第6話 青と黒の行末: 絢爛たる上昇
あれにしようか、やっぱりこれにしようか。あるいは思い切ってこっちの派手なものに……
姫宮さんとの外出を控えた私は、お姉ちゃんの部屋のクローゼットや棚にある服とアクセサリーを物色していた。
姉妹なんだから、よく似合う服装というのはある程度共通しているはず――だけど、いざ実際に試してみると何が良いのか悪いのかさっぱり分からない。私にもっとファッションだとか美容の素養があれば多少は迷わずに済んだかもしれない。
結局何も決断できないまま鏡と対面していると、視界の端に本来の部屋の主が映った。色々試させてほしいって断りを入れておいたから、やましいことは何も無いはず。でも他人の所有物をあたかも自分の所有物のように扱っていたのは事実。自分を省みると、途端に勢いが削がれる。
埒の明かない状況を打破するために、私は助言を求めた。
「ねぇ。服、どれにすればいいと思う」
驚きと呆れの混じった答えが返ってくる。
「まだ決まってなかったの? 迷うぐらいだったら、いつも通りの方が良いでしょ」
「いつも通りも考えたには考えたけど」
たまには印象を変えてみたいから、と言おうとして寸前で止めた。余計な事を考えられると困る。……いや、もう遅いか。
見るからに誤解を含んでいるであろう納得を示す相槌は、嫌な予感を裏付けした。
「あ、オッケーオッケー。なるほど。最初に気づくべきだった、ごめん」
「何が?」
「霞もそういう歳なんだな~、って」
「……はぁ。まあいいや」
私には相手の考えていることをそのまま読み取れる能力がない――きっと良くないことを考えているんだろうな、とは想像できるけど。
「なら、いつも通りで行きな? 霞と休みの日にまで会おうとする物好きさん、素の霞のことが一番好きに決まってるから」
「どうして言い切れるの」
私の懐疑を全身で受け止めるように、お姉ちゃんは純粋な誇りを胸に抱いて答える。
「だって、霞のお姉ちゃんがそうなんだからね?」
理解するまで時間が必要だった。まさか、このタイミングで冗談が飛んでくるとは予想もつかなくて――本当に冗談だったのかはさておき――困惑してしまった。
でも、おかげで決められた。やっぱり普段着ている服で行こう。ここで張り切っても、どうせ着こなせはしない。よくよく考えれば姉妹とはいえ体格が全然違うし。身長とか、あとはまぁ、色んなところとか。そんな当然のことも忘れていた。
「……わかった。その通りにする」
「うん。絶対そのほうが良さげだよ」
ひと呼吸置いたのち、もう一度私達は対面する。
「どうする、車で送ってこうか?」
「別にいい。向こうで待ち合わせしてるし、どうせ混んでるだろうし」
付け加えると、夏祭りは行きと帰りの移動も含めて思い出だから……っていうのは受け売りでしかないけど、車はなんだか味気ない。それに、気を遣わせてしまう。
「ふ~ん。じゃあ愛しい愛しいお姉様は一人寂しく待ってるとしようかな」
「ご自由に」
物色したもの全てをあるべき元の場所へと戻し、部屋を去る。
丁度廊下に出たときドアの向こう側から声が響いた。
「あの子によろしくねー! あと、お土産はいらないからねー!」
『あの子』が誰を指しているのか、なんて考えるまでもない。
なぜなら夏休みが始まる直前の日、姫宮さんに抱きつかれたところを見られたから。お姉ちゃんのことだし絶対に勘違いしている。特に私との関係について。
今度、姫宮さんは単なる友達だっていうことを言い聞かせよう。
とりあえず今は急がないと。時間には余裕持たせたいし。
8割の焦りと2割の期待を胸に、玄関のドアを開ける……
駅に着くと、まずうんざりするほどの群衆が目についた。
