第17話 情報
産後の体力回復に「ぜひ一食」といった感じで、夫をパックリと食べて元気を取り戻す。
そのことを当たり前のように話す姿には、全く悲しみの影はない。
完全に文化の違いだなと、オレは内心驚愕するが、彼らにとっては普通のことなのだろう。
栄養が妻と卵を守るために使われたというのは、彼なりの本望だったのだろうか?
何にせよ、嬉しいパックリじゃなく、恐ろしいパックリだ。
「なるほど、魔力や体力はすぐに回復しないのですね。全回復にはどのぐらいかかるのでしょうか?」
オレは少しずつ情報を引き出そうと試みる。
「それは言えん」
とドラゴンは即答する。
防衛上の理由からだろうが、少しは手がかりを教えてくれないかと期待していたオレは、がっかりする。
「あの、防衛上の問題でしょうか?出来れば、今後の対策を練る上でも、全回復と言わないまでも、飛べるようになるのはどのくらい時間がかかるのでしょうか?」
さらに食い下がってみる。
「今でも飛べないことはないぞ。流石に隣国までとなると、まだ飛ばないがな。1ヶ月もすれば、ある程度どこにでも飛んでいけるじゃろう」
と意外にも素直に返事をしてくれる。
「なるほど、1ヶ月か…」
と呟きながら、オレは次の質問に進む。
「あの、もうちょっと近づいて見ても良いですか?」
と、さりげなく距離を詰めようとする。
「かまわん。お前一人なら、何をされても儂に害は及ぼせんからな」
とドラゴンは不敵に笑いながら言う。
その言葉に背筋が冷たくなるが、オレは慎重にドラゴンに近づいていく。
近づけば近づくほど、ドラゴンの巨大さが圧倒的に感じられる。
足元を見下ろすと、宝の山が広がっているようだ。
興奮を抑えきれない。
ここには遺留品がゴロゴロしているに違いない。
アイテムボックスから出てきたものだろうか?
それらをどうにかして回収したいという欲望が湧き上がる。
さらに近づいてドラゴンの身体を見上げると、その巨大な体にはまだ傷がいくつか残っているが、ほとんど完治しているようだった。
本当に凄まじい治癒能力だ。
あれほどの戦いを経て、この短期間でここまで回復するとは、人間の常識では考えられない。
「近くで見ると、傷もほとんど治っていますね。やっぱり、あなたの回復力は尋常じゃない」
とオレは感心しながら話す。
「儂の力は、この程度では衰えぬ。子を守る力、魔力の循環…これがドラゴンというものだ」
そう言ってドラゴンはどっしりと腰を下ろし、満足げに空を見上げている。
その間、オレはゴロゴロと転がる宝をじっと見つめていた。
ドラゴンにじりじりと近づいていくと、その足元には、宝箱や巾着袋、装備品が無造作に散らばっていた。
ああ、まさに宝の山だ。
心の中で歓喜の声を上げる。
これがあれば、金に困ることはしばらくなさそうだ。
俺は、素早く視線を巡らせて周囲を確認したが、ドラゴンは特に気に留めていない様子だ。
やはり、俺なんか取るに足らない存在として見られてるのかもしれない。
「流石ですね」
と俺は、ドラゴンの巨大な体を見上げながら声をかけた。
その鱗の隙間から覗いていた傷跡は、ほとんど塞がっているように見えた。
「お前のくれた回復剤のおかげもあるだろうな」
と、低い声で応じたドラゴン。
「いやいや、あれは人間用の回復剤ですから、あの量では、あなたのような巨大な身体にはほとんど気休め程度でしょう」
と俺は軽く首を振りながら言った。
そもそも、あんな小瓶一つでこの大きなドラゴンが回復するなんて信じがたい。
「まぁ、あれしきの傷なら、普通なら数日で治癒できよう」
と、ドラゴンは当然のように答えた。
まさに桁違いだ。
彼女の存在そのものが、異次元すぎて理解が追いつかない。
普通なら数日で治る、って、普通の生物ならその傷でとっくに死んでるだろう。
話しながら、俺はさらにドラゴンの真下まで移動した。
ドラゴンの巨大な体は圧倒的で、近くにいるだけで、この威圧感がすごい。
もしこの距離で戦っていたら、前衛の奴らはどういう精神状態で戦っていたんだろう。
「死んじゃうな」と、無意識に口から出た言葉が、自分の心の底からの感想そのものだった。
俺は戦っているわけでもないのに、このドラゴンの存在だけで息が詰まる。
前衛はやっぱり化け物じみた連中だよ。
俺には無理だ。
そして、あの「ミロネーゼ」の連中。
あいつら、正気の沙汰じゃない。
普通の精神状態で、このドラゴンと戦うなんて、到底無理だろう。
たとえ彼らが麻薬中毒者だとしても、恐ろしい勇気だ。
俺は確信した。
もう、余計な対策なんて必要ない。
こんな存在がいる限り、人間たちは二度とここに攻めてこないだろう。
ん?
