第16話 洞窟にて
オレは今、ドラゴンの洞窟を進んでいる。
足元に響くわずかな水の滴る音と、暗闇に包まれた薄気味悪い空間の中、オレはそっと息を整えた。
いつものように<潜伏>と<隠密>を発動させ、洞窟内を進む。
モンスターたちはオレの気配に気づくことはなく、静かに通り過ぎていく。
「ふぅ、こりゃ楽だわ」
と、つぶやく。
最初は冒険者としてのスキルを上げなきゃいけないと思って、真面目に戦闘に挑んでいたが、今じゃもう戦うのが面倒だ。
修行なんて手間だし、口先でどうにかなるならその方がいい。
それにしても、この洞窟に向かっている理由、オレ自身に言い聞かせている。
メルロの部下たちのアイテムボックス、きっと彼らの死体がゴロゴロしてるんだろう。
そのアイテムを調査のために回収しようってな。
そう、金のためじゃなく、あくまで調査なんだって言い聞かせる。
そうすれば、少しは後ろめたさも消える気がする。
「はぁ、自分で罪を犯して分かることって、自分への言い訳を考えるのが上手くなるってことだな」
と、苦笑いしながら進んでいく。
罪悪感はもう慣れっこだが、少しでも軽減するために、こうやって自分に都合のいい理由を見つけるのも必要だ。
洞窟の奥深くへ進むにつれて、ドラゴンとの再会が頭をよぎる。
「またあのドラゴンと問答するのか……正直、気が重い」
とつぶやきつつ、どうせまた適当に口先だけで誤魔化して、アイテムだけ回収して退散すればいいか、なんて考えが浮かぶ。
奥に到着したが、思い出す。
「そうだった……落石で塞がれてるんだったよな」
目の前には岩の壁がどっしりと立ちはだかっている。
「終了~。さ、帰ろうか」
と肩をすくめ、踵を返す。
でも、少し歩き出したところで、ふと閃く。
もう一度洞窟の奥まで戻ることにした。
再び足を進め、行き止まりの先端までたどり着く。
ドラゴンのいた方向に体を向け、目を閉じて脳内の「魔族交流」タブを確認する。
「お、選択できるじゃん」
と思わず口元が緩む。
「距離が近づけば、障害物なんて関係ないんだな」
と、呟きながらタブを選択し、「エンシェントドラゴン」を呼び出す。
「偉大なる太古の龍よ」と、心の中で静かに呼びかける。
しばしの沈黙が続いた。
洞窟の静寂がさらに深まる中、オレは少し緊張しながらその瞬間を待った。
すると、低く重々しい声が脳内に響いてきた。
「おまえか、先日は世話になったな」
と、ドラゴンの声が心の中に直接響く。
圧倒的な存在感に、一瞬オレの心臓が跳ねたが、冷静を装って続ける。
「ええ、こちらこそ。お元気そうで何よりです」
と返しながら、内心では
「やっぱり怖ぇーな、このドラゴン」
と思わずにいられない。
「問題ない」
重々しい声が洞窟内に響く。
エンシェントドラゴンの存在感が、言葉一つ一つに重みを与えている。
オレはその声に応じて、すっと息を整えた。
「今日は何のようだ?」
「先日、"二度と人間達が来ないようにも出来るかもしれん" などと口にしてしまいましたが、それはなかなか難しそうです。その謝罪に来ました」
ドラゴンの巨大な瞳がオレを見つめているのを感じた。
そのままの言葉で、正直に伝えたが、胸の内では、何か違う期待もあった。
礼や褒美――古代龍ならば、何かしら気前のいい展開を期待してもいいのではないか。
そう思いながらも、オレは言葉を続ける。
「そうか、最初からそこまでの期待はしておらん。律儀なやつだな」
――礼儀を尽くしても、これといってドラゴンからの反応は薄い。
オレの心の中では、期待していた褒美の話が出るかと期待していたが、どうやらそこまでの恩は売れていないのか、
あるいは、このドラゴンにそういった人間的な「返礼」という概念が無いのかもしれない。
「……」
しばしの沈黙が続く。
期待した言葉は、降ってこなかった。
オレは沈黙を破るため、再び言葉を選んだ。
「難しいというだけで、出来ないとは言ってない」
ドラゴンの巨大な身体が少し動く音が聞こえた。
厳粛な空気が、オレの言葉を促す。
「来ればまた、焼きつくすだけのことよ」
力強い言葉が返ってきた。
ドラゴンの自信は揺るぎない。
だが、オレは思わず反論した。
「50人そこそこの人間たちに、かなり苦戦していたように見えましたが?」
「魔力も体力もすべて使いきってしまったからな。だが、人間ごときに遅れを取ることはない」
その言葉に、オレは一瞬納得しかけたが、また疑問が浮かんだ。
確かに、50や100人ならなんとかなるかもしれないが、もし千や万の人間が押し寄せてきたら、この龍はどうするつもりなのか?
