第7話『許さなくていいよ』

「私の事、許さなくていいよ。私もあの時の事は許さないから」


 汚れたテーブルと床を見つめながら、紅葉は呟くように話す。強気なセリフと裏腹に、その声色は少し震えていて、緊張しているのが分かった。


「多分私は、これから先も、千春にキスすることが有ると思う。千春は異性愛者だって、私とは違うって、分かってるのにね。私の方が酷い事をしたって理解した上で、それでも止められそうにない。千春は『自分には紅葉といる資格なんてない』って思ってるのかも知れないけど、本当は逆なんだよ」


 目を反らしたままの彼女に、なんて返せば良いのか分からなかった。ただ、今の言葉は本心じゃないだろうな、とは思った。少なくとも私が知る昔の紅葉は、そんな娘じゃなかったから。

 だけど今、強引にキスされた事も事実だった。この4年ほどで、変わってしまったということだろうか。それとも、まだ見えていない何かが、有るが故の行動だったのだろうか。


「紅葉は、どうしたいと思ってるの? あるいは、どうして欲しいと思っているの?」


 紅葉は目をつむって深呼吸すると、視線を私に戻して、今度はハッキリとした声で答えた。


「千春と昔みたいに、仲良くしたい。千春は私に、酷い事をした。だけど私も、千春に酷い事をした。利子とか考えたら、おあいこって事にならないかな?」

「……それは」

「それが出来ないなら、いっそのこと、その心に私を刻み込みたい。グチャグチャに壊して、壊されて。二人で闇の奥深くへと沈んでいきたい」


 紅葉が望んだこと。それは、光か闇かの違いはあれど、『私と一緒にいたい』ということだった。

 ……そうか。『罪』が障害になるのなら、『おあいこ』になることで、相殺することで、一緒にいられるようになりたいって。

 信じがたい事だけど、本当に今でも私を好きだというのは、どうやら本当の事のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る