戦嫌いの武神と小国の王子

ミド

神と人、幾度目かの再会

(これが、ソーマ……)

 王子は振り向いて辺りを伺った。まだ彼の行動に気づいている者はいない。彼は「神の酒」の入った壺を持ち、持参した盃へと中の液体を静かに注いだ。液体が流れるとともに、えも言われぬ香りが彼の鼻腔をくすぐった。物音を立ててしまいはしないかという緊張から、王子には己の心臓の音すら辺りに響くように感じた。

 早歩きでも零れない程度の量を注ぎ終え、彼はそっと蔵を後にした。誰かに見咎められる前に、急ぎ目的を遂げなければならない。この時の為に人目に付かずやり過ごせる場所には目星を付けている。

 王子が忍び足で向かった先は畦道の木の影であった。周囲に彼の行動の意味を知る者がいないことを確かめると、彼は改めて盃の中の液体を見た。

 霊酒ソーマは神々の王の愛飲する酒である。バラモンは儀式において供物を捧げソーマを飲み、インドラ神と対話する。それにより、神は人間のあらゆる願いに応えてくれる。即ちある時は豊穣をもたらす雨を降らせ、またある時は戦における加護を与え、別の時には詩人に優れた言葉の知恵を与える。

(バラモンではないけれど、ぼくになら、できるはずだ。父上が仰っていた。ぼくは神々の王に祝福されて生まれてきたと。それに、母上も……)

 それにしても奇怪な香りのする液体である。インドラ神はアスラとの戦に臨んでこれを豪快に飲み干すというが、果たして、人間の口にはどのような味なのだろう。

 王子は恐る恐る一口飲んだ。やはり異様な風味である。しかし、今更やめるわけにはいかない。彼は、神に逢いたいという一念で蔵から霊酒を盗んだのだ。常に善を志して生きてきたこの王子が悪事に手を染めるなど、十四年の生涯で初めてであり、彼はこれを最後にしておきたいと感じていた。

(そうだ、一度きりだ。このソーマを飲んでインドラ神に逢えれば、ぼくの望みを叶えてくれるはずだ。もしも逢えなければ、二度とは試せない。神はぼくと話す気がないということだから……)

 王子は大きく息を吸って吐くと、一気に盃の中身を飲み干した。彼の四肢には急激に曲がりくねるような感覚が生じ、呼吸は乱れ、体を残して身の内にあるものだけが大きく揺さぶられながら空に昇っていく感覚と共に、視界は極彩色に染まっていった。



 その頃、デーヴァ神族の王シャクロー・デーヴァナーム・インドラはナンダナ庭園で楽しむために宮殿を出て、馭者マータリに用意させた戦車に乗っていた。

 さて、彼を乗せた戦車が進む美しく整えられた道に、一人の年老いて腰が曲がり杖をついた天人が歩いていた。

 天人には五衰の宿命がある。老いに囚われたこの人物もその定めから逃れることはできず、汚れた衣服を纏い体から悪臭を放ち、その有様を見た他の者達からは嫌悪の目を向けられと、常に窮屈な思いをしているのが表情からも明らかであった。

 この天人を目の当たりにしたマータリは振り向いて主君に尋ねた。

「貴方様の行く道に年寄りが居座っております。どかせましょうか」

 王が気分を害さないようにとの配慮からの提言であったが、神々の王シャクラは過度に慮った物言いに却って不快感を抱いた。

「そのような言い方をするな。かれにも我々のように若く輝かしかった時があり、また私もきみも、生を受けた者は誰一人として老いの苦しみから逃れることはできないのだ。この定め故に苦しむ者の心に、無礼な扱いによって更なる痛みを与えるべきではない。かれを無理にどかすのではなく、我々が他所へ回るしかあるまい」

