第15話 調味料
冒険者ギルドに行ったが、ラグはいなかった。
昼時の中途半端な時間だったから、すでに冒険に出てしまったのだろう。
まぁ、彼ならどこかで元気にしてるだろうし、ここで待つよりも、聞いていたラグ一家の拠点に向かうことにした。
家に着くと、ラグが拠点にいた。
いつものように、彼は明るい笑顔で迎えてくれた。
「よお!」
満面の笑みでオレに手を挙げて挨拶してきた。
「あの、冒険には出なくて良いんですか?返済に間に合わなくなるのでは?」
ラグはなんでも楽観的だ。
それが彼の魅力でもあるが、こっちが心配する立場でも無いのに、つい余計なことを言いたくなってしまう。
今日は、家族全員が揃っているようだ。
リビングで軽く昼食を取っている姿が見える。
ラグはソファにドカッと座り込み、ちょっと誇らしげに語り始めた。
「昨日は、なんだかんだで3万ドランも稼いだからな。帰ってきてみんなで晩飯食ったら2万ドランに減ったけど、なんとかなりそうだ。」
オレは少し眉をひそめた。3万ドラン稼いだのはいいとしても、食費で1万ドラン?
やっぱりラグ一家、ちょっと感覚がズレてる気がする。
「そのペースでは、もしかしたら足りないんじゃないですか?」
と、つい口を挟んでしまった。
しかし、ラグは全然気にしてない様子で、さらに朗報を続けた。
「今日は、いい話があってな、本部に行くんだ。うまくいけば余裕で返せる。」
それは困る。
何とかもう少し、彼に苦労してもらわなければならない。
「えっと、そんなに良い話ってゴロゴロ転がってるものですかね?」
と、少し疑問を投げかける。
「昨日は、シャルとアースとセシルがいなかったろ?実は、3万ドランのうち2万ドランはこいつらが本部の仕事で稼いできたんだ。今日は、本部でもっと人が必要になるっていうからよ。俺達にとっては渡りに船ってわけで、今日は本部の仕事に全員参加だ。」
「シャルとセシル」って、シャルロットとセシリアのことだよな。
彼女たちを親しげに略称で呼んでるラグ。
うらやましすぎる関係だ。
でも、イケメンじゃないから、まだ許せる。
「それは、すごく良さそうな仕事ですね。どんな仕事なんですか?」
と、さりげなく仕事の内容を探ろうとする。
「ん?まぁ、本部の仕事なんで、オレの判断では詳しくは言えないな。お前、どうせ本部に一緒に来るんだろ?親分に聞いてみろよ。」
オレは軽く頷き、
「分かりました。では、同行させていただきます」
と答えたが、頭の中では、どうやってこの「良い話」を潰すか策を練り始めていた。
やれやれ、また厄介な一日になりそうだ。
ラグ一家の本部に向かって移動する。
もちろん、オレはいつもの通り、一番後ろをついていく。
だけど、今日は違う。
今日は5人全員揃っているから、なんというか、香りのコラボレーションがたまらない。
まさに至福の時間だ。
ラグ一家の美女たちが歩くたびに、風がふわりとその香りを運んできて、オレの感覚を刺激してくる。
オレの目線は、もう完全に釘付けだ。
ラムラから漂う香りは、ちょっと甘くてスパイシーな感じ。
まさにダークエルフらしい、野性味あふれる香りだ。
彼女の褐色の肌にぴったりとフィットしたサンダータイガーローブが彼女の身体にまとわりつき、その豊満な胸が弾むのがはっきりと分かる。
特にローブが胸元で揺れるたび、その奥に隠された曲線がちらりと見える。
ラムラが歩くたび、あの見事なヒップがぷりぷりと上下に揺れる。
タイガーローブのスリットから、彼女の引き締まった太ももが見え隠れし、さらに腰が右へ左へとスイングするたび、オレの目はその動きに引き込まれてしまう。
彼女の背中が、まるで舞台の上で輝く女神のように、自然と目を引くんだよな。まるで、彫刻のような芸術作品だ。
