第8話『今の私』

「……分かった。紅葉の気持ちを信じるし、『親友』として、また仲良くしたい。もうこれ以上、後悔なんかしたくないから」


 そこまで言って、目を反らす。

 これは言っても良い事なのか、駄目な事なのかは、私には分からない。多分、言わない方が無難な選択で、伝えても傷つけるか、怒らせるだけ。あるいは呆れられるだけかも知れない。

 それでも、これから先、深く関わっていくのなら。決して隠しきれるものでもないから、ここで話しておく事にする。反応が怖くて直視出来ないけれど、『今の私』の事実を、呟くように口にした。


「私はね、多分、彼氏ができるような事はないと思うよ。だから、『千春のファーストキスを奪った』って、気にしたりしなくていい。今後私にキスしたって構わないし、なんなら、『親愛』の気持ちで良ければだけど、私からキスしてもいいくらいだから」


「……それって、どういう事? 自暴自棄にでもなってんの? それともバイにセクシャリティが変化した? あるいはヘテロフレキシブルってヤツ?」


 彼女が訝しむのも当然だ。私は異性愛者だったんだから、性のあり方が両性愛者に変わったか、例外的に同性も愛するようになったか。いずれにせよ『紅葉を愛してる』と気持ちが変わったのでなければ、『自暴自棄』としか思えないだろう。

 でも私としては、セクシャリティが変化した訳でもないし、自暴自棄になった訳でもない。『紅葉に我慢させる事なく、自然体で仲良くしたい』気持ちの方が、『非恋愛対象とのキスへの忌避感』よりも、ずっと強いだけ。

 それに、私自身が、『彼氏作って幸せになる』未来を望めなかった。例え紅葉が許してくれたとしても、違う誰かを選んで幸せになったとしても。『私は、大切な人を幸せにできるような、そういう家庭を築けるタイプじゃない』という諦めが、私の根幹まで染み込んでいた。


「私は異性愛者のままだけど、怖くなっちゃったんだよ。多分私は、『幸せな家庭』を作れるタイプじゃない。誰かに告白されても、『私より相応しい人がいる筈だ』って、頭の中で、もう一人の私が言うんだ。『失望されて、罵倒されて、置いていかれるだけだ』ってさ」


「そんなことは、ないと思うけど」


「いいや、『ある』んだよ。ベクトルは違うけれど、私が初恋をした時だって、彼の事より紅葉の方が大切だった。そんな紅葉を、特に仲が良かった訳でもない、『他人』の言葉を鵜呑みにして、傷付けた。多分私は、これからも似たような過ちを繰り返すと思うんだ」


 『だから私は、それを経験して尚、求めてくれる。紅葉のような人以外とは、距離をおかなくちゃいけない』

 その言葉を飲み込んで、頑張って作った笑みを見せつつ続けた。


「だからさ、気にしなくて良いんだよ。『本当の私』を知った上で、私を好きだって言ってくれるのは。家族を除けば、紅葉くらいだろうから」


 膝の上で握った手から、痛みが滲んだ。

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