最終話 大団円と言っても過言じゃない気がする

 扉を開けると、細長い一本道の通路。

 その先に、更にまた扉がある。ダンジョンのおなじみのパターンだ。あれが本当に最後の扉。あれをくぐると、今回のボスであるオルトロスが待っているわけだ。

 さて、テンションMAXそのままに、いよいよボス部屋直前まで来たわけだけど。オルトロスのいる扉の前まで来たわけだけど。

 それは取りも直さず、ついに本格的にあれを決行する時がきたってことだ。幸福な自爆大作戦を。どきどきしちゃうね。

 手にしたキュークラッカーを、ぎゅっと握り締める。こいつが今回の作戦の要だ。頼んだぞ。頼んだぞっていうか、私ががんばんなきゃいけないんだけど。

 深呼吸して、変なテンションをいったん鎮める。頭の中で、やるべきことを念のためにおさらいする。

 こけおどし爆弾、キュークラッカー。これを自爆アイテムっぽく使わなくちゃなんだけど、しかし普通に考えたら、それは至難の技だ。

 だってそうでしょう。キュークラッカーはダメージゼロのこけおどし。普通に爆発させたら敵は無傷だ。

 自爆までして相手がピンピンしてたら、エレナさんも「んー?」ってなるだろう。

 なので、敵が「もうだめ死にます」ってなった瞬間、キュークラッカーを炸裂させなくちゃいけない。そうすれば、さも自爆で敵を撃破したかのように錯覚させられる。

 そんな都合いいタイミングで攻撃できんのー?

 と思われるかもしれないが、できるのだ。今回のボスに限っては。

 双頭の魔犬オルトロスは、絶命する寸前、一風変わった叫び声をあげるのだ。

「テケリリッ!」

 それがやつの断末魔である。

 まあ、まるで犬っぽさが感じられない声ではある。一説では、普通の犬に別種の生命体が寄生したものがオルトロスなのでは、と言われている。双頭の一つが、寄生生物の化けたもの、というわけだ。

 でもそれは、正直どうでもいい。オルトロスの正体なんてどうでもいい。

 要は、「テケリリ」の合図に合わせて自爆すれば、万事オッケーなのだ。わかりやすいことこの上ない。

 私にとって、実に都合のいいボスだ。オルトロス、ういやつめ。ふふふ。待ってなさいよ、今すぐ華麗に鮮やかにやっつけてあげるから!

 わくわくして、またテンションが再沸騰してきた。もう誰も私を止められない。やってやるって!

 高揚感に突き動かされ、私はバーンと最後の扉を開けた。

 その瞬間。

「テケリリッ!」

 くだんの犬らしくない断末魔が、耳をつんざいた。ボス部屋に入ったとたんに。

 そして目に入ってきたものは、他の冒険者パーティの後ろ姿。

 てことは。もしや。ひょっとして…。

「どうだ見たかオルトロス!われらフランソワーズ軍団の底力!」

「やったー悪を倒したぞ!」

「ばんざーい!」

 ああ、やっぱり。なんということでしょう。

 扉を開けた正に今、ひとあし早めに来た他のパーティが、ボスを打ち倒したところだった。

 私のかわいいオルトロスちゃんは、フランソワーズ軍団とやらに、ギタギタに叩きのめされていた。華麗に鮮やかにやっつけられていた。

 万事休す。

 もうだめだ。何もかもおしまいだ。

 私のプラン全部ぶち壊しだよ。ぜーんぶ。これじゃ私なんのために、さっきあんなにがんばったのさ。

「あ、フランソワーズ達が先にボス討伐したのね?よかったー!これであの、むやみやたらに危険なアイテム使わなくて済みますねっ!」

 エレナさんが、ホッと安堵の表情を浮かべる。ちがうんだよ。使いたかったんよ。使いたくてしょうがなったんだよ。やたらと危険なアイテムをさ。フランソワーズめ、よけいな真似を。いや、知らん人だけど。

「あのー…。正直なんの目的だったかは知りませんけど、そんなに落ち込まないでください。次の機会がありますよ、たぶん。」

 唖然茫然するばかりの私に、ミレイちゃんが小さな声で同情してくれた。自分じゃわからないけど、よっぽどの間抜けづらで佇んでいたのだろう。

 でもね、ミレイちゃん。次じゃだめなんだ。

 いや、別に次でもいいっちゃいいのだが。どうあっても今日やんなきゃいけない必然性も、特にないんだが。

 でも、嫌じゃん!せっかく今日あんながんばったのに、それが無駄になるって嫌じゃんかよ!