「驚きましたね。陛下はまだお若いのに、老いを我が事のように考えておられる」

 そこで馭者マータリは来た道を引き返し、角を曲がって迂回した。すると道を塞ぐように一匹のナーガがのたうち回っていた。マータリは振り向いて主君に尋ねた。

「貴方様の行く道でナーガが暴れております。矢を放って追い立てましょうか」

「いいや、私が収めよう」

 神々の王はそう答えると戦車から降り、ナーガに近寄り尋ねた。

「そなたは西を守護する四天王ヴィルーパクシャの眷属にして龍の一族を束ねる偉大な王であるのに、何故知性の薄い者のように振る舞っているのか」

 ナーガは自分に話しかけたのがインドラ神であることに気づき、目から涙を流して首を垂れた。

「天上の熟れきったマンゴーの実を山盛り平らげてからというもの、急に腹が痛くなり、三日三晩眠れずここにこうしております。私が痛みのあまり泣いて火と毒を噴いているというのに、薬をくれる者どころか気遣ってくれる者さえおりませんでした」

 そこでシャクラは戦車に積んだソーマを取り出しナーガに飲ませてやった。龍族の王は落ち着きを取り戻し、するすると這って自らの住居や薬のある四天王天へと帰っていった。

 その有様を見て、神々の王は呟いた。

「病とは厭わしいものだ。生ある者は病の苦しみから逃げ切ることはできない。病は人や神を捕らえてはただ苦しめるのみでなく、自制を喪わせ悲嘆にくれさせたかと思えば荒々しい物言いに走らせ、龍王ですら只の畜生と変わりなくしてしまう」

 さてナーガが三日三晩暴れた後の道は大きく穴が開いていた。そこで馭者マータリは来た道を引き返し、角を曲がって迂回した。

 そうして神々の王を乗せた戦馬車が進んで行った先には、兵士が集っていた。彼らは王の車に気づくと一斉に平伏し、事の次第を語った。

 数か月前の戦で息子を亡くしたアスラ族の女戦士が仇討の為に天界の踊り子アプサラスの一員に化けていた。しかし正体が露見して兵士達に追われ、ここまで逃げた末に自害したのだという。

 一部始終を聞いたシャクラは深い溜息を吐き、アスラの女戦士の亡骸を見た。外見上の年齢は彼とそう変わったものではないように思えた。おそらく彼女の息子は初陣か、そうでなくともごく若い兵であったのだろう。

「厭わしい、このような有様を目にするとは」

 神々の王がそう呟くと、天界の兵士達は彼がこの女の死体に嫌悪感を持っているのだと考え、慌ててアスラの侵入を許した警備の甘さや、生け捕りにできなかった追跡者の腕の悪さについて口々に詫びた。

 しかし、シャクラが「厭わしい」と口に出した原因は、全く異なっていた。彼は死体を見たくなかったのではない。彼が忌んでいるのは、この女を死に至らしめた原因、即ち戦と死に他ならなかった。

 ひとたび戦が始まれば、インドラの旗の下で神々はアスラを斬り殺す。そうしない限り神々がアスラによって斬り殺される。だが、そうして互いに殺されることで生じる怨みが次の戦の火種となる。

(アスラの将軍や王族の首級を揚げたところで、次の指導者が立ち戦を仕掛けてくる。我々は、いつまで争わなければならないのだ。殺し合う事のない、安らかな世を築く為にはどうすればよいのだ……)

 勇敢なる戦士の神シャクラが秘かにこのような思いを抱いていることを神々は知らない。彼らの信じる王は、世界の安定のために常に先陣を切りあらゆる敵を豪快に粉砕する武勇の神である。

 さて、立て続けに生の悩ましい側面を目の当たりにした神々の王の頭からは、最早庭園を見たいという気持ちは消えてしまった。代わって、生とはかくもうつろうのであるから、輪廻を越えた永久不変の愛の対象である妃と宮殿で過ごすべきではないかという考えが浮かんだ。

「マータリよ、今日はナンダナ園に向かうべき日ではないようだ。私の戦車を戻してくれ」

「かしこまりました」

 こうして戦馬車に揺られながら、シャクラは気分を紛らわせるためにソーマを盃に注ぎ、ぐいと一口で飲み干した。頭の中が蕩けるような心地よさを感じながら、彼はしばし微睡んだ。