宝とは別に足元がやけにキラキラと光ってる。
それも広範囲にあちこちで反射している。
何だろう、こんなに散らばっていたか?
俺は少ししゃがみ、軽く手を伸ばしてみる。
指先に触れたのは、紫色のガラスのような、少し不恰好なお皿みたいなものだった。
持ち上げると、それは光を浴びて手の中でキラキラと輝き始める。
「おお…」
自然と息が漏れる。素直に、これは美しい。
鱗だな、これは。
古代龍の鱗だ。
俺は、改めて巨大なドラゴンの身体を見上げる。
傷はほとんど完治しているようだ。
鱗も欠損している部分は見当たらない。
どうやら落ちている鱗は、戦闘で剥がれたものじゃなくて、抜け落ちたものらしい。
「足元に鱗らしきものが大量に落ちていますが、これはいただいてもよろしいのでしょうか?」
ドラゴンの目がゆっくりと俺に向く。
巨大な瞳が、じっくりと俺を見つめてくる。
その目には、俺が小さく映っている。
「なんだそれをどうする?」
声は低く、どこか興味を抱いているようにも感じられた。
「これは、人間にとっては、あなた程は強くはなれませんが、強力な鎧の素材になる可能性があります。敵の力を利用して身を守る…そのための重要な素材です」
「なるほど、人間達は敵の力すら利用するか。逞しいな」
ドラゴンの声は、少し感心したように響く。
俺もやっぱり逞しいってことか?
うん、そう考えると気分がいい。
「実際、今回のことがバレれば、俺も窮地に追い込まれるでしょう。その時に、この鱗で身を守ることができれば…より一層、この仕事に励むことができるのですが」
言いながら、少し慎重に顔を上げる。
鱗を貰えるかどうか、少し賭けだったが、ドラゴンの反応は予想外にあっさりしていた。
「鱗など、いくら持っていっても構わん。次から次へと生えてくるからな。半年もすれば勝手に抜け落ちて、新しい鱗に生え変わるわ」
「本当ですか?…ドラゴンはみんなそうなんですか?」
「そうだ、特殊なドラゴンはいるかもしれんが、基本的には鱗は生え変わる」
ドラゴンの言葉に、俺は胸の中でガッツポーズをする。
古代龍の鱗なんて、普通の冒険者なら一生手に入れることなんてない。
それが今、目の前にゴロゴロと転がってる。
拾い放題だ。
こんな幸運、見逃すわけにはいかない。
「その割には、古代龍の鱗って非常に希少で、価値が高いんですよ。なぜこんなに少ないんですか?」
俺はもう少し詳しく聞いてみた。
「鱗が抜け落ちれば、竜たちはそれを食べるか、焼き払う。自分の痕跡を残さないためだ。人間がいないところでは、そうするのがマナーだからな」
なるほど、竜たちは自分たちの痕跡すら残さないのか。
人間が見つけた鱗が少ないのはそのためか。
俺は少し感心しつつも、ますます嬉しくなった。
今、ここに転がってる鱗は、俺の手で自由に拾い集めることができるわけだ。
「ありがとうございます。この鱗、大切に使わせていただきます」
俺は少しばかり誠意を込めて、そう答えた。
「好きにするがいい話し相手もおらんし、卵がある間はワシもすることもない。危害を加えるつもりも無いようだし、モートいつでもまた来い」
「ありがとうございます」
「ワシは古代龍のラングロングと申す。よろしくな」
挨拶最後かい!