…ていうか!てゆうかさあー!

 これじゃ、私のこの高ぶったやる気を、一体どこに持っていけばいいというの!こちとら十年ぶりに本気でハッスルしたんだよ?!これじゃ気持ち収まりつかないよ!自爆したかったのに!むきー!感情が暴発寸前だ!なんでもいいから自爆させやがれ!バンバンバーンと爆発させやがれ!

 と、焦りと失望のせいで、私が変なテンションになったそのとき。

 私達の目の前を、たまたま、一匹の老ゴブリンが通りかかった。ヨロヨロと。

 好機!

「うわー!くたばりやがれこのゴブリンやろー!」

「がおーん?!」

「テス様―?!」

 私はキュークラッカーのピンを抜きつつ、ゴブリンにむしゃぶりついた。このさいモンスターならだれでもいいやってなったのだ。

 体当たりの衝撃で、ゴブリンをやっつけた。

 それと同時に、キュークラッカーが見事に爆発した。バンバンバーンと。

 極彩色の爆炎が吹きあがる。金の焔が渦を巻き、紅蓮の火柱が天を衝く。こけおどしとは思えないほどの、凄まじい火力だ。

 タイミング完璧。

 どっからどう見ても、今の私の姿は、敵を道連れにして自爆した戦士だった(ゴブリン相手に)。

「テス様っ!うそ、うそよ、こんな…!」

 エレナさんが、泣きながら走り寄ってくる。いいぞ、計算通りだ。

 一方ミレイちゃんは、軽く引いた顔でこっちを見ている。「マジで何やってんのこの人」みたいな顔で。まあ、キュークラッカーの性能を知っているんだから、これはしょうがない。

 熱くもなんともない炎が、次第に収束していく。

 私は「もうだめ」みたいな感じで、ぐったりと横たわる。傍に来たエレナさんに、弱々しい雰囲気を出しつつニコリとほほ笑む。

「あ、危ないところだったねみんな…。一見ゴブリンっぽい今の敵は、えーと、ドグランマグランゴブゴブリーンっていう、超邪悪なやつだったんよ。陰のボス的な、そういう感じの…。キミ達を守るには、こうするしかなかった…。」

「そんなっ!」

 エレナさんが、私の手をはっしと握る。わがパーフェクトな演技で、完全に私が瀕死だと信じ込んでいるようだ。しめしめ。

 まあ、キュークラッカーの爆発が、異様に派手だったというのもあるだろうけど。当の私も、心の中で

「え、これマジでノーダメージ?大丈夫?死なない?私死なない?うわあああちょっと待ってちょっと待って怖い怖い怖い」

と大慌てしていたくらいだ。一発十万マニィは伊達じゃないというか。おかげで、ハイテンションだった気持ちが平常に戻った。

 まあ、それはいい。とにかくここからが本題だ。うまいこと誘導して、妹に告白させねば。ハッピーエンドに導かねば。

「ああなんだか、だんだん体から感覚がなくなってきた…。エレナさん。私の冒険はどうやら、ここまでみたいだよ…。」

「いや!そんなこと言わないで!いやよ!」

「ふっ、いいのサ。あなた達を守ることができたんだからね…。でも、冥途の土産代わりって言ったらなんだけど、一つだけお願いを聞いてもらっていいかな…?」

「も、もちろんです!なんなりと仰ってください!」

 よし。いいぞいいぞ。想定通りすぎて怖いくらいだ。

 計画通りにいっている喜びを押し隠しつつ、私は息もたえだえな感じで、口を開いた。さあ、いざゆかん。物語のクライマックスへ。

「エレナさん。あなたの本当の気持ちを聞かせてほしいんだ。今、ここで。」

「えっ…。」

 悲しみ一色だった彼女の顔に、とまどいが混じる。

 どうやら、私の言わんとしていることが伝わったのだろう。「ミレイちゃんに好きって言いな」って意図が、誤解なく伝わったようだ。いいぞ。まあ昨日あんなやりとりしたんだから、当然っちゃ当然だけど。