アイラは、ウンディーネ族らしい涼しげな香りを漂わせながら、優雅に歩いている。
彼女の透き通る青い髪が、風になびくたびに、水面を思わせる波打つ美しさが広がる。
その髪の動きと、蒼い瞳が涼しげに輝いて、まるでモデルのような完璧なプロポーションが際立っている。
彼女の薄い衣装はまさに誘惑の象徴だ。
スケスケのメイルからは、アイラの大きなヒップがくっきりと見え、歩くたびにその滑らかな肌がちらりと露出する。
まるで、オレを誘惑するかのように見えてしまう。
ああ、もうこれ以上は耐えられない。
シャルロットのことも見逃せない。
銀色の鎧は、そのスタイルを隠しているはずなのに、逆に彼女の体型を強調しているかのようだ。
重厚なシルバーアーマーが彼女の両肩から腰へと流れ、歩くたびにその硬い甲冑が音を立てる。
けれども、その動きの裏には、しなやかな筋肉と女性らしい曲線が見え隠れしている。特に、鎧の隙間から見える肌の白さが際立っていて、眩しいほどだ。
後ろから見る彼女の引き締まった腰と鋭い視線は、まさに戦士の美。
可愛い顔とは裏腹に、彼女の体はしっかりと鍛え上げられていて、引き締まった筋肉がその全身を包んでいる。
その筋肉が、彼女の短い冒険者スカートから見える太ももと、ぷりぷりとしたお尻をさらに強調しているんだよ。
シャルが歩くたびに、そのしなやかな動きがスカートの下からちらりと見え隠れするたび、オレはもう目が離せない。
彼女が元気いっぱいに何かを話しているが、オレの耳には入らない。
オレの注意は完全にその尻に向かっているんだ。
触れたいという衝動を抑えるのが、もう大変だよ。
そして、セシリア。
セシリアは無表情で冷たく見えるが、黒髪のロングストレートが風にそよぐ姿が美しすぎる。
彼女の装備は、可愛らしいネコ耳とジャウ猫の装備だが、凛とした姿勢と冷たい視線が、その可愛さをさらに際立たせている。
装備の軽さから、彼女の俊敏さを感じさせる体型が浮き上がって見え、そのしなやかな動きが余計にセクシーに見える。
歩くたびに、彼女の腰がしなり、目が釘付けになってしまう。
その無表情で冷たい雰囲気が、逆に彼女の体の動きを際立たせており、無防備な魅力を放っている。
彼女は他のメンバーに比べて少し落ち着いた雰囲気を持っているが、その控えめな美しさが逆に魅力的だ。
セシリアの歩き方には、どこか上品な優雅さがあって、その滑らかな腰のラインがしっとりと揺れるたび、オレはその動きに目を奪われてしまう。
彼女の香りは、ほんのりとした花のような優しさを感じさせ、まるで上品な舞踏会に招かれたような気分だ。
彼女が歩くたび、その姿勢と動きが、静かにオレを虜にしていく。
そして、アース。
アースはドワーフ族の力強さを持ちながら、全身がガーネットシャークの装備で包まれているため、彼女の筋肉がまざまざと浮き彫りになっている。
紅鋼弓を背負い、歩くたびにその弓が軽やかに揺れるのと同時に、彼女の引き締まった腰や太ももが、スーツのような装備の上からでも見て取れる。
彼女の尻がぷりぷりと上下に弾むたびに、目が無意識にそこに引き寄せられる。
彼女がふと振り返って、燃えるような赤い髪が風に流れる瞬間、オレの心臓は跳ね上がる。
アースの後ろ姿を追いながら、彼女の強さと女性らしさの両方に魅了されてしまう。
彼女の一歩一歩が、力強くも妖艶で、どうしても目が離せない。
香りは少し火のように熱く、それがアースの情熱的な性格を反映しているようだ。
ああ、この瞬間が永遠に続けばいいのに。
オレはラグ一家の美女軍団の後ろをついて歩いているだけで幸せだ。
見てよし、匂ってよし、動きよし。
このまま、この時間が続いてくれれば、それでいい。
至福の時間だよ。
でも、現実は厳しい。
