第15話 帰還とフィス

「さて」

「どう思う?」


監査役の三人は、人目がある場所で顔を揃えることはない。色違いの二人も、周りからあれこれ言われることはあるが、他の者たちの目がある場所では、むしろ不仲に見えることすらある。


だが、今は。

第四騎士団の兵舎ではなく、王城の一角にある、小さい部屋だ。第四騎士団の兵舎がよく見える場所にあり、物置だったり、使われていない部屋が多いエリアの一つだ。この部屋は人目につかず、三人にとって都合が良かった。


エストリードとザイアスは並んで座り、向かい合いながら、手の仕草でふざけ合っている。実際には長年の付き合いがある二人だが、ふざけた調子は見慣れたもので、堅物のディランはその様子を黙って見守るのが常だった。


「どうって言ってもなー。俺はもうメイドちゃんの一件で、天秤計りが気になって気になって」

「それはこの一連の話とは別だろ。面白いおもちゃを見つけたからって、仕事を忘れんなよ」

「忘れてないけどさ」


エストリードは、椅子の脚で床をきしませながら、退屈そうに天井を眺めた。


「でもさ、ザイアス。お前だってフィスの『天秤』が気になるだろ?」

「まあ、正直に言えばな」


天秤という言葉に反応したのは、部屋の奥で書類をめくっていたディランである。


「その話は後にしよう。それより、まずは今回の遠征だ」


ディランは口元を歪めてながら言った。


「俺が気になっているのは二つだ。まず、ストーンバイターの討伐についての報告。カーライル副隊長がまとめてきた内容だが、いくつか引っかかる部分がある。そして、道中でのあの『異常な魔力反応』についてだ」


ザイアスが鼻を鳴らす。


「異常な魔力反応ね。確かに変だよな。核の話が出てくると思ったら、その前にストーンバイターか」


エストリードが肩をすくめて苦笑する。


「報告書通りなら、普通の討伐ってことで片付けられるんじゃないか?」

「普通の討伐で済む話なら、俺たちがここにいる理由もないだろう」


ディランが書類を机に置くと、その無言の動作に二人の動きが止まった。しばらくの沈黙の後、エストリードが面倒くさそうに足を組みなおした。


「それで?具体的にどの部分が問題だって?」


ディランがちらりと窓越しに兵舎を見た。


「まず遠征自体は隊長と副隊長のせいだからまあいいとして?」

「……自分は、到着してすぐに報告にあった魔獣の核とやらを見つける物かという点が気にかかる。そして、その日の夜にはストーンバイターだ。いくら魔獣の出没が頻発していてもそれほどタイミングよくでてくるものだろうか」

「そりゃさ。よっぽど運がよかったんじゃない?」


すっかり面白がっているエストリードの伸ばされた足をぴしゃりとザイアスが叩く。


「なわけあるかよ」

「そう?」

「わかってて言うな。ストーンバイターだってそうそう出てこないぞ」

「ん-。そういってもさ。僕らのなかではまず、天秤ばかりの勘の良さは胡散臭いと思ってるだろ?いくら見習いだとは言え、ちょっと気になることに変わりはない。だからといって、天秤計りとこの一件をつなぐ線も出てきてないのは本当だろ?」


再び黙り込んだ三人は、ディランが置いた報告書に手を伸ばす。

グレンフィルのもとに上がってきた報告書がそのままここにある。遠征から戻るまでのすべての出来事がそこにまとめてあり、彼らは遠征部隊が持って帰ってきた魔獣の核と魔獣の肉も確認している。疑うべき要素がないかを確認するようにと預かったものだ。


