どんな武道、柔道や空手、あ、そういえば算盤や将棋なんかにも強さの段位や等級があるね」
「そうでしょそうでしょ! だけど! 私はおかしいと思うわけよ!」
ダンと両手で机を叩いて前のめり。
顔が近い顔が近い興奮しすぎ。サイドテールが犬のしっぽみたいに揺れてる。
「女性は強くも弱くもないよに勝手に等級を付けられるの! これは知ってた?!」
「ん? ごめん何の話?」
「おっぱいの話だよ!!」
「おっ…………!」
言いかけて飲み込んだ。
千都世の声量とワードに教室が静まり返る。いつものごとく気まずい視線がこちらへ集まる。
こみ上げてくる吐き気をぐっと呑み込みどこから道を間違えたのか考えた。
えっと確か、身長で悩んでいたはずで、そしたら鬼頭がからかってきて……。
床で伸びていた亀頭がむくりと起きる。
目を瞬いて、手を伸ばして何かを探す。
「おっぱい……? どこ?!」
鬼頭、お前は目覚めんな。
「胴ォォ!!」
掛け声よりも早い千都世の蹴りが鬼頭の脇腹を直撃。
剣道に足技があるかはさておき、目を回し、星を飛ばして再び床に倒れる鬼頭へ向かい、とりあえず両手を合わせた。南無阿弥陀仏。
「AだのBだのCだのⅮだのさあ! 勝手につけて勝手にランク付けして! ましてはや等級が高い方が良いみたいな、女性として優れているみたいな風潮でホント嫌! 身体は遺伝がほとんどだよ! どんなに努力したって変えられるわけないじゃん! そんな等級があるから変な目で見られるんだ! 数字で言え数字で! ただの脂肪の塊だよ! それの何が良いんだよ!」
千都世さん、怒りを込めてドンドンと。床を踏んでは悔しそうに。
貧乳党が掲げる巨乳に対する市民運動かな。デモがあれば参加しよう。
確かに人間は外見で判断されることが多い以上、それを変え難い等級で表されてしまったら嫌なのわかる。
僕もチビには馬鹿が多いとか言われて見た目で勝手に判断されるのは嫌だ。でも千都世の言っている等級は単なる着衣サイズの話ではないだろうか?
「でもさ千都世。衣服はSサイズだったりMサイズだったり等級、サイズがある。作る上でそれはある意味仕方がないんじゃないかな。大量生産の弊害なだけだと思う。それに……」
そこまで言って気が付いた。
千都世がこれまでに見たことないくらい怖い笑顔をしていることに。
「あーあ、やっぱり京介も男子だね。所詮はその程度の浅知恵なんだよ」
「聞き捨てならないね。どいういうことか説明してくれる?」
威張るように右手の指を二本立てる。もちろんサイドテールもピンと立つ。
「ふん、ならば教えてあげよう! いーい! ブラのサイズはカップとアンダーの二つがある! そのうちカップは確かに等級だけど、アンダーは実数。つまりこれがどういう意味かわかる京介?」
なに! それってつまり……。
「両方実数でも可能……そういうことか!?」
「ええ、そうなるのが自然の流れ。にもかかわらず女性だけ性的な等級を付けられている。これは列記とした性差別だ! だから私も男性に性的な等級を付けると今日決めたの! これは立派な社会正義のための第一歩だ!」
男性の性的な等級? まさか!
「待って。それってつまり……全員のアレを……測るの?」
「うーん、本来はそうするべきだけど、法律や条例の絡みもあるからバイアスを持たずにファーストインプレッションで私が決める! 計測者が一人なら基準もぶれないし」
なるほど。早い話が千都世による独裁政権というわけか。
まぁ転覆を狙う輩もいなそうだし放っておこう。
「まずはそこで寝ている鬼頭」
千都世はまだ伸びている鬼頭の顔から下腹部までを見下ろして
「……コイツはシメジでいいや」
辛辣な等級を投げつけた。
いやでも、キノコで例えるのはいろいろ良くない。
「ちょっと具体的すぎるからせめて他の等級でお願いします」
「しょうがないなぁ。じゃぁちゃんとJIS規格に登録できるように野菜でいこう! 次は京介!」
「え? 僕もやるの?」
「おっぱいに等級の付いてない女子なんていないでしょ?」
それは確かに。
「仰る通りで」
「分かればよろしい。えーと京介はー……」
どことなく威厳をもって僕を見下げると、
「わかった! ニンジンね!」
大きな声でそう告げる。
正解か不正解か。そもそも基準がわからない。それを確認する前に千都世は「忙しい忙しい」と言いながら小走りで、他の男子を見つけるや否や「そっちの男子はキュウリ! そっちはダイコン!」と勝手に等級を与え始めた。
きっとその行為に意味がないことは千都世が一番よく理解しているだろう。
だからきっと腹いせだ。
どういもならないことを、どうでもいいことで、どうにかするための。
結局、女性の胸の等級は性差かどうか誰にもわからないし、社会通念になっている以上変えるのは難しい。
今更どうあがいたところで、どう声を大にして正しさを訴えたところで、現実は変わらない。
変えようがないのがまた現実だった。
そして鳴る予鈴。
教室に杖を付いたおじいちゃん先生がやってきた。
「やだ、あの先生ニガウリ……」
「おい、やめて差し上げろ!」
口に手を当て、うっとりとおじいちゃん先生を見つめる千都世さんは、今日も絶好調だった。
親のチンチンで遊ぶなっ! 性欲つよし @sheiyoku
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