親のチンチンで遊ぶなっ!
性欲つよし
一万個:千都世さんは今日も絶好調
なにせアダルト恐怖症の僕に所構わず猥談を迫るのである。
学校で、登下校で、たまに人の部屋に不法侵入してまでも。
迷惑この上ない奇行。面倒極まりない愚行。
だから、夏の日差しを浴びながら、お昼休みの教室で、机をちょこんと並べて、お弁当に箸を落とし、普通の会話が続いている今を異常と取るべきか、成長と取るべきか、僕は少し悩んでいた。
「ねぇ京介。最近の若い人ってホント空気読めないよね。最初は普通に話してたんだけど、なんか違うなって思ったら実は注意でさぁ、回りくどいのよ」
高校二年生が「最近の若い人」なんて言ったら怒られそうだ。
運動部で健康的に日焼けした小麦色の肌。線の細い体型を隠す涼しげな夏のセーラー服。長めのサイドテールに、不敵な半眼ジト目。
これでピアスでも開けていたら、十分千都世も最近の若い人だろう。
「それはね。空気が読めないんじゃなくて、千都世を気遣ってるんだよ」
「気遣いぃ? 私そんなに面倒?」
うん面倒だよ。
「やっぱりいきなり結論から聞くとビックリしちゃうし激情する人もいる」
「でもその方がタイパいいじゃん」
「昔はそれでも良かったかもしれないけど時代が進むにつれて若年層が衝突を嫌い始めたの。確かに時として配慮のし過ぎは距離を作るけど、いきなり距離を詰めてくるのを警戒する人がいるのもまた事実。時代の変化ってやつだよ」
「変化ねぇぇ……なんか京介おじさんみたい」
千都世さん、眉間にシワ寄せて、しみじみと。
悪かったな。おじさんで。
しかしパッと切り替え、サイドテールがクルリと揺れた。
「あ、でもでも昔も今も変わらないことなら知ってるよ!」
「一応、聞いておこう」
やや合ってから。
「”そそ”って言っちゃダメなんでしょ?」
満面の笑みで問うてきたが、そんな単語を僕は知らなかった。
「ごめん。それなに?」
「え……? 京介知らないの? 男の子はみんな好きだっていうから……でも、口で言うのは恥ずかしいから直接見せるね」
すっくと立ち上がり、おもむろに紺のスカートの裾を掴む。
ゆっくりと持ち上げ、日焼けをしていない柔らかそうな白い太ももを露にする。
はーい、こんにちは、小さなリボンの付いたピンクのパンツ?!
「ちょっとまったあああ!!!」
こみ上げてきた吐き気を一旦飲み込み。
「ふえ? ここからが良いところだよ?」
「でしょうね! でもまって! これ以上はさすがに発作で吐いちゃうから」
「んもぅ、京介ったらぁ……」
可愛く毛先をクルクルしても許さないよ。
「それ以前にパンツなら別に言うのに問題ないでしょ? なに人前で……」
「パンツ? 違うよ、"そそ"はマンコって意味だよ」
…………。
教室が、一変しての、静寂に。
ピリリと走る、緊張が空気に。
とりあえず、なかったことに、聞かなかったことに……
「おえおえおえぇぇ」
できなかった。倒れこんだ。
お弁当のオカズが口から虹のような零れ落ちた。
ごめんなさいお祖母ちゃん。お芋の佃煮、おいしかったです。
「誰かテッシュちょうだーーい、京介が吐いたー」
何が恥ずかしいだ、言ってるやん! 一番ダメな単語だよ!