「この核を取り出すのも魔導士三人がやったっていうけど、実質サルジェと天秤でしょ?サルジェはこういう作業、苦手だと思うんだけどなぁ」

「天秤が肉を乾燥させろって言ったのは生活の知恵なのかねぇ」

「それはあるのかもね?天秤って薬草扱うよね」


そういわれれば、ああ、と納得してしまう。薬草は生で使うより、乾燥させて使うことが多いからだ。


「そういう知恵が回るのはさすがだね。勘の良さもそうやって生きてきたからってことかな」

「……ならそういうことだとしても、ストーンバイターはどう思う?あれが群れもなく一匹で行動していたかも謎だが、核に残された魔力はとても濃いものだと思うが」

「たーしかにそうだけど、そこは個体差もあるし。ただ、天秤が見つけた魔法印は気になるよね?」


すでにフィスの呼び名が『天秤』になり始めているが、エストリードが報告書の次のページへと手を伸ばす。絶妙な呼吸で何も言わなくてもザイアスが報告書を渡した。


「これ、今調べてるのはウィリーだっけ?」

「そう。だめなら魔導士部隊に持ち込み」

「それは、ちょっと避けたいなぁ」


魔導士部隊に持ち込みになると、話は第四騎士団だけでは済まなくなり、ウィベリア領の問題もさらに大きくなる。

舵をとれるうちは構わないが、そこまで大きくなると、監査役の三人どころかグレンフィルの肩書でも足りなくなる可能性があった。


「じゃあ、そこはザイアスがうまくやってよ」

「いわれなくてもそうだなぁって思っていたけどね?あと、核と魔獣の肉も回して」

「もちろん」


二人の間で話がつくのを待ってディランが立ち上がった。


「帰りの道中の……」

「帰りの道中の何だ?」


ディランが立ち上がったところでエストリードが問いかける。ディランはその質問に一瞬だけ眉をひそめた後、部屋の窓際へと歩きながら答えた。


「帰りの道中で起きた襲撃と魔力反応だ。あれについて、誰も明確な答えを持っていないのが気に入らない」

「まさか、『あれ』の話をここでするつもり?」


ザイアスが低い声で呟く。


「ここしかないだろう。報告書には詳細が載っていない。副隊長も細かいことは話していないようだが、現場にいた者たちの反応を見るに、何か隠しているのは明らかだ」


ディランの言葉に、エストリードは口元を歪めた。


「いやいや、隠してるわけじゃなくて、単にあいつらが分かってないだけって線もあるだろ?遠征の行き来の最中に魔獣に襲われるのは普通にある話だし、魔力の流れを感じ取るのは魔導士じゃなきゃ、魔法剣士でもよほどの物じゃないと無理だろ」

「襲撃の最中にフェロウグレイの群れが急に行動を変えたのは事実だし、フィスの魔法が見習いのレベルを超えていたというのも報告にある」

「……フィスの魔法ね」


ザイアスが腕を組んで、エストリードと同じくらい長い脚を組み替えた。その仕草にエストリードが少しばかり嫌そうな顔を向ける。


「ザイアスは最初から天秤を気にしていたけどさ。どう説明するのさ?突然、才能が開花したとでも?そんなのある?ディラン」

「魔導士には時にそうしたこともあるというが、それほど追い詰められた状況にあったとも思えない。氷魔法の精度も防衛魔法の速度も、見習としてはあり得ないといっていいだろう」


これまでも騎士団に入ってきた新人を教育してきたディランの断言は、エストリードとザイアスのどちらもわかっていて、言質を取り付けたようなものだ。


「そのうえ、魔法印を使ったというが、魔導士として進んだものは魔法印は通常使わない。その方がかえって発動に時間があるからだ。感覚で魔術を行使する魔法使いが増幅や特殊な魔法の時に使うものだからな」

「そんなわかりきったことを言わなくても……。俺だって、魔法印は面倒くさくて使わないよ。ただ普通に魔力を流せばいいものをわざわざそんなことをする必要ある?」

「ザイアス。魔法剣士は剣に魔法印を刻み、そこに魔力を流す。彼らは、その発動もほぼ瞬時にこなしているのだから、面倒だというのはお前やエストリードが魔法を使うときにそれを魔力を流すのと同時に行っているようなものだ」


ディランの教官らしい言葉に気を悪くしたザイアスは、ため息とともに顔を逸らした。魔法の研究をしているグリフォール家の者としてはいくら教官とはいえ、もっともらしく説明されるのは気に入らないらしい。


「まあまあ。二人とも。そもそも、うちの国は魔法使いと魔導士に分かれてて、魔法の使い方も分かれてるだけでさ。よその国じゃ一緒くたに魔法使いとか、魔術師って言われてるんだからさ」


エストリードのいう通り、魔法を使うには魔法使いが使う魔法と、物の理を理解した魔導士が使う魔法とでは質が違う。当然、騎士にも魔導騎士と魔法騎士がおり、似ているがいざというときにやはりその違いが浮き彫りになる。


