第9話『諦めないで』

「何それ、意味分かんない」


 紅葉の反応に、『やっぱり怒らせてしまった』と思った。強く苛立ち、いや憤りを感じる声音だったから。

 そりゃそうだ。自分に酷い事をした上に、『それが原因で、恋が出来なくなりました』だなんて、平静に聞ける訳がない。

 隠しきれないから話したけれど、バレるまでは隠すべきだったのだろうか?いや、でも、それこそ不誠実で、ちゃんと紅葉に向き合ってない振る舞いだったと思うし……。


「あの腐れ教師、ホンット許せない。私は兎も角、千春をここまで苦しめるだなんて。早く死んでくれないかな、あのクズ」


「……え?」


 私に対してじゃなく、あの時の担任に対して、だったの?

 それも、『千春わたしを苦しめた』から?『私は兎も角』?

 混乱する私に、彼女は言葉を続けた。


「だって そうじゃん、あの教師があんな事さえ言ってなければ、千春だってあそこまで言わなかったでしょ? あのカスがいなければ、違った未来も有ったかも知れない。少なくとも、この4年間は、大きく違ってた筈だよ」


「いや、その、それはそうなんだけど。……なんで『私は兎も角』なの?」


「言ったでしょ、『私は千春が好き』だって。自分が傷付くより、好きな人が傷付く方が、辛いに決まってるじゃん。それに千春は、こうして謝りに来てくれた。加えていえば、私よりも千春の方が、絶対ダメージ大きかったでしょ。私はまだ恋してる。でも千春は、もう恋を諦めてる」


「それは……そうなのかも、知れないけども。紅葉は何も悪くないじゃない」


 そうだ。根元がどこかなんて関係ない。そんな事で、私の過ちは無くなりはしないから。


「それはさっきのキスで相殺したでしょ。だからもう、それは気にしないで。今後そういう態度みせたら、本気で怒るからね」


 紅葉はそこで一旦区切ると、私の隣に移動してきて、私の手を握って開かせた。そして指を絡めると、視線に顔を割り込ませて宣言する。


「私は、この恋を諦めない。だから千春も、誰かと恋する事を諦めないで」


 そう言いきると、ニカッと笑って魅せた。

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秋に鳴らす鍵盤 愚者の鱗 @gusyanouroko

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