静寂を通り越し、千都世を無視して生徒たちが会話を再開。
エアコンの冷風に紛れて、まだほんのりと緊迫感が漂っていた。
「京介ってホントこういう話題ダメだよね。アダルト恐怖症を治したくて折角頑張って私が話ふってるのにさぁ……」
「嘘つけ。下ネタが好きなだけだろ」
「違うよ! 私は真面目に考えているの!」
「なおのことたちが悪いわ」
ちぇっと口を尖らせ、不満そうな千都世さん。
でもでもとばかりにサイドテールがピョンピョン跳ねる。
「何でそんなに女子ってマンコって言っちゃダメなの?」
「ぐはあぁぁっ!」
さっき吐いたばかりでまだ胃が敏感なのに二連続はやめて。そんなんすぐ吐いちゃう。
それをあまりに不憫に思ったのか、いつもはお調子者の残念イケメンに背中をさすってテッシュをくれた。
情けないこと甚だしい。
「えっとね、千都世さん……」
「ん? なになに??」
黄色く光る、好奇な眼差し。
「……空気読んでほしい……TPOって知ってる?」
「あーー……」
なんだよ、あーって。
「私、嫌いなんだよね、そういうの……」
うん面倒くさい。
すでにジト目が据わってらっしゃる。
そして珍しくカッと開く千都世さん。まったくもって嫌な予感しかしなかった。
「だってオカシイでしょ! チンチンは許されているのにマンコは許されてない! これは差別だ差別! 男性器女性器差別! ほらチンチン電車とか犬にチンチンって指示したりさ、普通に使うじゃん! テレビやネットでもチンチンは放送するのにマンコにはピー音がはいる! なに?! 私たちが付けてるモノってそんなに言ったらダメなモノなの?! 穴の中に闇の魔法使いでも住んでるの?! それってちょっと失礼じゃない?」
千都世さん、まくし立てては、拳を握る。席に座って、落ち着きなさい。
フェミニズムぶち切れの政治演説かな。投票用紙が投函された瞬間に破り捨ててやる。
恐る恐る教室を見返すが、誰一人として目を合わせてくれなかった。
ちくしょう、僕がこの猥談モンスターを消火しないといけないのか。
覚悟を決めて深呼吸。胸に手を当てながら吐き気を抑える。
千都世のランランと輝く瞳を下からねめつけ冷静に。
「君の言い分はよくわかった。でもその問題で、つまりはその三文字を言えなくて困るのは誰?」
頭上に疑問符が浮かぶ千都世さん。
どうやらこの返しは想定外だったようだ。
腕を組み、首を傾げ、上を見る。口をもきょもきょ動かしながら「う~ん」と考え。
「私……?」
絞りだした答えがそれだった。
つまりはそういうことだった。
「でしょ? 個人の言いたい言いたくないはあるにせよ、僕らは集団で生きている以上、集団のルールを守らなくちゃいけない。そしてそれは明文化されたモノもあればそうでないモノもあるし、誰が決めたか知らないけど理不尽にそうなっているモノもある。それに反対するのは一見正義に見えるけど、同時にエゴでもある。だからちゃんと今それを言っていいのか、言う必要があるのか、を考えなくちゃいけない。とりあえず騒いだことを周りの人に謝りなさい」
どうやら聞き分けてくれたようで、据わっていた目はいつものやる気のないジト目に戻っていた。
シュンと肩を落としながら、サイドテールがまわるほど丁寧に「ごめんなさい」と。
そして鳴る予鈴。
教室に担任がやってきた。
まぁ千都世の言うこともわからなくはないと思った。
世の中には誰かの都合で誰が損をしている。損をするのはいつだってマイノリティな人で、その人たちはマイノリティであるからこそ埋められない孤独を抱えている。
千都世は、どうなのだろうか?
昔からこんな子だっただろうか、いや、昔からこんな子だった、気もしなくもない。
屈託も忖度もなく、言いたいことが言えるのもある意味才能だろう。残念ながら、それは僕には……。
窓の外、ぼんやり見つめる、雲の色。
乳白色で綿毛のような入道雲。想いを馳せれば、かすかに香る磯の匂い。
「はいちゅうもーく。今年の修学旅行の行き先を決めるぞー」
「先生、私エロマンガ島に行きたいです!」
「だからTPO!!!」
誇らしげに立ち上がる千都世さんは、今日も絶好調だった。
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