③《剣聖としての誓い》
姉上に酷い言葉を投げかけてから、もう7年か――。
「そういえば、姉上は……王妃…になったのか?」
自信のない声で乳母に問いかけると、彼女は涙を浮かべながらも、少し誇らしげに答えた。
「えぇ、成人の儀の後、すぐご成婚されて王太子妃となり、昨年、先帝の崩御に伴い、正式に王妃となられました。それからは、孤児院の運営など慈善事業に力を注がれ、怪我をされた国王陛下に代わって、外交にも赴かれていました。しかし、常にスリグナル様を心配されており、この7年間、捜索隊を出さない日はありませんでした。」
俺はただ、言葉を失っていた。あの日が一番多く言葉を交わしたぐらいの関係で、あの日以来、姉上とまともに会話をしたことはなかった。それでも、ずっと俺のことを――。
「ですが、王妃といえど捜索範囲は国内に限られ、国外にいらっしゃったスリグナル様を見つけることは叶いませんでした。先週、ようやく足取りを掴め、お嬢様に報告しようとした矢先に……」
乳母の声が震え始める。
「馬車での移動中、突然魔物の大群に襲われ……お嬢様は護衛騎士を好まれず、護衛はわずかしかつけておりませんでした。騎士たちが駆けつけた時にはもう……見るも無惨な姿に……まだ王子殿下や王女殿下も幼いのに、無念だったことでしょう」
「姉上は……子供を?」
「はい。王太子妃時代に王子殿下を、そして王妃となってから王女殿下をお産みになりました。まだ幼いお二人を遺して……」
俺の喉が詰まった。姉上は、俺が逃げ出した後も公爵家に残り、王妃として国を支え、民のために尽くしてきた。王子と王女という世継ぎも産み、立派にその役目を果たしていた。
――なのに、なぜ。
幼少期、姉上は常に護衛騎士に守られるという名目で監視されていた。姉上は、自分の子供たちにはそんな思いをさせたくなかったのだろう。だから、護衛をわずかにしか付けなかった。それが命を奪うことになるとは――。
いや、違う。俺がいればこんなことにはならなかった。俺が役目を果たし、王国中の魔物を倒していれば、姉上は今も生きていたはずだ。
「なぜ……姉上は、幼い子供たちを残して死ななければならなかったんだ……」
俺ではなく、姉上が――。
姉上はいつも、国と家族を支えてきた。それなのに、俺はただ逃げ出し、何も果たせずにいた。俺のせいで、姉上の子どもたちは母を失った。俺が守れたはずなのに。
「魔物が憎い……憎い……!」
いや、それ以上に――俺自身が憎い。
剣聖の役目から逃げ出し、ただ生き延びてきた自分が憎い。
姉上を見殺しにした自分が、何よりも憎い!
もうこれ以上、誰も失わせない。幼い子どもたちから、親を奪わせない。それが、俺にできる唯一の償いだ。
「俺は……剣聖になる」
それは、これまでのように父上に強制されたものではない。俺自身が、初めて自分の意志で選んだ道だった。俺は剣つるぎをしっかりと握りしめ、姉が大切にしていた白い花――リリウムの前に立つ。
リリウムの花言葉は「強く、美しい心」。まさに姉そのものだ。あの笑顔、あの優しさ、それでいて課せられた役目を最期まで果たす意志の強さ……姉の姿を思い出し、胸が痛む。
俺は深く息を吸い、目を閉じた。
「もう、誰も……奪わせない」
その誓いは、リリウムの静かな輝きに見守られるように、俺の中で確かな決意に変わった。
終焉のヴァルハラ 〜英雄の最期を看取る者〜 @maki15marimo
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