どんなに少なく見積もってもいつもの倍以上に膨れる人だかり。みんな、夏祭りを目指しているんだろう。制服だったりスーツだったりで色味の無い日常の景色とは違って、今日に限ってはあらゆる色彩が散りばめられている。熱気の溢れる構内に嫌気が差す一方で、視覚ではっきりと分かる非日常を楽しむ自分がいた。
どんなに良い言葉で表しても、待ち合わせをしている身分からすれば、これ以上に最悪な状況も珍しいんだけど。
はぁ。見つけられるかな……
……というのは杞憂で、実際はそこまで時間もかからずに合流出来た。こまめに連絡を取っていたからでもあるし、姫宮さんの方から声をかけてくれたからでもある。
そんなこんなを経て、私達は目的地へと向かった。
夏祭りの会場がこれまた駅前だからか、車両を降りた瞬間から祭りらしい活気を感じ取った。帰りたい。正直一人で来たなら駅前にあるドーナツを買ってすぐ家に戻っていたと思う。姫宮さんなら許してくれそうではある……
「……ねぇ」
意味の無い思考に揺られていると、珍しくはにかんだ表情をした姫宮さんに呼び止められる。
「ん?」
「……あんまり見つめないで、照れちゃうよ」
彼女は私からとっさに目を逸らした。そのまま顔すらも隠すように手で覆う。まるで見える景色から私だけを除外するように。
「ごめん。完全に無意識だった」
一応形だけ謝った。罪悪感が無いにしても、何もしないよりかはずっと良いはず。
終端のない雑踏のさなか、私にだけやっと聞こえるような声量で彼女は囁く。
「余計たち悪いじゃん……」
何を意味しているのかは聞かなかった。
普段の底知れない余裕を見せる姿とは違って、今の姫宮さんは――なんだか可愛らしい。そう思ってしまったから。
「早く。行くよ」
同時に手を強く引かれる感覚。
「もちろん」
彼女の指先から伝わる熱は、私を少しだけ懐かしい気分にさせた。
ひとまず私たちは屋台を見て回ることにした。
どうして誰も夏祭りの堅実な立ち回り方を教えてくれないんだろう。いや、周りを見ていれば分かる。とにかく祭りの魔法に身を任せていればいい。もしそれが祭りにおいて正しい姿、正しい作法なんだとしたら、私も内なる獣性を解放するべきか。
まぁ、姫宮さんの監視があるからどのみち出来ないけど。……誰だろうと出来ないか。
「よしっ。まずどこ行く?」
電飾が左右に立ち並ぶ通りを歩きながら、ずっと先まで見渡す。私がまだまだ選択に迷っている一方、既に彼女は行き先を決めていたようだった。というか足取りの迷いの無さから読むに、最初から誘導されていたらしい。質問は多分、建前か私への猶予。
数十歩を経て、行き着いた先はクレープの屋台だった。
気楽にメニューを流し見する。特に変わったフレーバーがあるわけでもない。同じようなクレープの屋台はそこかしこにある。姫宮さんが目的にするぐらいだし、専門店と比べても信じられないほど美味しいクレープが食べられるとか? 絶対違うね。
「買ってくるから、ここで待っててね!」
何を頼むかゆっくり決めている私の横で、彼女は微塵の躊躇もなく会計に向かおうとしていた。
「ちょっと待って。一緒に……って、えぇ……?」
早速の置いてけぼりを受けた私の心には『どうして?』だけが浮かぶ。
色々言いたいことはあるけど、一旦待ってみよう。もしかしたら本当に専門店並みのが出てくるかも。
数分後――体感では1分も経っていない。
店番との会話を終えた姫宮さんは、したり顔で私の元へと駆け寄る。クレープ2つを両手に、得意げに持ちながら。
「はい、これ。いちごチョコね。私のと同じ」
片方を渡されると、ほんのりとした温かみ。
「でも、先になんのクレープが良いか聞けば良かった。早く食べたくて焦っちゃった。ごめんね」
「ありがとう。どうせ迷っただろうし、結局これ頼んだと思う。……それはいいとして」
屋台へと視線を向けると、疑問を察した姫宮さんは補足をくれた。
「あの人、中学校の同級生のお母さんでね、いっつも安くしてくれるんだ」