「確かに50や100ならなんとかなるかもしれない。しかし、千や万が押し寄せてくるとしても、その言葉が通じるか?」
「ここにそこまでの価値のあるものは無い」
ドラゴンは重々しく答える。
だが、人間の欲深さを甘く見ている。
オレはそれを指摘した。
「価値を決めるのは人間たちだ。彼らの強欲を甘く見てはいないか?先日も、人間たちは最後の一兵まで戦い抜くような執念を見せていた。命を惜しむそぶりの無い兵士たちはどう見えた?」
「命をかけるほどの強欲かどうかは知らんが、子を守る親の力ほどではあるまい」
ドラゴンは冷静に返すが、オレはさらに続ける。
「確かに、この狭い入り口から少しずつ攻めてこられる分には、なんとかなるかもしれない。しかし、人間たちには爆薬や卑怯な手口、そして豊富な知恵がある。無理にとは言わないが、協力することもできるぞ?」
しばしの間があった後、ドラゴンは低く言葉を発した。
「お前は何を欲する?」
この問いに、オレは少しだけ口元を緩めたが、慎重に言葉を選んだ。
「まずは、情報を欲する」
「何の情報だ?」
「ドラゴンたちのことについて教えてほしい。その先に、お前たちの平和な未来が見えるかもしれん」
ドラゴンは静かに考えている様子だ。
オレはさらに続ける。
「他には?」
「先日、お前を倒そうとしていた者たちの情報だ」
「それを集めてどうする?」
「何か弱みを握れるかもしれん。その先に、敵の組織を打ち破る道もあるかもしれん」
ドラゴンはじっとオレを見つめていた。
オレはさらに踏み込んで尋ねた。
だが、次の瞬間、重々しい声で、ドラゴンが尋ねた。
「逆に、お前に何を与えられるというのか?協力に対して、見返りが情報のみとは、企みがあるのではないか?」
「企みは……ない」
とは口にできない。
いろいろ話してみて思うのだが、この古代龍というのは、なかなかに頭が良い。
やっぱりスライムなんかとはレベルが違う。
言葉を交わせる存在であり、会話が成り立つ。
しかも、その会話の内容にはちゃんとした理屈があり、単純な生き物のような行動原理だけではないのが分かる。
それなら、あわよくば、もっと恩を売って何か「ドラゴンビジネス」を立ち上げられないかなんて、密かに夢が膨らむ。
だって、考えてみろ。
ドラゴンを商品にできたら、金なんて幾らでも湧いてくるだろう?
ドラゴンの鱗、ドラゴンの牙、ドラゴンの魔力石……なんでも高額で取引できそうだ。
魔物ビジネスは新しいトレンドかもしれん。
だけど、それが無理なら無理で仕方ない。
今日は、中に入ってアイテムボックスの中に残っていたアイテムを回収して帰るつもりだ。
何かしらの戦利品が転がってるはずだからな。
「とりあえず、中に入れてもらえませんか?先日の落石で中に入れません」
質問に答えたくない時は、話を逸らす。
これは基本だ。
おれは適当な話を持ち出し、ドラゴンに中に入る許可を頼んだ。
内部のアイテム回収が本音だ。
「情報だけなら、中に入らなくとも伝えられるが?」
お、思いのほか慎重な返答だ。
でも、オレもここで引き下がるわけにはいかない。
「聞くだけではなく、五感で情報を収集したいのです」
「なら、入れ」
思ったよりあっさりと許可が下りた。
これはチャンスだ。やった!
と内心ガッツポーズをしたその時だった。
ドガーン、ドガーン!
突如、洞窟内に轟音が響き渡り、周囲が真っ白な煙に包まれた。
「な、なに!?」
爆発だ。
しかも、かなりの規模だ。
洞窟内が一瞬にして凄まじい爆発音に包まれ、その衝撃で頭がクラクラする。
視界は白く何も見えない。
瞬く間に煙が充満したが、すぐに強風が巻き起こり、洞窟の外に煙が吸い出されていく。
「くそ、なんだこれは……」
オレは洞窟の奥の先端にいたことで運良く助かったが、もし出口付近にいたら、確実に即死だったろう。
粉々になった岩が散乱しているのが見えたし、近くにいたらひとたまりもないだろう。
「……前言撤回。ドラゴン、たいして頭良くないかもしれん」
さっきまで「頭が良い」とか思っていたけど、今の爆発で一気にその評価が変わった。
だって、どう見てもオレが巻き込まれて死んじゃう可能性を考慮していなかっただろ?
それとも、人間なんてどうでもいいと思ってるのか?