——神よ、インドラ神よ。わたしの問いにお答えください。


 神々の王の穏やかな浅い眠りは、人間の訴えで破られた。

(やれやれ、何の要件だ? 『雨を降らせてほしい』ならまだしも、『戦に勝たせてくれ』というのならば、いっそ聞こえなかったふりでもしてしまえたら良いのに)

 彼はこのように煩わしく感じたが、誰かがソーマの力を借りて彼に話しかけている以上、聞いてやらなければならない。シャクラは渋々精神を集中させた。彼の心身は神の国アマラーヴァティを離れ、人間の世界へと降下を始めた。


——インドラ神よ、教えてください。何故人間は老い、病に苦しみ、死ななければならないのですか。貴方は如何にして、この生存に満ちる苦しみから免れているのですか。


 地上へと下りながら再びの問いかけを聴き取ったシャクラは、いつになく激しい怒りを抱いた。神々の世界にも老人や病人がおり、この世界の誰一人として死から逃れられないことをたった今自らの目で再認し、憂いが生じたばかりなのである。

 だというのに人間は、神の世界に生まれさえすれば永遠の安楽を享受し続けられるという甚だしい誤認を抱いている。

 実に長い間、数多の人間が神の世界に転生することや生きながら神と同じ力を得ることを望みとして神に供物を捧げ儀式を行い、また苦行を重ねてきた。

 中には、「人間から天界に転生した者」は寿命が尽きれば再び死ななければならないのだと認識し、永遠の命を得るために世界の真理なるものを追究する者もいるようだ。しかし彼らもまた、「神」は「転生した人間」と異なり生まれつき老いず神々同士の争いでもなければ死なない不死者であると思い込んでいる。

「生の苦しみから逃れる術が知りたいだと? お前は望みの意味を理解しているのか? そんなことを知る者など、天上にも地上にも地底にも凡そ存在しない!」

 人間と大差ない背丈になって地上に降り立った神々の王が感情に任せて怒鳴ると、彼を呼んだ人間の思念は大きく震え、縮こまった。しかし意識の交信は断たれることなく、却ってシャクラは彼に語りかけた人物をはっきりと捉えることができた。

 それは壮年や老年の神官ではなく少年であった。それも、彼の肉体が木陰でぐったりとしている様を見るに、どうやら神官としての訓練をまるで積んでいない者であるらしい。戦士の神は大層驚き、また子供相手に怒りを露わにしたことを恥じた。

「坊や、怒鳴ったりしてすまなかったな。しかし、事実として私も他の神々も、生から苦しみを取り去る方法を知らないのだ」

 シャクラが歩み寄ってそう言うと、少年の思念は戸惑うのをやめ、却って強く訴えた。

——歳を理由に侮らないでください。わたしはカピラワットゥの王子シダッタ、マーヤーの子、貴方と同じクシャトリヤです。

 シダッタという人間の言い分を聞いたシャクラは、その不遜な物言いに幾らか驚いた。そもそも彼は神への礼節である正式な儀式の手順も知らず、ソーマの力で制御なく跳躍した意識が偶々シャクラの意識と呼応できただけだというのに。

 だが同時に、この少年への関心も生まれた。なにしろ僅か十数年しか生きていない人間が、天の国の皇帝と同じ思いを抱いているのだ。

「これは失礼した、王子よ。だが貴方の望みが困難なものであることは理解してもらいたい。神々もまた生きる限りは老い、病に苦しみ、死ななければならない。神として生まれた者はただ人間より遥かに長く生きる故に、人間から見れば不死に等しく見えるというだけのことだ」

——では、貴方も不死の存在ではないというのですか。

「そうだ。神々の王である私も生まれた時は幼子の姿であったし、また今に至るまでこの身は加齢を重ね続け、いずれは老いて死を迎え精神は別の肉体に宿り生まれるのだ。私の前にも数多の神が天帝の座に着いてきた。私の後はまた別の神が次々にこの位を得るであろう」