看板にはいちごチョコ500円と書いてある。元の値段でも結構安い。本気の店でこの値段ならクリームだけのクレープとかでやっと妥当かな。
「2つで何円でしょう?」
クリームとチョコソースといちごを頬張るのを一時止め、彼女はそう尋ねた。
「800円ぐらいじゃない」
「ふーむ。じゃあ、正解は……」
いくつかの溜めを挟さみ、正解となる値段を口にする。その答えは私を驚愕させるのに十分――とまではいかなかった。だって、なんというか。説明しづらいけど、もし私が店員だったら。悪いけど姫宮さんに対しては普通かなって思ってしまったから。
「500円でーす!」
「やるね、半額じゃん」
「ね。最初はびっくりしたけど毎年の恒例になっちゃった」
半額の割引を普通だと思わせる姫宮さんはかなり罪な存在に違いない。
貴女に敬意を表しよう、名前も知らない店主よ。その偉業の結実を願って。
冗談はやめにして、早いところ食べ切ろう。姫宮さんを待たせてはいけない。あとお金渡さないと。
周りの雰囲気もあって、自然に思考と動作まで忙しくなってしまう。これが、祭り……見くびっていた、よ……
程なくして、次は射的に目をつけた。
大多数にとって、こうやって的を狙い撃つのは単なる遊びでしかない。でも私を含めた
安寧の地を求めようとあらゆる戦場を縦横無尽に駆け巡って。弾丸を撃つことだけに特化した無機質な機械は、時として己を救い、時として己を焼き尽くすものになりうる。最後に訪れる勝利のひと時。ただのチームメイトは例外なくかけがえのない戦友となる。
……こほん。要するに、ちょっとだけやってみたくなった。
「いいね。やるからには景品の一つぐらい欲しいとこだけど。ふふ、碧月さんにいけるかな?」
まるで失敗することが決まっているかのような笑み。挑戦的な煽りには、こちらも相応の貫禄を見せつけないといけない。
「世界には逃れられないことが3つある。死、税金、この私だ……」
「なんかキャラおかしくない!?」
「ああ、冴えてるな! 権力は、それを手にした者が握る」
華麗な指摘を雑に受け流して、歩を進める。
「聞いてよ……」
か細い嘆きが背後から聞こえた。姫宮さん、私に付き合ってくれていつも本当にありがとう。この借りは景品で返すことにするよ。
ディーラーに代金を渡す。無造作に置かれたアンティークなライフルを手に取り、左側面と右側面を入念に確認する。木とパイプだけでつくられたような、ひどく簡素な作り。
――もとい、店番の人に代金を払って位置に着いた。
左手で銃身を握り、右手でレバーを力強く引く。次に銃口へ弾薬を装填。
――もとい、準備完了。
ストックを腕に当てがい、ゆっくりと頬付けする。あとはライフル本体と自身の重心を意識して、自然な構えを維持するだけ。
――もとい……って、さっさと撃とう。
両目は見開いたまま、前後の照準を対象に合わせたら。ゆっくり息を吐いてブレが限りなく0に近づいた瞬間、引き金を弾く。
コルクが頼りない音を発しながら景品に当たって、地面に落ちていった。今一つスッキリしない終わり方。微妙すぎる。せっかく脳内でかっこいいガンアクションのシーンを追っていたのに。具体的には主人公が武器を調達して色々いじくりまわすシーンを……
「意外と惜しかったじゃん?」
姫宮さんの声は私を現実に連れ戻した。引き金の重みがまだ残る指を自由にして、答える。
「これって落とさないといけないんだよね」
残りを適当に撃ち切ることにした。並んでいる人達にも悪いし、なんか段々恥ずかしくなってきたし。
隣の男の子を見習って、極限まで銃口を景品へ近づけるようにしたら……ちゃんと構えて撃ったときより景品がぐらついていた。ついに落ちることは無かったけど、最初からこのやり方を知っていたらまた違ったかもしれない。