本部って言うから、メルロの豪華な館みたいな場所を想像してたんだけど、着いてみたら普通の事務所だった。
ちょっと拍子抜けだ。
「なんだよ、普通の事務所かよ…」
と心の中でつぶやく。
隣町のメルロの館と比べると、冒険者をまとめる組織の本部としてはギャップが激しすぎる。
事務所の奥へと進む。
どんどん奥に入って、最後にちょっと大きめな扉を開けてみると、そこに待っていたのは……ピンクのゴリラ。
「良く来たね」
ピンクのゴリラが喋った。
ちょっと待て。
これが親父って言ってたけど、見た目は完全にメスゴリラじゃないか。
「親父。今日はちょっと、一人うちの客人がついて来てるんだ」
とラグがオレを紹介してくる。
オレもとりあえず挨拶しとく。
「はじめまして、冒険者ルーク・トラビックと申します」
声が少し緊張して震えていたかもしれない。
けれど、目の前にいるのは、ただのピンクのゴリラじゃない、ラグ一家を率いる「親父」だ。
ここで怯んでいるわけにはいかない。
「私はエイドリア・モリーヌだ。よろしくね。みんなは私を親父って呼ぶけど、女だよ。それであんたは、うちの組織に入りたいのかい?」
彼女の声は、低く落ち着いている。
ピンクのゴリラというあだ名に似合わない、優雅な口調だ。
だけど、その目は一瞬で本質を見抜くような鋭さを感じた。
背筋が一気に伸びる。
「まぁ、そんなところです」
余計なことを言わず、手短に答えたほうがいい。
ここは無駄な情報を出さないほうが賢明だ。
相手がどう出るか、様子を見ながら判断する。
「なるほどね。ラグが連れてきたなら信頼出来るね。まずは、どんな組織か知りたいってことだね」
ピンクのゴリラ、いや、エイドリアの口元にわずかな笑みが浮かんでいる。
彼女は、オレの答えを予測していたのかもしれない。
そして、その態度からは、この組織が単なる冒険者集団ではないことが見て取れる。
「それは是非知りたいです」
ここで後に引くわけにはいかない。
ラグに近づいた目的も、ラグ一家の事やその周辺情報を探るためだったからな。
エイドリア・モリーヌの言葉からは、何か大きなことが進行している雰囲気が漂っている。
それにしても、ラグの信頼度は本当にすごい。
彼が背負うものの重さが、ただの冒険者じゃないことを物語っている。
「よし、分かった。じゃぁ、せっかくだから、今日のラグ達の仕事の内容も聞かせてあげるよ。参加するしないは自分で決めな」
「ありがとうございます」
ピンクのゴリラも、なかなか懐が深い人物だな。
こういう大きな決断を、簡単に相手に委ねるあたり、相当な自信を持っている証拠だ。
オレがこの場にいる理由を探られているのだろうが、その余裕が何よりも怖い。
「まずは、昨日はご苦労だったね。シャルロット、セシリア、アース。あんた達のお陰で、第一波は大成功といっていいだろう」
「「「ありがとうございます」」」
3人は深々と頭を下げる。
その一糸乱れぬ動きは、すでに長い時間を共にしていることを示している。
組織としての統率力が、まるで軍隊のようだ。
「そこで、今日は第二派だ。今日は護衛も付くだろう。何処かに監視もいるはずだ。相手を殲滅する事は無理でも、必ずブツは手に入れてきなよ。こちらの事がバレてしまうのは、この段階にきたら仕方ないね」
エイドリアの言葉に、部屋の空気が少し緊張感を帯びた。
まるで、言葉だけで場の全員を支配しているようだ。
ピンクの外見からは想像できない威圧感に、オレも背筋が少し寒くなる。
「親父、俺は人殺しに関しちゃなんとも思っちゃいないが、こっちの身元がバレたら戦争になるんじゃないんですか?」
ラグがふと疑問を口にした。
やっぱり、この男は単なる戦士じゃない。
頭の回転も速い。