 シャクラが人間にこのような事を語るのは初めてであった。この少年には教えるべきだと何かが彼の心の内から強く訴えかけていた。

——貴方が、人間であったこともあるのですか。

 シャクラは自らの過去を思い起こしながらシダッタの問いに答えた。

「王子よ、私の前世は確かに人間であった」

 前世での彼、聖仙ヴィシュヴァミトラの子孫カウシカ氏のマガは地上の王者や神に近い力を持つ者などではなく、小さな村のバラモンの息子に過ぎなかった。しかし、彼はある時、父祖から伝授された儀式をそのまま受け継ぎ繰り返すのみの生活に疑問を抱いた。

「シダッタ王子よ。前世での私は良き来世を望み、【道の人】を尋ねて行った。その後の私は彼の言葉のとおりに生き、多くの者に施す生涯を送った。その【道の人】自身はそれを最後の生として、輪廻から完全に外れた。それがその【道の人】の望みであったのだ」

——インドラ神よ、教えてください。【道の人】とは、一体何者なのですか。貴方はその人からどのような言葉を得たのですか。

 シダッタの思念はしっかりと固まり天上の皇帝を取り巻いていた。神々の王はこの不思議な少年の正体を見極めようと、自らの肉体に千の眼として宿る天眼を露わにし、彼の肉体と思念の奥深くまでを同時に見つめた。


 そこにいたのは、かつて大いなる布施の精神を自らの命でもって示そうとしたあのちっぽけな兎であり、燃え盛る山の火事を自らの翼に含ませた水で消し止めようとした鳥であり、ヒマラヤの雪の中で涅槃に至る道を求め修行するバラモンの少年であった。


 シャクラはその全てに見覚えがあった。大いなる願いを抱いて転生を繰り返し、その度に記憶を失って尚も慈悲と智慧を求める道を選び直す一つの存在。シャクラはこの者について先帝から聞き、自らもその信念を何度も試した。それが今、再び凡そ全てを忘れて人間の王子として生を受け、神々の王に語りかけている。シャクラにとってはそれが実に感慨深かった。

(では、この稀有な存在の問いにどう答えるべきだろうか。彼が過去の自分を忘れているのならば……)

「私はこのように聞いた。『諸行は無常である。これらは生じては滅する定めにある。』シダッタ王子よ、これが私の出会った【道の人】の言葉だ」

 シャクラが語ったのは、マガが聞いた説法の一部であり、ヒマラヤの雪の中で過去のシダッタに一度伝えた言葉だ。

——ちがう。

 シダッタの思念は鮮明に輝いた。シャクラにはその理由がわかっていた。彼がたった今口にしたのは、実は【道の人】の言葉のうち半分に過ぎないのだ。

(この少年は人間の身でありながら、これだけで過去を思い出したのか。実に面白い)

 シャクラは内心で歓喜しながらも平静を装って答えた。

「『違う』とは? 友よ、この私が貴方に対し偽りを口にする理由がどこにあるだろうか」

——インドラ神よ、その言葉には続きがあるはずです。わたしには、そう思えてなりません。

「シダッタ王子よ、私は【道の人】からこれを聞いたのだ。知りたければ【道の人】に逢え。或いは……」

 その時、神々の王の耳は王子を探す人間の声を聞いた。このまま目を覚ましてしまえば、少年の身には余る量のソーマを口にしてしまった王子の肉体には悪い影響が出る。酔いを醒ましてやらなければならないと彼は判断し、指先でシダッタの腹に軽く触れて癒した。


 体から神酒が抜けたことで、シダッタ王子の思念は身体に縛り付けられた。彼は目を開き、そこに立っているシャクラの姿を見た。そして驚きのあまり咄嗟に後ずさろうとして、木に頭をぶつけた。

「眼……、あっ、あの……それ、貴方は……」

 王子シダッタは瞬きを繰り返し、言葉にならない声を発しながらシャクラを眺めた。緊張の糸が切れたらしく先程までとはがらりと変わり、子供のように戸惑っている王子を見て神々の王は苦笑した。そして、自らの体を指差して尋ねた。

「この眼が恐ろしいのか。バラモン達が私についてこうした姿を持つと語っていなかったか?」

「いえ、恐ろしいというよりも、話に聞いて知っていても、ぼくは神を見るのは初めてですから、ただただ驚いています。本当に、身体が黄金に輝いていて、戦士の中の戦士と言うべき逞しさで、美しい顔で……ああ、やはり眼は少し怖いですが……」