さようなら、良い格好を見せようと頑張っていたさっきまでの愚かな私。射的には射的のやり方があるらしい。
「終わった? じゃ、別のとこ行こうか」
「うん。姫宮さんは行きたい場所決まってる?」
「ん~。とりあえず目に入った屋台全部行こ!」
うぇ、という情けない声は夜に近づく夕風へと溶け込んで、彼女には聞こえていないようだった。でも結局私を解放することはなかったから、聞こえていたのかどうかは関係無いんだと思う。
辺りの出店を歩き尽くすのに1時間を要した。言い換えれば、姫宮さんが満足するまでにかかった時間が1時間。それもただ歩いていただけじゃない。この場における歩くの意味とは、行き交う群衆をうまくすり抜けながら移動するということ。夏休みも折り返しを優に過ぎて、家に籠ることへの味を占めた両足には負荷が重すぎた。
今は駅前にあるちょっとした広場に腰かけて休憩している。姫宮さんはりんご飴に夢中で、私は両足の淡い疲労感に四苦八苦していた。
期末試験が丁度終わったあたりから始まって、今日に至るまで薄々感じていたこと……姫宮さんの体力は無限なのかもしれない。
「へい碧月さん、もうちょっとしたら次行くよ」
「嘘でしょ……」
まさに『休憩より無駄なことはないんだよ~』なんて言わんばかりに、飴にかぶりつくその速さは増すばかりだった。
あと何十回、何百回驚けばいいんだろう。姫宮さんのようなタイプの友達を持った試しがないから、体力だとか意識の違いに毎回本当に驚いている。
「運動してる? 夏休みだからって、いや夏休みだからこそやんなくちゃ駄目だよ?」
脚をさすってばかりいる私を見兼ねたのか、呆れと共に尋ねられる。最初から、運動していないことを勘付いていたらしい。
今日の体たらくを見れば分かるように、姫宮さんも分かっていた。
「運動の定義は? 捉え方によっては心臓さえ動いてれば運動してるって言えるよ」
「おっけーおっけー。なるほど。してないんだね」
「……ごめんなさい。一切してないです」
小さな抵抗は、大いなる無視によって虚しく散った。
「ま、それは置いといて」
姫宮さんが前置きをもって区切り、私の方へ身を乗り出して言葉を続けた。
「だったら。わたしと一緒に運動しようよ。体力つけるため……っていうのと、あと体育祭もあるし。丁度良いじゃん?」
「あぁ、うん。別に良いんだけど」
顔が近い。そう言って一歩下がるのが理想だった。いつだって現実は理想と違い上手くいかない。こちらが身を引いたら、彼女は空いた距離をすぐに、あらゆる意味で埋めたがる。校舎の外れ、水族館でも同じことをされた――恐らく癖か何か――今は訳が違う。
まさか、屋外だろうとも構わずに密着してくるとは思わなかった。もしかしたら私が知らないだけで、友達に対してともなれば当然なのかもしれない。
「朝、近所を軽く走るだけ。軽く、ね」
「うーん……」
求める答えは得られなかった。本当に聞きたいこと――身体の距離感についてのことと比べれば、他の答えは全部後回しでいい。
……次に姫宮さんが放った一言は、そんな些事をまとめて崩壊させた。
「わたしだけじゃなくて、もう一人一緒に走ってるって言ったら? しかも、碧月さんのクラスの子」
単語を抜き取って、意味を見出すのに時間がかかった。あまりに突然過ぎたから。そして、その上で私が発したものは。
「え」
たった一文字。
「ん? 驚くこと?」
疑問符の滲む表情が私に向けられる。
今まで、勝手に彼女が持つ関係は『広く浅く』だと決めつけていた。でも夏休みに、習慣になるまでの回数会っている相手、少なくとも浅い関係じゃない。もしそれが異性だとしたら……
つまり、姫宮さんからしてみれば、夏休みに何回も会っている友達は私以外にもいる。至極当然だけどなんだか腑に落ちない。
私は自分が思っているよりずっと欲張りだった。もしくはその途中なのかも。