「テス様、それは…。」

「お願い。それだけが心残りなんだ。私を助けると思ってさ、頼むよ、ね…。」

「ああっ、でも…!」

 私に取りすがっていたエレナさんの手が、離れる。そして彼女は、顔を両手で覆って縮こまってしまった。

 うーん、少し罪悪感が。

 でもここであなたが妹にアイラブユーって言ったら、全部丸く収まるはずだから。がんばって。勇気を出して。

 という私らの横を、通りすがりのフランソワーズ軍団がじろじろ眺める。心配そうな顔で。いいから行った行ったと、手を振って追い払う。

 ところでミレイちゃんはどうしたと姿を探すと、うつむいて何やらムニャムニャつぶやいていた。なんだ?

 耳を澄ますとそれは、呪文だった。

 精神遠隔感応魔法。

 つまり、声を出さず会話ができる魔法。心の声でやりとりできる魔法。そいつを唱えていた。なんで?

『テスさん、テスさん。聞こえますか?』

 呪文詠唱が終わり、ミレイちゃんが魔法で話しかけてきた。頭の中に、彼女の声がエコー気味で響く。

『聞こえるけど、どしたん?今ちょっと、大事なところなんだけど。』

 私も、心の声で返事をする。なんなのさ、このハッピーエンド直前の場面で。

『いえ、どうしても言っておかなくてはいけないことがありまして。空気壊すのもどうかと思って、こうして魔法でこっそり話しかけているわけです。』

『はあ。で、なに?』

『まず、お礼を言わせてください。さっきのセリフで、あなたが色々妙なことをした理由はわかりました。ボクと姉さんの仲を取り持ってくれようとしたんですね。ありがとうございます。』

『え、うん…。』

 心の声で、ミレイちゃんがきちんとお礼を言ってくる。いや、なにそのクールな感じ。この話題になると、めっぽう弱いんじゃなかったの?なんかこう、

「え、ちょ、もしかして姉さんに告白的ななんかをなんかするおつもり?いやでも心の準備がというか違う人が好きだったらとかアタフタ」

的な反応するかと期待…じゃない、危惧してたのに。めっちゃ平熱じゃん。どしたの。

『いやなんか、やけに冷静だね。この件になると、おとといはウワーってなってたのに。心境の変化でもあったん?』

『心境の変化…、といいますか、その、実は。』

『んー?』

『いえ、実はその、なんというか。』

『心の声の会話でゴニョゴニョ言いよどむんじゃないよ。』

『すみません、ちょっと照れてしまって…。でもごめんなさい、ちゃんと言います。本当に大事なことなので、ちゃんと言います。』

『はあ。』

『実は、ボクと姉さん、恋人同士になったんです。昨日の夜から。』

『…は?』

 きょとーん。

 と、してしまう。

 え、なに。なんて?今なんて?恋人同士に?だれが?だれとだれが?ボクと姉さんが?ミレイちゃんとエレナさんが?昨日の夜に?待って待って待って。じゃあ、じゃあ。

 もうすでに、話のケリはついていたってこと?

 今日一日の私の行為は、完全なる徒労だったってこと?いらぬお世話だったってこと?

