漫画原作者 坂崎篤史の生活と苦悩
モリツカサ
第1話 ファッキン資本主義の回
うららかな春の日。
窓際の観葉植物がみごとに枯れている喫茶店で泉さんは言った。
「坂崎さん。漫画の原作、書いてもらえませんか?」
この時僕は秒速340メートルの速さでうなずいた。
なぜなら僕の財布には731円しか入ってなかったし、もちろん銀行口座は涙なくしては語れない。分かる人にはわかると思うけど、残高を見るたびに心臓が痛くて手が震えてしまう。特に今月は、人生史上最低資金レコードを叩きだしていた。スーパーの入口で売ってるたい焼きが食べたいのに1個180円は高すぎて、憧れが憎しみに変わり始めていた頃だった。
そんな時に仕事のオファーだ。やるよやる。やるってばよ何だって。
とはいえ漫画の原作なんて書いたことも見た事もない。
「でも僕、漫画原作なんて書いたことないんですけど」
「大丈夫ですよ。だって坂崎さん、小説書いてるんですよね?」
「ええ、まあ……」
そう。僕は小説家なのだ。代表作?それはこれから書くんだよ。
ごほん。そう、お察しの通り、僕はまだ、商業出版も自主出版もしたことがない。Webや新人賞に投稿している小説家になりたい者なのだ。小説家になるing、とでも言っておこおうか。もちろん白色申告もしておらず、まごうことなき父の扶養家族だ。欠点には目をつぶって、小説家志望の前途有望な青年ということにしてもらいたい。
本来なら、小説一本に身も心も操も時間もささげるべきだと思ってる。
しかしさっきも書いた通り、僕は金欠で、頼りのコンビニのバイトの収入は、先月コロナにかかったおかげで半分に減っていた。わお。
それに加えて、目の前で忙しそうにスマホに目をやる泉女史は、そんな僕の生活を心配した大学時代からの先輩、高梨さんからの紹介だった。
高梨さんは昔から面倒見がよかった。そもそも僕とは、出身中学が同じというだけなのに、いつも気にかけてくれていた。大学の食堂で会えば僕の栄養状態を、講義室で会えば単位を、居酒屋で会えば終電を気にかけてくれる。要するに高梨さんは、皿鉢料理の大皿くらい器のでっかい男だということだ。
そんな高梨さんは今、大手広告代理店に勤めている。僕がその日暮らしをしていると知って、編集者の泉女史を紹介してくれた。なんてすごい人なんだろう。僕と比べたら、月とすっぽん。人間とアメーバ、AIといろはかるただ。
そんな高梨さんの紹介の仕事を蹴り飛ばすほど僕も馬鹿じゃない。大学を卒業して七年。一人暮らしを続けてはいるけれど、ことあるごとに親は僕に正社員で働けと言う。電話やライン、最近ではインスタのアカウントにもメッセージが来る。働け。夢なんて追いかけてないで働け。幼馴染のコウキ君は、この間アルファロメオに乗って帰って来たよ。
嗚呼、ファッキン資本主義。
「お引き受けしてもらえる、ということでよろしいですか?」
「もちろんです。原作、書きます。僕にやらせてください!」
僕がそう答えると、泉さんはにこりともせずに、スマホを見たまま立ち上がった。
「よかった。詳細は追ってメールします。では」
そして彼女はそそくさと立ち去った。
そして後に残されたのは、二人分のコーヒーの会計だった。
〈第2話 手抜きは絶対にいかんぜよの回 へ続く〉
漫画原作者 坂崎篤史の生活と苦悩 モリツカサ @morimorimoriwo
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