俺は、こっそりと笑みを浮かべながら、足元の鱗を見つめた。
俺の手の中には、すでにかなりの紫に輝く鱗があった。
これで俺は、次の窮地も乗り越えられるかもしれない。
「それでは。私は敵の残した情報も集めます」
オレは、ラングロングに軽く一礼し、宝の山をに少しずつ歩き出す。
今日は収穫が多かった。
ドラゴンの鱗だけじゃなく、メルロ一味の遺品も散らばっていたからな。
あれもこれも、オレのアイテムボックスに収納していく。
ドラゴンが見守る中、オレは悠々と宝の山を回収しまくる。
どこを見ても、装備品やら金貨やらが転がっていて、まるで宝探しのような気分だ。
無口で偏屈な古代龍だと思ってたが、実際には意外と喋りやすいヤツだ。
会話も弾むし、ちょっと気楽に付き合えそうな感じがする。
人間との付き合いは、しがらみや駆け引きが多くて面倒だが、ラングロングとはそういうのが無いのがいいな。
「掃除までしてもらって悪いな」
と、後ろからラングロングの重々しい声が掛かる。
「いえ、貴重な情報ですので」
オレは、振り返りながら軽く答える。
「ふむ、そういうことか」
ラングロングは少し考えるような間を置いてから、再びゆったりとした声で応じた。
アイテムを片付けながら、ふと思いついたことを口にする。
「あの、自分が洞窟のこの部屋から出て、しばらくしてからがけ崩れを起こしておいてくれませんか?爆風に巻き込まれて死ぬのは勘弁なんで」
「分かった」
と、ラングロングは短く答えた。
これで、洞窟から出る際も安全だ。
何かあればラングロングが守ってくれるという安心感がある。
こんなに強大な存在と友好的な関係を築けるなんて、オレもなかなか運がいいのかもしれないな。
「じゃあ、また来ますね」
とオレは最後に軽く手を振りながら洞窟を後にした。
ラングロングの巨体が、じっとこちらを見送っているのを感じる。
洞窟の外は晴れていて、光が差し込む中、オレは少し誇らしげに歩き出した。
メスドラゴンのはずのラングロングのジジくさい言葉遣いに少し引っかかりながらも、オレは洞窟を後にする。
あれだけの巨体と力を持つドラゴンだから、性別なんてあまり意味を持たないのかもしれない。
メスだろうがオスだろうが、強さが全てなんだろうな。
特にラングロングみたいな古代のドラゴンにとっては、性別の概念なんて、人間とは逆になるのかもしれない。
そんなことを考えながら、オレは歩いていた。
それにしても、思った以上にドラゴンについての情報を手に入れることができた。
大満足だ。
そして、もっと嬉しいのは、お宝も大量に手に入ったことだ。
洞窟内に転がっていた宝箱や装備品、全部アイテムボックスに収めた。
やっぱり、こういうのがあるとモチベーションも上がるな。
まずは現金。
これが一番ありがたい。
現金は足がつかないし、すぐに使える。
スクロールもいい。
これもすぐに使えるし、珍しいものも混ざっていた。
窃盗するなら現金やスクロールは最強だ。
足もつかないし、何かあった時の保険にもなる。
装備品や武器、防具、アクセサリーも結構手に入ったが、こっちはそのまま売っても大した値段にはならない。
中古品はどうしても価値が下がるし、よほど高度な補助効果がついていない限り、二束三文だろうな。
だから、ここはオレの<鍛冶>スキルの出番だ。
加工して補修すれば新品同様になるし、そうすれば高値で売れる。
少し手間はかかるけど、足がつかないようにするためにも、この方法がベストだ。
そして、その他のアイテム。
回復剤やらいろんなものが手に入ったが、特に気になるのは、オレが今まで見たこともないアイテムがいくつかあったことだ。
このアイテム、何か秘密があるのかもしれない。
もう少し調べてみる必要がありそうだ。
「さて、帰ったら早速調べてみるか」
オレは一人つぶやきながら、手に入れたお宝を確認していた。
何か大きな発見があるかもしれない。
そう思うと、胸が少し高鳴った。
オレは洞窟の出口に立ち、少し耳を澄ませた。
だが、期待していた轟音は聞こえてこない。
ラングロングが落石を忘れたのか、それともただ遅れているだけなのか?
