右読み左読み

@era777

よし よし よいこ

 何回も言ってるだろ? やめとけって。

 仕方がない。気は進まないが、お前がいつかホンモノに出会うときが来る前に先輩としておせっかいをやいてやろう。

 これまでも何度かオカルトに傾倒するのは止めとけって忠告したがお前は聞く耳をもたなかったな。

 くだらなくて時間の無駄だからって馬鹿にしてるわけじゃないんだ。

 ホンモノが存在するから、止めさせたかった。



 俺は小さいころ好奇心旺盛なガキだった。

 そりゃ小さい子はなんでも知りたがってうっとおしいものだが、格別俺は知りたがりだった。

 あれなにこれなにと母と父を困らせたもんだ。

 いくつかの辞書を渡してこれで調べろ、わからないなら爺さん婆さんに聞いてみろ。

 そう匙を投げられるのも仕方がなかったと思う。

 俺の住んでいたところは山合の村で、といっても幹線道路から少し入ったところなので不便はなかったが、高齢化の進んでいるところだった。

 子供は少なく、近所の爺さん婆さんからは俺は可愛がられていた。


 俺の家から少し離れたところにポツンと立つ家があって、そこの縁側でときどきパイプをふかしているおじさんがいた。いや、今思い返すとまだおじさんってほどの歳ではなかったかもしれない。

 近所で変わり者扱いされてる人だった。

 まあ排他的ではない村だったので、それでもおせっかいをやく婆さんたちと少しばかりは交流があったらしい。

 少ないながらもいた子供たちは彼の纏う雰囲気を怖がって家に近づきもしなかったが、俺は違った。

 弁えないガキだったからできたんだろうな。

 少し話すようになったころにおじさんは俺にアシヤと呼べと言った。だから、アシヤさんと俺は呼んでいた。

 アシヤさんは頭がいい人だった。

 俺が話したことは全部覚えていたし、俺がした質問にはいつもすぐ答えが返ってきた。


 ちょっと前置きが長くなったがここからが本題だからよく聞けよ?


 ある日、俺はいつものようにアシヤさんにある質問をした。

 「文字って左から右へ書くけど、昔は逆から書いたんでしょ? なんで?」

 アシヤさんはいつもと違って少し考え込んでいた。

 あれっと思ったけど、俺はおとなしく答えを待った。


 俗説としては。

 アシヤさんはそう切り出した。

 巻物に文字を書いていたころ、つまりは書物とはどのように記すかが伝わったときのルールだったから右から左に書いていた。

 先の戦争が始まる幾ばくか前、外国文化に合わせて左から右への様式に変えられた。


 そこでアシヤさんはパイプを吸ってゆっくり煙を吹きだして俺の目を覗き込むようにして言った。

 「どう思う?」と。

 俺は深く考えず「文字を書くルールを逆向きにするって大変じゃない? そのままでよかったと思う」と答えた。

 アシヤさんはニヤリと笑って、だよな。って言って再度パイプを吸った。


 お前は知りたがりだから、あえて教えてやろう。

 そう言ってアシヤさんは普段は入れてくれない家の中に連れていってくれた。縁側から部屋に入って廊下へ抜けて。奥へ奥へ進んでいった。俺はこんなに家大きかったんだって思ったけど明らかにおかしかった。まあ俺はそのときは気にせずただアシヤさんについて行った。