彼の問いに、他のメンバーも一瞬ざわつく。
オレも心の中で、彼の疑念に同感だ。
エイドリアの答え次第では、ラグ一家は危険な方向へ進むかもしれない。
「まぁ、そうなるかもしれないねぇ」
エイドリアの答えは予想通りだが、その無関心さが異様だった。
戦争の可能性を、まるでただの天気予報のように話す。
その言葉に部屋の緊張がさらに高まる。
「鮮血の女王と本格的にやるんですね」
ラグが低い声で尋ねる。
彼女の蒼い瞳が、冷静なままエイドリアを見つめている。
あの目の奥にある決意が、オレにはまだ理解できないが、ラグはもう腹をくくっているようだ。
「そうだね。この仕事には国からの支援もあるからね。徹底的にやっちまおうや」
エイドリアが続ける言葉に、部屋中の空気が一気に重くなる。
国からの支援…つまり、この戦いはただの冒険者同士の小競り合いではない。
国家規模の陰謀が背後にあることを暗に示している。
「国ですか?そういう仕事は騎士や領主の仕事では?」
オレもつい口を挟んでしまった。
国家の仕事が、どうして冒険者集団の手に渡るのか、その理由が気になる。
「まだ、確証の無い段階で、領主や騎士が動くのはまずい。それにその他の事情もいろいろとあってね」
エイドリアの言葉は、まるで一部しか語られていないように感じた。
何かもっと大きなものが隠されている。
その背後には、オレたちがまだ見ぬ策謀が渦巻いているのだろう。
「そうですが、親父がやれと言うならやるまでです」
ラグの言葉に、彼の信念が込められている。
彼は、疑問を抱いても、最終的にはエイドリアを信じて動く。
そこに揺らぎはない。
だからこそ、オレもこの一家に深く関わる覚悟が必要なのだろう。
「そうかい、あんたらは、何か聞きたいことは無いかい?なんでも良いよ」
エイドリアの視線が、オレにも向けられた。
この組織に足を踏み入れる以上、オレも覚悟を決める必要がある。
なんとなく察しはつくが、一応確認しなければならない。
情報を得るためにも、慎重に事を運ばなければならない。
オレは少し姿勢を正して、エイドリアに向き直る。
「新参者ながら、質問することをお許しいただけますか?」
エイドリアは目を細め、しばし黙ってオレを見つめた。
部屋の空気が少し緊張感を帯びたように感じる。
彼女が思慮深そうに頷き、口を開いた。
「ん?そうだね。あんたは何言ってるか分からなかったか」
オレは少し戸惑いながらも、礼儀正しく謝罪する。
「申し訳ありません」
「まぁ、戦争になれば全部分かることだし、これからは、この情報を流布する仕事も増えるからね。別に秘密でもなんでもないから、いいよ」
エイドリアは微笑みながらも、その笑顔の奥には鋭い何かが潜んでいるように感じた。
彼女の余裕ある態度に、ただの一冒険者に対する懐の深さを感じたが、同時に恐怖も覚える。
話す内容が大きすぎる。
何か裏があるのかもしれない。
「ずいぶんと大きな話ですね」
「そうだね。どこから話そうかね。あんた『ミロネーダ』は知ってるよね」
「もちろん知っています。この地方で5年前から爆発的に流行りだした新しい調味料ですよね。あれのおかげで食事が一気にレベルアップしたっていうか、食文化自体が変わったとも聞いてます」
エイドリアは頷き、続けた。
「そうだね。まぁ、知らないヤツはいないよね。じゃぁ、『バイオトランス』は知ってるかい?」
「バイオトランス……?聞いたことも無いです。それも、調味料なんですか?」
正直、初めて聞く単語に困惑する。
エイドリアはオレの反応に満足げに頷き、口元に笑みを浮かべる。
「いや、ミロネーダの原材料だよ。ミロネーダの20%はバイオトランスで出来てる」
「えっ……?バイオトランス……。聞いたこともないんですが……」