逡巡ののち。姫宮さんがはっとしたような、からかうような口調で付け加える。
「別によく一緒に遊んでる女友達だからね? ふふーん……どんな想像したのかな?」
私の望んだ答えそのままだった。一応、何を言われても軽く受け流すつもりでいた――本当に出来たかはさておき。
とにかく相槌も兼ねて、気になっていることを聞くことにした。
「それで、誰? 多分知ってる」
「多分って。同じクラスなら知ってないとおかしくない? いいや、あのさ、『しの』って名前の――」
下の名前だけを手がかりに思い出そうとして、やめる。姫宮さんが最後まで言い切らず、中途半端に詰まった理由があったから。
ついさっきまで隣に座る私へと向いていた姫宮さんの視線は、今や私のすぐ後ろ側に向いてしまっている。
つられて、振り返ると。
「――って。誰かと思えば」
目前に立っていたのは、たった今話題に出ていた人物だった。
「はろー! とーか、ここにいたんだ」
声と姿で記憶の中の彼女と重なった。席が前後に隣同士で、よくプリントが前の彼女から回ってくる。大半が事務連絡だけど、クラスの中では確実に一番話していると思う。
「かすみんも一緒? へぇ、仲いいの本当なんだ」
春の青嵐に揺れる、藤色のような瞳が私を覗く。一瞬、聞き捨てならない単語が聞こえたような……気のせいってことにしておこう。
「どうも。
テンションをどうにか合わせようと、気の利いた挨拶を考えてみた。ただ、意識して喋ったことのない相手にするような挨拶じゃないような。踏み留まってみた結果、愛想の欠片さえ失ったようなものになってしまった。
「おっす! 久々、元気してた?」
それでも、輝き放つ笑顔のまま私に返事してくれる。
ここ座りなよ、と姫宮さんは隣を指した。
「や、大丈夫。すぐ友達の所戻らないとだから」
「ざーんねん。もっと色々話したかったなー。碧月さんのこととか」
「……何回も聞いたから遠慮しとく。残りは本人からそのうち」
かすみんって私を呼んだのはそういうことだったんだ。
最初呼ばれたときは抵抗感があったのに……今はなんというか、ちょっとだけ嬉しい気持ちもある。あだ名で呼ばれるのも案外悪くないかも。
「とーか、後でかすみんのアカウントちょうだい」
「はいはい。いいよね、碧月さん?」
「いいよ、よろしく」
「やったぁ!」
今日ここに私達がいることは姫宮さんから聞いていたんだろう。加えて私自身の話もたくさん。聞き出したいことを聞き出せたら、さっさと来た場所へ戻ろうとしている素振りからも想像がつく。必死に繋がらない会話を繋げようと、いたずらに時間を削られるよりはずっと良い印象を持てる。
「じゃ私、すぐ向こうに戻らないとだから。2人とも、じゃーね!」
姫宮さんはじゃーねと同じ言葉を返して、私は小さく手を振った。
今まで、香月さんとは席が隣同士なだけの関係だった。プリントが回ってくるときとか、授業中に隣と話し合えって言われたときとかに話を交わすぐらいで。
これからは違う。アカウントも個別に交換するわけだし、きっと以前よりもたくさん喋ることになる。
……姫宮さんがいなくても、ちゃんと会話を続けなければいけない。そう考えると一気に自信が無くなってしまう。はぁ、共通の趣味でもあれば。こんなに悩む必要ないのに。
趣味の同じ友達を探すだけなら難しくはない……いや、やっぱり難しいか。
「あと一個言いたいことあったんだー! ね、かすみーん!」
果てしない雑音の中、かろうじて聞こえた声に私は反応した。逆光の影に覆われた彼女の笑顔は絢爛で、視線を釘付けのまま放さない。思考が妨げられる。思わず身震いした……姫宮さんや彗依先輩とはまた違った艶美さに。
西の太陽を
「今度、一緒にゲームしよーねぇー!」
「………………ん?」
ゲーム……? うん、ゲームか。……いや? ゲーム?
