告白

@hanldk0106

帰り道

駅を出て、ようやく夜帳が下りていたことを知った。

そこからはいつものように、彼女の家まで一緒に歩いた。

彼女が左側だ。

今日も無難なデートで終わりそうだったその時、僕は何を思ったか突然、

「月末に実家に帰って、母親と話してくるわ」

と言ってしまった、彼女の家の50メートル程手前の街灯の下で。

「え?どんな話するん?」

彼女は立ち止まり、狼狽を隠さずにそう聞いた。

「いや、内緒」

僕は、彼女が曖昧な言葉の中で穏やかに、彼女にとって酷薄な僕の決断を、察することを期待していた。

「怖いわ。この人、ほんと怖い」

「ずっとこんなんやん」

「もう、なんなん。はっきり言って」

「事後報告するよ」

「だめ、いま言って」

彼女は珍しく詰問するかのように、繰り返し聞いてきた。やはり、ダメだ。

今日はどうも冴えない。僕は正直に告白した。

「芸人になるよ」

彼女の顔は寸秒で強烈な顔を表した。

おそらく失望、憤懣が重なったものだった。

彼女の平淡な顔が、負の感情を示すことを得意としているのは知っていたが、久々に眼前にすると僕の磊落さは失われた。

彼女が蹲り、絶句しているので、僕は理由と思しきものをざっと説明した。

「社会に出て働くのが嫌なわけじゃないんよ。より刺激的(破滅的)な道を選びたいと思ってしまったんよ。俺が社会に出て一人前に働くことが、他人のそれより何倍も苦悩をもたらすことは知ってる。それでも芸人になった時の苦悩を考えると、満足できないと思う」

瞬発的に衝動に理由らしきものを与えられたことには、我ながら感心していた。

彼女は失笑交じりに言った。

「別れよっか」

諧謔のようにも聞こえたが、それは彼女が呆然としていたからだろう。

「私を選ばないんだね」

「ごめん。もっと近視眼的に考えてた。普通に就職しても、君とは三年くらい遠距離になるわけだし。でも、不分相応なことをいうけど、今結論を出さないほうがいいと思う。俺の決断は変わらないと思うけど」

これでは、彼女のことは念願になかったと白状しているようなものだ。今日は・・・。

「私が嫌だっていうのは知ってたでしょ」

「君のことは大切だよ。分かってるだろうけど、気に入った人だし。君と芸人になることを比べたわけじゃないんだ」

こんな時にかける言葉など存在しないのだと感じた。

僕の放った慰藉の言葉は、彼女の耳に届かず、真っ暗な中空で泡沫の如く消えたようだった。

三分程経って、彼女は立ち上がりながら言った。

「帰る」

「分かった。ごめん」

彼女は背を向け、蹌踉と歩いていった。

僕はその背中を見ながら、彼女の胸裡を考えようとしたが、それどころではなかった。自分自身の感情が分からなかった。

必死に語源化を試みるも、脳裡によぎる言葉はどれも釈然としない。

「異性的感情はもっていないはずだ。それでも僕は傷ついているのか?」

「君が傷つくのもおかしな話だが、傷ついていると思うならそうなんだろう」

「いや、どこか清々としたような胸裡でもあるんだ」

「君の心性が撞着を孕んでいることは、異常じゃないだろう」

「それは君が居てのことだろう。僕一人で感じているんだ」

「今の君のことは分からないが、君の乗るべき電車は動き出しているし、それは間違った電車なのかもしれないね」

「また君を頼ることになるのかい?」

「ならないといいね。そっちの方がずっと楽しそうだ」

彼女が家に入ったことを確認し、僕は散らかった思慮の整頓を諦め、駅に向かって歩き出した。

少し話が長くなったので、次の電車まで50分程待たなくてはならなかった。

本の入ったビニール袋を改札に横にあるベンチの上に置いて、飲み物を買いに行った。5分ほどして戻ると唯一の手荷物は無くなっていた。

岡山で一人いらんことをした奴がいる。

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