オレの頭の中でパズルのピースが少しずつはまっていく。
どうしてこれが国の問題にまで発展するのか、その答えが見えそうな気がする。
「そうだろうね。国の方でも、その存在を知ったのはつい最近だからね。知ってる奴はこの国でもごく一部だよ。問題はこのバイオトランスさ」
「どういった問題があるんでしょうか?」
エイドリアが少し姿勢を変えて、より厳粛な声で答える。
「まず、バイオトランスは麻薬だよ。中毒性はかなり低いけど、常用していれば、普通じゃまず止められなくなる。ミロネーダが爆発的に売れてるってことは、国の知らない間にかなり中毒者が増えてしまったってことさ」
「麻薬……」
その言葉が頭に響いた。普通の調味料だと思っていたものが、実は麻薬だったなんて、誰が予想できただろう。まさに国を揺るがす問題だ。
「とりあえず、今の段階では、国はルートを探ってる。元締めをね。扱ってる商人や仲介業者は、そんなものだとは知らないで流通させてるだろうからね。本当の黒幕が誰かは探らなきゃならない。そこで今回の仕事さ」
エイドリアの話が徐々に繋がっていく。
これは単なる冒険者の仕事じゃない。
国が動いている背後に、大きな陰謀が渦巻いている。
オレは何を聞いているんだ?
こんな大きな話に巻き込まれてしまっていいのか?
「ブツと言うのはミロネーゼなんですね?」
「いや、バイオトランスさ。通常はミロネーゼに加工されるはずのバイオトランスが、どうやらこの地方に原料のまま流されてきてる。それを掠め取るのが今回の国からの依頼だよ」
「バイオトランスそのものが流通している……」
「国も必死さ。麻薬は国力を疲弊させるからね。特に、これだけ中毒者が増えれば、経済や社会に与える影響も計り知れない」
エイドリアの話に、オレの中でさらなる疑念が生まれる。
なぜ、こんな大事な話を冒険者に任せるのか?
国はもっと別の手段を講じられないのか?
オレの頭に疑問が浮かんでは消える。
「そこから戦争にまでなるかもしれないんですね……?」
「そうだね。どうやら、そのバイオトランスの受け取り窓口は、隣町の青白い蝿女らしいんだよ」
「青白い蝿女……」
その言葉が口から出ると同時に、心臓がドクンと大きく跳ねた。
隣町、青白い蝿女……まさか、メルロのことだろうか?
「……あんたも冒険者なら、メルロって女の話は聞いたことあるだろ?」
オレの心の中で、メルロの顔が鮮明に浮かぶ。
冒険者じゃねぇし、商人だし、だけど凄く良く知ってます。
「はい。確かに力のある人ですものね」
と、オレは慎重に返事をする。
内心では激しい動揺を抑えきれない。
メルロの力と影響力は知っていたが、まさかそこまで深い闇を抱えているとは思わなかった。
「そうだよ、でも、メルロの力ってのはあの『ブラッティーバタフライ』って組織が支えてる。あいつらがヤバい。命知らずすぎて、どんな無茶な作戦でも笑いながら突っ込んでいく連中さ。命の駆け引きがないぶん、強さは尋常じゃない」
思い当たる節ありすぎるね。
オレがメルロと出会った時の状況、その後のドラゴン戦。
確かに異常だった。
無謀すぎるあの戦いも、これで納得がいく。
エイドリアは続ける。
「ここからは私の推測だけど、ブラッティーバタフライの奴ら、組織から支給される食事にバイオトランスが混ぜられてるんだと思う。本人たちは自覚がないけど、知らず知らずのうちに組織に依存していく。離れられなくなるんだ。支給される食事が欲しくて、組織に戻ってくる。もし歯向かえば、食事抜きで禁錮刑。そりゃ、出てきた時には従順な兵隊の出来上がりさ」
「そ、そんな……」
オレの心臓が一瞬止まるかと思った。
もし、オレがメルロの言う『食客』なんかになっていたら、どうなっていただろうか。生きていられただろうか?