数秒の間、脳を限界まで回転させた。香月さんから独りでに出る単語とは到底思えなくて。それで導き出したのは――単純に聞き間違い。共通の趣味を期待した自分が生み出した幻聴。……その割には、やけにはっきりした発音で聞こえたような。
答え合わせをしようにも、すでに香月さんの姿は周囲の色調に溶け込んで見えない。
たまらず姫宮さんに助けを求める。具体的には、目線をもって訴えることで。
「あーそっか、教えたのは
「教えた?」
「覚えてるかな……」
ゲーム、教える――2つの単語が当てはまる事――加えて姫宮さんが知っている……うん。結論、分からないということが分かった。
……いいから黙って聞こう。
「えっと、確か終業式の日だったよね。碧月さんが遊んでるゲームを見て、同じのをわたしの友達も遊んでた……って言ったの覚えてる? 実はその友達っていうのが紫乃のことでさ」
「あぁ。だから香月さんは――」
直近の日の記憶を順に巡ってやっと、別れ際の誘いが聞き間違いじゃないことに気付いた。まさか香月さんが私と同じ趣味を持っていたなんて。意外どころの話じゃない。学校での彼女にはそんな兆候一つ無かったはず。声をかけ続けていれば、自分のこと相手のことを話し続けていれば、もっと早くお互いに知れたのかもしれない。多少の後悔が胸に生まれた。……もっとも、今は別な感情の方が大きいけど。
「帰ってすぐ紫乃に教えたんだ。もちろん碧月さんの名前も。そしたらすっごい喜んでたよ、『やっと仲間が出来た!』ってさ」
「だろうね。私も同感。よく分かるよ」
「ふふ。紫乃も前々から語りたい相手に飢えてたみたいだし――きっと碧月さんもそうでしょ? 良い機会だね、ほんとに」
姫宮さんはまるで自分事のように頷く。私か香月さんのどちらか、もしくは両方を誇らしげに思っているのかも。
そして、私たちの間に静かな時間が訪れる……ほんの十秒ちょっとぐらい。移動する準備を整えるのにはちょうど良い。
持ち物を整理している私の横で、姫宮さんはおもむろにこう呟いた。
「……あなたたちのことが、羨ましいよ」
遠い黄昏を見つめる儚げな瞳が、浮かれきった気分に強く刺さる。
追及はしなかった。こういう表情をするときは大抵、触れてほしくないときだろうから。
「……っと。よし、屋台巡りの続きといこう!」
彼女の反応は大げさにも感じた。何が起こっても普段の調子に戻れたなら、私が心配する必要は無いはず。そうあってほしい、っていう願望も込みで。
それはそれとして、隙を見計らって一番気がかりになっていることを聞いてみた。
「あとどのくらいここに居るの?」
「んーせめて1時間ちょっとは居たいかな。そのあと別のお店で二次会ね!」
聞いただけでうんざりする時間だけど、姫宮さんと一緒ならどうしてか一瞬で過ぎていく。だから嫌っていう感情はほとんどなかった。嫌なのはたった一つだけ……確定された筋肉痛。明日は家に引きこもろう……
想いは不滅の恒星 ココむら @cocomurark
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