まあ、ドラゴン視点だとそうなのかもしれんけど、それにしてもデカすぎる爆発だ。
なんとなく不安になりながらも、オレは頭を押さえつつ、ぼろぼろの出口周辺を見回した。
洞窟の中の部屋に入ると、ドラゴンはゆったりと腰を下ろしていた。
まるでこの世の支配者のように悠然と構えている。
改めて見てもその巨体には圧倒される。
頭の位置が、まるで6階か7階建ての建物のてっぺんぐらいの高さだ。身体全体の大きさは、ざっと見積もっても2階建ての建売住宅2・3軒分ぐらいあるだろう。
しかも、その巨体からはさらに太く逞しい尻尾が伸びている。
あの尻尾にでも一撃喰らったら、オレなんて一瞬でミンチだ。
オレは、変装装備をササッと外して、モートの姿に戻る。
「妖かしの類ではなく、人間だったか。それとも、魔族か?」
ドラゴンの目がオレを捉え、低く威厳のある声が響く。
その声だけで、体中にビリビリと響いてくる。
オレが名乗る前に、既に疑問を投げかけてくるあたり、挨拶とかしないんだな、このデカブツは。
「ただの人間ですよ。はじめまして、モートと申します。」
オレは一応、丁寧に挨拶する。
だが、ドラゴンからの返答は冷淡なものだった。
「ただの人間は、魔物と話など出来ん」
まるでオレのことをまじまじと観察しているような目つきだ。
なんだよ、挨拶ぐらい返してくれよ!
名前ぐらい教えてくれてもいいじゃないか!?
それに、オレは「ただの人間」だってちゃんと言っただろ。
「話というか、テレパシーって言うんですかね、これは?」
オレが困惑気味に答えると、少し考える素振りもなくドラゴンは無言で返す。
そう、この「魔族交流」っていうスキル、口で話してる感じじゃなくて、脳内トークというか、そんな感じだ。
普通に声を出して話してるわけでもないし、言葉が直接脳に響いてくる感じだ。
これが人間同士で使えたら、戦闘中でもスムーズに意思疎通ができて、かなり便利そうだな。
そう思いながら、オレはふとドラゴンを見上げた。
もしこいつが協力してくれるなら、何かと役に立つはずだが、この巨体をどう利用するか、そこが問題だ。
「テレパシーというのか」
ドラゴンの低い声が、洞窟の静寂に響く。
「多分、あってると思います」
オレは少し考えながら返事をした。
実際に口で話してる感覚じゃないけど、頭の中で言葉が響く感じだからな。
「で、まず、ドラゴンの情報だったか?」
と、ドラゴンが続けて聞いてくる。
「はい。知る範囲、喋れる範囲でかまいませんので、質問に答えていただけますか?」
オレは丁寧にお願いする。
ここで下手に怒らせたら、即焼かれる可能性があるしな。
「言える範囲でだな。よかろう」
ドラゴンは少し考えた後、承諾してくれた。
「まず、ドラゴンの種族はどのくらいいますか?」
オレはできるだけ丁寧に、興味を装って質問を投げかけた。
内心では、ビジネスにつなげられる情報が少しでも拾えればと思っている。
「それは知らん。儂の知る限りだと、火山に住むファイアドラゴン、雪国に住むブリザードドラゴン、雷雲と共に移動するサンダードラゴン、闇に潜む黒竜、海底の海竜、高山地帯の岩鉄龍、沼地の亀龍、大森林に住むという癒龍ぐらいかのぉ。聞いただけで会ったことの無い竜も含まれているがな。他のもいるかもしれん」
「ずいぶんとドラゴンの種類もいるんですね。個体数も多いのですか?」
オレは次の疑問を口にした。
「基本的に海竜が一番個体数は多いかもしれん。大きさは大きくないが、海には餌が豊富にあるからな。大きさの大きいもの程、個体数は少ないかもしれん」
「なるほど、海竜が一番多いのか。でも、あなたがた古代龍の大きさはそれら竜と比べると大きいのですか?」
この質問は、古代龍という存在がどれだけ特別なのかを知りたかった。
「儂より大きな竜は見たことがないな」
ドラゴンの声には、少し誇らしげな響きがあった。
「なるほど。では、産卵は小さな竜ほど頻繁にして、あなたのように大きな竜は少ないってことですね」
「そういう事になるな。だが、竜の寿命も大きさが大きいほど延びるので、一匹が産む数は変わらんかもしれんがな」
彼の説明は、思ったよりも冷静で分析的だった。
「通常はどのくらいの数を産むのですか?」
「一匹の竜が平均3匹じゃな」
「あなたは、今回が初めての出産だったんでしょうか?」
少し際どい質問だが、好奇心には抗えない。
「いや、3回目じゃな」
「では、もう産む事は無いのですか?」
「わからん、寿命次第じゃ」
彼はあまり感情を込めずに答える。ドラゴンにとっては、繁殖はそれほど大きな問題ではないのかもしれない。
「卵の父親はいるのでしょうか?」
オレは一瞬、慎重になるべきだったかと後悔したが、質問は既に口をついて出ていた。
「正確には、いたじゃな。儂が食った」
冷静にそう言い放つドラゴンに、オレは一瞬言葉を失った。
カマキリシステムか……ドラゴン界でもそんなことが起こるのか。「竜の産卵は、魔力や体力をかなり消耗するからな。
ヤツのお陰で敵を撃退する力が戻っていて助かったわい」
とドラゴンは平然と語る。
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