 うそーん。そんなん聞いてないよー。いや、全然いいよ?全然いいけど、でもなんかさー。なんつーかさー。

『昨日の夜、レストランであったこと、姉さんから全部聞きました。それで、その流れで「テス様から本当の気持ちを伝える勇気もらったの」って、姉さんから告白されたんです。好き、付き合って…って。』

『え、あ、そ、そーう?そうなんだ、ふううん…?』

 勇気もらったというか…。たぶん

「あそこまで自信ありげに『大丈夫』って言うことは、何かしらの確信があるんだろう。本当に大丈夫なんだろう。」

って算段が働いたのかな。知らんけど。つまり私の一番目の作戦が、結果、大成功を収めていたわけだ。私のあずかり知らぬところで。

『何もかもテスさんのおかげです。ありがとうございます。本当に、なんてお礼を言ったらいいかわかりません。本来はもっと早く感謝を伝えるべきだったんですが、照れくさくて…。こんな計画を練っているなんて知らなかったし…。』

『いやー、まあまあまあ…。あ、でもじゃあ、今日のキミ達のあの感じはなんだったん?』

『あの感じ?』

『なんか、ずっとギクシャクしてたじゃん。顔合わせようとしないし、一言も話さないし、基本ボンヤリしてるし。付き合ってるどころか、喧嘩してる感じだったじゃん。』

『あー、それは…。キスしたのが昨日の今日だから、すぐ思い出してポーッとなっちゃって。恥ずかしくて、姉さんの顔まともに見れないし…。』

『ああ、そういう…。なるほど、恋する乙女特有の、そういう…。』

 つまり、あのオッチョコチョイの「ははーん恋ですね!」が大正解だったんかよ。なんか癪だよ。

 あと、さりげなく言ってたけど、キス止まりなのか。本命に対しては奥手なタイプなのか、エレナさん。まあそれは、今はどうでもいいけど。

『はーそうですかそうですか。あんだよもー、言ってよもー。どんだけ気ぃ回したと思ってんのさー。』

『そうですよね、すみません。』

『今思い返せば、今日最初に会ったとき、なんか言いかけてたもんね。エレナさんが来たら口閉じちゃったけど。あのときちゃんと言ってくれたらよかったのに。』

『いや、姉さんの顔見たら、胸いっぱいになっちゃって。うわーこの美しい人がボクの恋人なんだーって思ったら、他のことみんな頭から消し飛んじゃって。』

『のろけよるわ。』

『ギルド本部に行くときも、一緒にいるとドキドキし過ぎて辛いから、別々で来たんです。姉さんも、ボクを見るとニヤニヤそわそわしてしまって…。』

『もういいよ。心の声でデレデレのろけ話を語るんじゃないよ。』

 ていうか、心の会話ってこんなだらだら続けるもんなん?もっと手短に済ませるもんなんじゃないの、普通。いいけどさ。

『ん?じゃあ、だったらさ。』

『はい。』

『エレナさんは今、頭抱えて何悩んでるの?「本当の気持ち聞かせて」って言ったらこうなっちゃったけど、それはてっきりミレイちゃんとのことだからだと思ってたけど、もうキミら付き合ってるんだよね?』

『ですから、それとは別件で、あなたに隠している本音があるんでしょう。頭を抱えて言いよどむくらいの、重大な本音が。』

『え、なにそれ怖い。やめて。』

『やめてって、ボクに言われましても…。』

 マジですか。まさかこんな展開になろうとは。いいよそんなん、聞きたくないよ。本当のことなんて私は一つも知りたくないよ。どうせロクなことにならないんだし。

 などとびびっていると、エレナさんがパッと顔を上げた。ちょっと待って。

「わかりました!ほかならぬテス様がそこまで言うのでしたら、仕方ありません!白状します、あたしの本当の気持ちを!口が裂けたって絶対に言えない、そう思っていた秘密の気持ちを!」

