第27話 がんばると疲れる

 見渡す限りのアンデッドの群れ。サーシャがうっかり増殖させたスペクター。「あのオッチョコチョイめ」と憎々しく思ったが、いい面もあった。

 ラニヤン姉妹が、ようやくシャキっとしてくれたのだ。取り囲む敵をにらみつける彼女達は、戦闘中のきりりとした表情になっていた。

「包囲されている、か。少し迂闊だったかな。」

「ここまで接近を許すなんて、どうかしていたわ…。」

 うんうん。確かに迂闊だったし、どうかしてたよ。でも気付いてくれてよかった。結果オーライだ。

 エレナさんが、鞘からスラリと剣を引き抜く。

 ミレイちゃんが、杖を右手で持ち上げ水平に構え、左手を添える。

 空気がひりつく。寄れば斬られるような緊張感。ひとたび剣を抜いたとなれば、死神の如き冷徹さ。これこそがラニヤン姉妹だ。

 一時は「今日はだめかなー」と思ったけど、やっぱ大丈夫そうだ。戦闘になったらこの変りよう。さすがだよ。

 ミレイちゃんが、眼の動きだけで素早く周囲を見渡す。浅く息を吐き、深く吸う。呪文を唱える前兆だ。

「有象無象の…あっ。」

「あ。」

 ミレイちゃんとエレナさんの肩が触れ合った。

 二人が、一瞬目を見合わせる。何か言いたげに視線を交わす。が、すぐに背中を向けてうつむいてしまう。「あのー」とか「いやそのー」とか、意味ないことつぶやきながら、痒くもないだろうに鼻なんかをポリポリ掻く。

 えーなになに。なんか、仲直りしたい気配ムンムンじゃん。素直じゃないんだからもー。不器用さんかよ。

 じゃなくて!

 もういいんだよそういうの!いつまでやってんの?!敵が来てんだって、わらわらと!下向いてモジモジしてる場合じゃないよ!

 あーもー、やっぱだめだ。

 こうなったら私ががんばるしかないのか。最悪だ。がんばるなんて最悪すぎる。辛いし疲れるしおなかも減るし。でもしょうがない。

 ローブの懐から、とっておきのやつを取り出す。

「もしもの時のために」と用意していた、私の全力モードを発動させるためのアイテムだ。十年前に、ときどき使っていたやつだ。できればもう二度と使いたくなかったんだけど。

 私が取り出したる物は、魔力回復用の使い捨て品、マジカ。

 握りこぶしくらいのカプセル状のアイテムで、叩いて壊すことで効果が発動する。消費した魔力が一回だけ回復する。

 このマジカを大量に並べて、紐で縛ってまとめて輪の形にしたもの。これこそが、私の全力モードを発動させるためのとっておきだ。そいつを首からタスキ掛けにしてぶら下げる。

 これで準備は整った。

 ババッと両の腕を前方に突き出し、左右の手のひらをかざす。さあ、覚悟しやがれ雑魚どもめ。

「エレナさん。ミレイちゃん。」

「ふえっ?」

「あっ、はい?」

「わかった、もーわかった、全部わかった。オーケー、いいでしょう。今日は私ががんばるから、キミ達は後ろからついてくるがいいさ!」

「え、な、なんです…?」

 私の唐突な発言に、二人は呆気に取られている。構わず、私はスペクターどもに向き直る。

 ほんじゃあ、戦闘開始だ。

「いくよ、うおーっ!メルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルトメルト……」

 左右の手のひらから、メルトを連続で放つ。

 光弾が連なり帯状になって敵を穿つ。

 両手から放たれる二条の光線で、スペクターどもを薙ぎ払う。ズババババーっと。

 右手からは、いつもの無詠唱によるメルト。

 左手からは、詠唱によるメルト。

 両手の二連砲台による光弾連射。それが私のとっておきだった。

 もちろんこんなことやってりゃ、さすがに私でも魔力が尽きる。

 そしたら、首からぶら下げているマジカをバンと叩き潰す。それでギュンと魔力が回復する。回復したらまた乱射。その繰り返しで、圧倒的な物量押しで敵陣を制圧していくのである。あーもー、疲れる!ほんとやだ!でもこうなりゃーやるだけやってやんよ!

 てか、なんかもう、こうやってワーワーやってたらテンション上がってきた。テンション上がってきた!ってそりゃそうでしょ、こんなバンバンがんがん魔法ぶっ放しまくったら、いくら私だって頭に血ぃのぼってくるよ!興奮してくるよ!

 よーし、こーなったらヤケクソだ。このまま私一人で、ぜーんぶカタをつけてやる!付近の敵を一掃して、このまま一気にボス部屋まで進軍だ!うおー!

「あの、ちょ、あの」

「テ、テス様、その」

「お黙り!いいのいいのもういいのもう全部私がやっから!だからもう黙って私についてこーい!メルトメルトメルトメルト…」


 それから数分後。

「というわけで、一気にやってきましたダンジョン最深部に!見たか我が力ー!きえー!(気合のあらわれの雄叫び)」

 がんばりすぎたせいで、私はちょっとテンションがどうかしちゃっていた。どうかしちゃったのだ。慣れないことしたら、アドレナリン出まくって血圧上がってハイテンションMAXだ。きえー!

「す、すごいですテス様!でもすごすぎて、正直尊敬より心配の方が勝っちゃってます!テス様がこんなにハッスルするなんて…、一体どうなされたんですか?!」

「どうもしないよ!ただちょっと本気を出しただけだってーの!きえー!」

 てゆうかキミらがあんな感じだったから私がこんな感じになったんじゃん!きえー!

 でもいいぞ、私の八面六臂の大活躍にドン引きして、結果、ようやくまともに話できる感じになってる!チャンス!

「そうですよ、あなたにこんな大はりきりされると、逆に不安になってしまいますよ。」

「不安ご無用!心配ご無用!きえー!」

「がんばったらがんばったで、うっさいなこの人…。でもやっぱり、急に変ですよ。ひょっとして、サーシャに何か吹き込まれたんですか?」

「その名前は二度と聞きたくない。」

「急に冷静。」

「いいんだよ、あのオッチョコチョイのことはどうでも!それよりエレナさん、これを見るんだ!」

「は、はい?!」

 ここぞとばかりにキュークラッカーを取り出す。

「これはかくかくしかじかなアイテムで、これこれこういう使い方をするんよ!」

「ええっ!な、なんて危険なアイテム!」

「わかった?わかったね?じゃあ最後の扉どーん!」

 そして私は、最後の扉を開けた。

 もうすぐ何もかもうまくいく。そんな予感がするんだ!

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