このまま放置しておけば、またあいつが誰かに見つかるかもしれないし、そうなれば事がややこしくなるのは明白だ。
「まさか忘れたんじゃないだろうな…」
心の中で愚痴をこぼす。
しばらくその場で待ってみたが、まだ静寂が支配している。
状況を見極めるべく、もう少し様子を見ることにするが、次第に焦りが募ってくる。
何か不吉な予感が頭をよぎるが、それを振り払うように首を振り、空を見上げた。
夕日が洞窟の入り口を赤く染めている。
「これ以上待つのも無駄か…」
再び洞窟の中に戻るかどうか迷うが、その時、ようやく聞き慣れた轟音が響き渡った。
ドコーン! ドコーン!
「ああ、やっとかよ!」
声に出して少し安心する。
遅すぎるだろう、ラングロング…。
やっと約束を果たしてくれたものの、その遅れには呆れるばかりだ。
万が一、他の人間に見つかっていたらどうなっていたか、考えるとゾッとする。
ドラゴン時間というのか、時間の感覚が人間と違いすぎる。
「まぁ、何とかなったから良しとするか」
心配は残るが、ひとまず落石の音で一安心だ。
昼間のエイドリアの言葉が頭をよぎる。
彼女が言っていたメルロやその組織の話が、どうしても気になる。
まるで、オレがいずれ深みにハマる運命だと言わんばかりの話だった。
けれど、その恐怖よりも、昨夜のメルロとのことが頭の中に強烈に残っている。
彼女の魅力、あの一晩の体験が忘れられない。
「良し、隣町だな」
もう決めた。
メルロの館に行こう。
昼間のエイドリアの警告が脳裏をかすめるが、それでも止められない。
昨日の出来事を思い出すと、あれだけ危険な状況でもオレは死ななかった。
今回だって、きっと大丈夫だ。
何より、またメルロに会いたい。
あの妖艶な魅力と危険な香りにもう一度触れたい。
「理屈なんていろいろこねてるけど、正直やりたいだけなんだよな…」
頭の中で冷静な自分がツッコむ。
でも、この欲望を抑えられない。
昨日のあれから、ずっと体が疼いている。
卒業したばっかりで、お預けなんて耐えられるわけがないだろう。
しかも、向こうもどう見てもウェルカムな感じだったし、誘っているようにしか見えなかった。
「メシだけ食わなきゃいいんだ」
エイドリアの言っていた「食事にバイオトランスが混ぜられている」って話が頭をよぎる。
だから食事は避ける。
それだけでいい。
水筒を持って行くのはさすがに不自然だから、代わりに酒を持って行けば問題ない。
つまみも買って、飲んで食べて、それで終わりだ。
安全策もバッチリ。
計画は完璧だ。
「そして、明日は一日あっちで過ごす…」
もしあっちがノリノリなら、ゆっくり過ごしてもいいだろう。
昨夜の情熱的な時間を思い出すと、また会いたいという気持ちが湧いてくる。
今夜も熱い時間が過ごせたら最高だ。
メルロのあの姿がどうしても頭から離れない。
エイドリアの話が怖いというより、むしろ少し興奮している自分がいる。
オレの「ま・ぞ・く・こ・う・りゅ・う」の力が、こんな素晴らしい展開を生むとは思いもしなかった。
本当に感謝だよ、この力には。
そして、次なる目標というか、中2病的な考えかもしれないが、オレは耐久レース的なガチンコ勝負に挑みたいと思っている。
そう、これはもう男のロマンだ。
オレが勝つか、メルロが勝つか。
どちらが音を上げるか、その限界を試してみたい。
経験の違いは確かにあるだろう。
あのメルロは、言わばベテランだ。
あれだけの経験を積んできた猛者と比べれば、オレなんてまだヒヨッコかもしれない。
だが、負ける気はしない。
いや、むしろ負けたくないという気持ちが、オレの中で日に日に強くなっている。
「不屈の闘志で何度でも立ち上がる!」
なんて、ドラマの主人公みたいなセリフが浮かんでくるけど、実際にそう思っているんだ。
オレの限界がどこにあるのか、それを知りたい。
男なら一度は考えるだろう、自分の力の限界を。
そして、それを超えてみせたいという挑戦心。
他人の作った記録、自分の作った記録。
どれも超えて、新しい記録を打ち立てるんだ。
それは、ただの自己満足かもしれないし、誰にも理解されないかもしれない。
でも、そんなことはどうでもいい。
これは、オレのための戦いだから。
挑戦する理由なんて、理屈じゃない。
男には、ただ挑むだけの理由があれば十分だ。
メルロとの次なる戦い、今度こそ新しい記録を打ち立ててやる。
商人グレました モロモロ @mondaru
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