逆に、似ているのに、どちらかにはっきりと分かれており、その両方を使って魔法を発動するものなど聞いたことがない。


「学院でも魔導士として卒業したが、実は魔法使いだったということか?」

「そんなことあり得る?だったら、騎士団に入る時だって魔法使いとして申請しなきゃいけないし……」

「だからと言って、咎められるわけではないだろう」


考えれば考えるほど、フィスには謎しか出てこない。そのことに三人が首をひねっていると、ディランは渋い顔を向けた。


「フィスが使ったのは魔導士部隊でも指折りの上級魔導士しか扱えない魔法だったわけで、魔法使いの可能性は低いと思うが」

「つまり、見習いのフィスが使えるはずのない魔法を使った。しかも状況的には、瞬間的な判断で、だ。やっぱり、どう考えても変だよな?」

「変だ。だが、それだけじゃない。その魔法の精度と速度、そして魔力の特性が妙に独特だ。通常の魔導士のそれではない、何かを感じる」

「魔力の特性ねえ……」


ザイアスから深いため息が漏れた。

これだけ長い話をしているときは、隊長室ならメイドがお茶を運んでくるのだが、この部屋は王城内でも息のかかった者しか知らない部屋だ。


簡素なテーブルと椅子、そして鍵のかかった本棚があるだけだ。

苦笑いを浮かべエストリードが軽く右手をふるった後、ポケットから小ぶりな果実を取り出した。


薄橙色の実は、外側の皮をむけば中は果汁があふれる。いわゆるオレンジのような果実だ。


ひょい、とそれをザイアスに放ると、今度はポケットから小さい林檎を取り出した。それをディランに放る。


「ねぇ、ディランもザイアスも。それって、例えば特別な教育を受けていたとか、そういう線を考えるべき?」


手にした小ぶりな林檎に一口かぶりついたディランは、歯ごたえとその果汁を味わった後口を開いた。


「可能性としてはそのどちらも考えられる。あるいは、もっと悪い可能性――何らかの異常な手段で魔力を強化されたか、何かに干渉されているかだ」


エストリードの顔がわずかに曇った。フィスの周りに、はぐれのような存在は今のところ見つかっていないからこそ、余計にたちが悪い。


「あんまり楽しい話じゃないな、それ」

「楽しい話になると思っているなら、そもそも、この議論には向かないな。さんざん疑うようなことを言っておいて、どういう方向を向いているんだ?」


ディランが冷ややかな目を向ける。その物言いに怒るべきか、それとも同意するべきなのか、迷う目線を遮るようにザイアスが手を挙げた。


「つまり?あくまで可能性の域を出ないけど、今回の遠征や、彼の魔法の使い方、それに核や魔法印との関わりを考えると、『あれ』がこの一件に関わってるってこと?」

「そう断言するには早い。ただ、彼が何らかの形で事件に巻き込まれているか、知らずに何かを背負わされている可能性は否定できない」


三人の話をまとめたディランの言葉に、ザイアスは上げていた手をひらりと動かした。


「だとしたら、調べるしかない。フィスの過去から身の回りすべて。ディランは引き続きウィベリア伯爵家の方を。わかってると思うけど、俺たちにも同然情報は共有してくれるよね?」

「……承知した。なかなか、進捗が芳しくないのは事実だ」

「そう?それならまあいいけどね」


お互いのことも信用しきることはない。誰であれ、いつどうなるかわからないことをお互いに理解しているからだ。

その上で、互いに監査役として機能することを忘れない。


三人が監査役になってから、そう短くない時間がたっているだけはある。


その間に自分を立て直したのか、エストリードが軽く肩をすくめた。


「じゃあ、俺が救護院周りを当たるよ。ああいう場所って、話を聞くのにはちょっとコツがいるし」

「俺は核や魔獣の肉、あと魔法印の分析な。ウィリーにはうまくいってこっちに引き取るよ。それに加えて、フィスの現状の行動も監視する必要があるけど、それは手分けしてやるしかないな」


エストリードとディランが顔を見合わせて頷いた。


「まあ、面倒だけど、この手の謎解きは嫌いじゃないからね。ザイアス、お前も大好きな研究のたしになるだろ」

「そんな余裕があればなぁ」


ザイアスがため息をつきながら立ち上がる。それに合わせて、エストリードも立ち上がった。


「さて、仕事にかかるか」

「次の報告は二日後だ。それまでに動ける範囲で。何か進展があれば共有」


三人は互いに短く頷き合い、部屋を出た。扉を閉めた後に、ちらりと振り返ったザイアスが、パチン、と指を鳴らすのと同時に、かしゃん、と鍵がかかった音がした。

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天秤計りの魔導士 青戸天 @aoto-sora

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