 案内された部屋はちょっと古臭い部屋だった。その辺の町の資料館とかで展示されてそうな古い家屋みたいな感じだったけど、まああの村じゃありふれてた。

 アシヤさんは俺に茶と何かわからない干物を出して先に食べろって促がしてきた。

 ジジババは出したものを食べれば喜ぶから、アシヤさんのそれも俺は普通にすぐ食べた。

 ちょっと変な味だなって思ったけど、父から出されたものは残さず食えと教えられてたのでそのまま一気に食べきった。

 アシヤさんは俺が食べきるのを見ると話し始めた。


 昔軍部がいろいろな研究をしてた話は知ってるだろう。

 そう、毒ガスだとか化学兵器の研究もそうだ。

 本当に色んな研究をしていて、中には呪いなんてものもあった。

 日本中を探して時には海外にも足を伸ばして色んなものをかき集めたらしい。


 それで、ホンモノを見つけてしまった。


 あ、そうだ。この話は記録に残すなよ。パソコンのテキストデータとか作るのもだめだし、もし今隠し録りしてる録音も止めろ。

 ……おい、冗談のつもりだったがマジで録ってたのか。

 本当にやばい話だ。お前が探し求めていたオカルトそのものだ。

 小学校のころ紫の鏡って怖い話が流行っただろ。あれみたいに単語を知ってると呪われるみたいなそういうやつだ。一番やばいところはコトバとして口には出さないが、この話は知ってる奴が少ない方がいい。だからお前も誰にもしゃべるなよ。

 じゃあ続き話すぞ。


 ホンモノを見つけてしまった。


 俺はそのときのアシヤさんのいうホンモノは、『本物』って漢字じゃなかったように感じた。でも何かが伝わって、奇妙な感じがした。


 この村みたいな山合の村。軍部へ近隣の村から密告があり、その村が調べられた。

 これといって変なものは見つからなかった。だが軍部はその村の近隣で起こった奇妙な事象から、そこに何かあると調査を続けた。

 そしてこの村だけに伝わるわらべ唄が発見された。

 それがこれだ。


 アシヤさんはそう言って箪笥を開けて木の板を取り出した。

 そこには文字が書かれていた。

 多少読みづらかったが、ひらがなだったので俺でも読めた。

 「xx xx xxx xxx x xxx ……」

 途中まで読んでて、あれ、昔の文章だから逆から読むのかって思ったところで、アシヤさんは木の板を箪笥へ戻した。


 なあ、いま逆から読んだだろう?


 ゾクとした。

 アシヤさんがパイプを吸って吐くのを俺は呆然と見ていた。

 俺はその文章に出てきた文字列を知っていた。

 だって。


 回文ってあるだろう。

 しんぶんしだとか、たけやぶやけたみたいなやつ。

 あれは上からも下からも同じ読みだ。

 それとは違って違う言葉になる逆さ読みってのがある。

 上から読んでも下から読んでも文章になる。でも意味は全然違う。


 軍部は、いや国を担う政治家たちは恐れたんだ。

 海外の文化が広まり、いつか、右から左へと読む文化に逆から読む文化が混ざったときのことを。

 普通に読めば問題ないのに逆から読めば呪いを引き起こすコトバを。

 だから、無理やりにも国内のルールを変えた。

 左から右へだけ読むのだけが正しいように。

 そのとき、さっき見せたアレみたいなものを血眼になって探して日本中から消し去った。

 本当にギリギリのタイミングだっただろうな。戦争の準備がおろそかになるくらい、本気で連中は頑張ってた。

 いまじゃこの国の癌だったとされてる連中は、実のところよくやっていた。


 アシヤさん、まるで見ていたように言うね。と思ったが俺は口には出さなかった。


 さっきの唄みたいなのは偶然だ。呪いを引き起こすわらべ唄の逆さ読みがたまたま、現代じゃありふれた単語の連なりになっているっていう。

 でもそんな偶然があまりにも多すぎた。ま、軍部はたまげただろうな。

 アシヤさんはパイプをふかしながら笑った。


 はは、お前ちょっと顔青いぞ。

 でもわかったろ?

 現地調査とかってマジでやばいんだよ。

 木の板とかは回収されたり燃やされたりしたんだけど、山の中に残った石碑とかが、な。

 ほら、前にお前が行くって言ったから俺が引き留めた場所あったろ? 災害があったから止めとけって言った場所。あそこ、実は近いんだよ。アシヤさんが言ってた村に。


 ん? は? 行って石碑を見つけて写真を撮ってSNSに上げた?


 ……。


 おい。バズってんじゃん。


 あーあー。

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