「いやあの、やっぱりあの」

「ではテス様、聞いてください!あたしはミレイちゃんのことが一番好き、だけど…!」

「ちょ、待っ」

「だけど!できればテス様とも、もう一回エッチしたいなーって思ってました!だって体の相性ばっちりだったから!」

「あんた何言ってんのっ?!」

 エレナさんが、とんでもねー爆弾をぶち込んできた。

 思わずガバリと身を起こす。何言ってんだよ。私がおぜん立てしたことだけど、あんた何言ってんだよ。妹の前で。付き合いたての恋人の前で。

「いやいやいや、エレナさん!確かに本音言えってお願いしたけどさあ、いくらなんでも本音すぎっていうかさあ!」

「あれ?テス様、大怪我負ったはずなのに、なんだか急に元気…。」

「へ?あ、あー、治った治った、今治った、気合で治った。」

「気合で治癒を?さすがです!」

「いや、それはどうでもいいんよ!それより!あんな欲望丸出しの告白しちゃったら、ミレイちゃんの気持ちが…!」

「え?あっ…。」

 エレナさんが、今頃はっと口元を押さえる。しまったー言わなきゃよかったー、みたいな感じで。

 あーもー、やばいよ。これじゃミレイちゃんが姉に幻滅しちゃうよ。私とエレナさんがエッチしたことは昨晩聞いたかもだけど、それとこれとは別というか。惚れた女のこんな下品な告白聞いた日にゃ、百年の恋だって冷めるだろうよ。

 そして彼女の方を見ると、案の定。

「姉さん、そんなこと思っていたなんて…!そんな…、それじゃ…。」

 ミレイちゃんが、わなわなと体を震わせている。明らかに精神的ショックを受けている。ああ。なんてこった。もうだめだ。

「あ、あの、えっと、あのね、ミレイちゃん。さっきはああ言ったけど、でも安心して?本当にもう一回するわけじゃなく、ただの願望だから…。だからその…。」

「……。」

「ほら、もちろんテス様のことは大好きだけど、一番好きなのはあなただし…。だから大丈夫っていうか…。」

 エレナさんが必死に自己弁護するが、ミレイちゃんはうつむいたっきりだ。これはもう、破局まったなしかもしれない。

 なんでこうなるんだ。私がいらんことしたばっかりに、もう破局が訪れようとしている。ようやく紡がれはじめた姉妹の愛の物語が、全てぶち壊しになろうとしている。私のせいで。

 私は二人に幸せになってほしかっただけなのに、一体どうしてこんな事態に!

「だからね、ミレイちゃん。なんていうか、そのー。」

「…それじゃあ!それが、姉さんの本音だって言うんなら!」

 不意に、ミレイちゃんが叫んだ。意を決したように顔を上げ、エレナさんをにらみつけて。

「それが姉さんの本音なら、二股かければいい!」

「…へっ?!」

「姉さんとテスさんとボク、三人で付き合えばいい!それで全部問題解決、姉さんの望みは全部叶う!そうすれば一回だけと言わず、好きなだけできるし!」

「あんたも何言ってんの?!」

 すげーこと言い出したミレイちゃんに、私の声も裏返る。一体どうしてこんな事態に。誰か教えてください。

「はっ!」

「そこ!『はっ!』じゃないよ!『なるほどその手があったかー』みたいな顔するんじゃないよ、エレナさん!あのさ、ミレイちゃんさ、自分が何言ってるかわかってる?いったん落ち着こう、冷静になろう、ね?」