食客、即答しなくてよかったああああ!
やっぱりヒモニートなんて夢物語だよな。
あんなに都合のいい話があるわけないよ。
あのとき、直感を信じて踏みとどまった自分に感謝だ。
疑り深いオレ、万歳!
ヘタレなオレ、万歳!
オレの選択は間違ってなかった!
「とんでもない話ですね……」
オレはようやく言葉を絞り出す。
声が震えていないか心配だったが、エイドリアは続けた。
「そうだね。メルロって女、見た目じゃ想像できない恐ろしい部分をたくさん持ってるんだ。あいつの色香に惑わされた男たちが、一晩でエネルギーを全部吸い取られて、骨のようになって屋敷から捨てられてるって話は有名だよ。魔物より悪質さ」
心の中で叫び声が上がる。
生きてる!オレ、生きてるぞおおおおおお!
あの美貌に惑わされた男たちが、骨のようになって捨てられてるだって?
オレがその運命を免れたのは奇跡としか言いようがない!
神様ありがとう。
私をお守りくださった魔族交流ありがとう!
ま・ぞ・く・こ・う・りゅ・うっぅっぅぅぅぅぅぅうラブだよ!ラブ!
「どうしたい?顔色が悪いよ?」
エイドリアが心配そうにオレを見つめる。
確かに驚くほどの真実を聞かされた今、顔が青ざめているのかもしれない。
「無理して今回の作戦に参加しなくてもいいんだよ。ミロネーゼとバイオトランスの話を流布するってのも大事な仕事だからさ。それなら報酬は出ないけど、正式に組織に加盟してるわけじゃないし、そっちの手伝いでもいいんだ」
オレは一瞬、エイドリアの言葉を考える。
このまま命を賭けた作戦に参加すべきか、それとも情報を流す任務に回るか……?
もう、この作戦の内容からして、メルロ側の監視を取り逃したら、オレがエイドリア側にも関わっていたことが露見する可能性が高い。
もしそれがバレたら、間違いなくオレの立場は大変なことになるだろう。
だから絶対にこの作戦には参加できない。
バレたくない事情が山ほどある。
それに、この提案はちょうど良かった。
メルロ側の人間をかなりの数殺すってことだし、そりゃあ調味料を盗むために、命を奪わなきゃならないのかもしれないけど、それを考えると、やっぱりオレは甘いんだろうな。
殺して奪い取るなんてのは、どうにも慣れない。
アイテムボックスが便利すぎて、そこに入れた物を奪うために命を奪うってのも、なんかすごく違和感がある。
とにかく、戦争が起きるかもしれないって話を聞けたのは、良かった。
これからいろいろと準備するべきことがある。
「ありがとうございます。では、今回の作戦は遠慮させていただきます」
とオレは丁寧に頭を下げる。
エイドリアはそのまま穏やかに頷いてくれた。
「いいんだよ。それぞれの役割があるからね」
彼女の声は落ち着いていて、どこか安心感を与えてくれる。
「ラグ、じゃぁ頼んだよ」
エイドリアはラグに向けて指示を飛ばす。
ラグも笑顔で頷いた。
「親父、任せてくれ!」
ラグのその自信に満ちた言葉を聞きながら、オレは一瞬、彼の背中を見つめた。
彼は良い奴だ。
自分が信じた道を疑わない。
だからこそ、危ういところもある。
でも、オレはラグと一緒に戦うことはできない。
オレはオレの道を進むしかない。
ラグ一家と一緒に本部を出て、街の大通りに戻った。
彼らと一緒に並んで歩く一時の時間は、やはり楽しいし、心が和むものがある。
だが、今日はそんなことを楽しむ余裕はない。
オレはラグ一家と別れた。
そして、一度息を深く吸い込み、ドラゴンのいた洞窟へと向かう道を踏み出した。
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