 自慢の千通眼もそうまで言われては収納してやらなければなるまいと、神々の王は千の眼を体表から体の奥深くに沈めた。

「えっ!」

 シダッタ王子は再び驚きの声を上げた。

「友よ、一々驚くな。私は天界においてもいつもはこの姿だ。目を開いたままでは生活に不便だからな」

「あ、そ、そうなんですね」

 シャクラにはシダッタの様子が愛らしく思えた。彼の友である天界の神々の子供達もそれぞれに可愛いが、この少年にはそれよりも増してシャクラの心を惹きつけるものがあった。利発そうな表情と整った顔立ち、積み重ねた過去の徳、それだけでなく彼には読み取れない何かがまだ隠れているように思えた。

 王子を傍で眺めようと、神々の王は王子と同じ木の陰に入りすぐ横に腰を下ろした。

「さて王子よ、随分と無茶な飲み方をしたものだな。ソーマは人間にとっては水で薄めて飲むものだ。おまけに、この私と対話するというのに、儀式も行わなかったとは。よくお父君や宮廷のバラモン達が君の振る舞いを許したものだ」

 シャクラがそう言うと、シダッタ王子は視線を地面に遣り、もごもごと呟いた。

「許してもらったわけでは……」

「おや? ということは、貴方はこれをお父君のもとから盗み出したのか」

 黙ったまま赤面するシダッタ王子を見て、神々の王は大笑いした。

「ハハハハハ! 面白いな、そんなことをして、君はいずれ転輪聖王にでもなるのか? その豪胆さに免じて、君が黙って持って行ったソーマは私が注ぎ足そう」

 シダッタは安堵したようだった。その時再び王子を呼ぶ声がした。教師であるらしく、授業の時間が来たと言っている。

「勉強もすっぽかしたのか」

 シャクラのからかうような言葉に対し、シダッタは少し腹を立てたようだった。

「全部、貴方と逢うためにしたことですよ! ぼくは、本当に命あるものが生の苦しみから逃れる方法を貴方に尋ねたかったんです。だけど、まさか神ですら苦しみながら生きているなんて。人と比べてこんなにも美しく輝いていて、欠けたところのない貴方達が」

 シダッタの視線は黄金と宝石に飾り立てられたシャクラの筋骨隆々とした太い腕や胸を眺めまわした。

 多くの神々は自らを人間から畏敬の目を向けられるべきものであると捉えている。神々の王は敬意を要求することはないが、そのように扱われることを誇りとしていた。だが今、彼はこの少年から「いきもの」として見られるのもそう悪くはないと感じている。

「君を落胆させて済まないが、天界の私の宮殿の程近くにおいてすら、老いた者も、病を得た者も、死ぬ者もいるのだ。それが神々の王の真実の言葉だとしか言うほかない。君の望む答えを得るには、私や他の神ではなく【道の人】を求めるべきだ」

「【道の人】……貴方に、『諸行は無常である。これらは生じては滅する定めにある。』、そしてそれに続く何かを語った、『人』を?」

「そうだ。さて名残惜しいが、私はシダッタ王子以外の人間と語り合う心算はない故に、今は去ろう。だが王子よ、私は君が好きであるし、君がいずれ偉業を成すのだと知っている。その時が来れば、また君に会いに来る」

 シャクラがそう言って立ち上がると、シダッタ王子は慌てて地に頭を付けた。

「インドラ神よ、わたしの問いに答えていただいたことに感謝いたします」

 神々の王は膝を折り、王子の両肩に手を置いた。そして驚いて顔を上げたシダッタに向かって微笑んだ。

「友よ、ひれ伏す必要はない。それと私のことはシャクラ、君たちの言葉ではサッカと呼んでくれ。それが生まれ持った名だから」

 それだけ言うと、呆然としているシダッタを置いて神々の王は神の国アマラーヴァティへと帰って行った。




 それから二十年程の後、神々の王はこの時の答えを見出したシダッタに平身低頭して教えを乞う立場になるのだが、それはまた別の話である。

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