「ボクは極めて冷静ですよ。テスさんこそ冷静になるべきでしょう。ボクがどういった人間なのか、すっかり忘れてしまっている。」

「は?なに?」

 おろおろする私を見て、ミレイちゃんは小さくフッと笑った。

「お忘れでしたら、あらためてお伝えしましょう。ボクは根っからのシスコン女。姉さんの喜ぶ顔が見れるなら、それでいいんです!ボクは!」

「いや、そうかもだけどさ…。」

「それに、テスさんが悪い人じゃないって知っちゃったし…。あなたなら、まあ、いいかなって…。」

 と言って、ミレイちゃんは顔を赤らめて目をそらした。むん。そんな顔されたら、もうなんも言えんよ。

「ミ、ミレイちゃん、いいの?そんな、やたらとあたしにばっかり都合のいい話…。」

 エレナさんが、喜びと期待に目をキラキラさせながら言う。

「ボクの答えは今言った通りだよ。それより。気持ちを確認しなくちゃいけない相手が、もう一人いるんじゃないの?」

「あっ、そ、そうよね。じゃああの、テス様…。」

「はあ。」

「そういうわけですので、ご迷惑でなければ、あたしとそういう関係になっていただきたいのですが…。」

 ラニヤン姉妹の目線が、こちらに集中する。

 私の回答を待って、二人とも黙り込む。シン、とダンジョンが静まり返る。

 エレナさんとミレイちゃんの顔を順々に見たあと、私は小さくため息をついた。

「えー、と。つまり、なんだ。」

「はい。」

「本命はあくまでミレイちゃんだけど、私も愛人枠として取っておきたい、と。」

「そうです。」

「妹とピュアピュアな愛をはぐくむかたわら、私とただれた愛に溺れたい、と。大人の女同士の、濃密な肉欲の宴にふけりたい、と。」

「だめでしょうか。」

「いいも悪いもないでしょうよ。」

「……。」

「これこそ真に、私の望んでいた展開だよ!」

「やったー!」

 私は大喜びで、その提案に乗っかった。

 ミレイちゃんの幸せな笑顔を見守りつつ、エレナさんとエッチできる。全て私の願い通りだ。こんなん、断る理由なんてないでしょう!

 というわけで。

 私達は、三人でお付き合いすることになった。一体どうしてこんな事態に。こんな嬉しすぎる事態に。最高かよ。

 まあ人としては相当だめだけど、三者三様にだめな選択肢を選んじゃってるけど、とにかく最高だ。ラブラブだめだめハッピーエンドだ。


 ダンジョンの中を、三人で手をつないで帰る。

 私が手つなぎを提案したときは「えー」って顔したミレイちゃんだが、エレナさんが賛同すると、あっさりそれに従った。なんだか、今後の関係性を暗示しているみたいだ。

 三人でお手々つないで帰りましょう。っていうと子供っぽい感じだけど…。

 こうして指を絡めて二の腕を密着させるつなぎ方だと、途端に淫靡な気配が漂う。二人だとただの恋人って感じだけど、三人だとインモラルな雰囲気になる。ドキドキしちゃうね。

「あっ。そういえば、テス様。かなり今更ですけど、報告してなかったことが。あたしたちが姉妹で恋人になるって決めたのは、さっきじゃなくて、実は…。」

「あー、昨日の夜に告白したんだよね。私のアドバイスに従って。知ってる知ってる。」

「えっ?ど、どうしてご存じなのですか?!」

「まー、あれだよ。伝説の冒険者ならではの地獄耳ってやつ?」

「さすがです!」

「また適当な…。あ、そうだ。テスさん、一つ断っておきますけど。」

 エレナさんを間に挟んで、ミレイちゃんが私に言う。

「んー?」

「三人でお付き合いするって言いましたけど、別に、ボクとテスさんがどうこうなるわけじゃないですからね。あくまで、あなたと姉さんとの関係を黙認するだけです。そこは誤解なきようお願いします。」

「えー。残念。」

 別にわかっていたけど、冗談っぽくすねて見せる。ミレイちゃんが、エレナさん越しにこっちをキッとにらむ。

「えー、じゃないですよ。当然です!」

「どうこうなっちゃってる、テス様とミレイちゃん…。み、見たいかも…。」

「って、キミのお姉ちゃんが言ってますけど。」

「言っててもだめです。ボクとあなたのあいだには、なんにも起こりません。可能性はないです!」

「さっき、『姉さんの喜ぶ顔が見れるならいい』って言った…。」

「それとこれとは別!ないですから、絶対に!」

「わかったわかった。」

「絶対になんにもないです!絶対、絶対、ぜーったいないですから!」

「そこまで言わんでも。」

 そんなに否定されると、「むしろ逆にあるのか。可能性が。」と期待しちゃうだろ。やめろ。

 てなことをわーわー言いつつ、われらユリシーズ一同は、仲良く(?)ダンジョンを後にした。



 毎晩眠るたびに、昔の恋人が夢に出てきた。

 だけど当分のあいだは、そんな夢を見る暇はなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だらしないユリシーズ 味田 ノリオ @ajioka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