短編ホラー

@imotozirou

えんがちょ

「あ………」

私は下の子と近所を散歩していた。彼が何かを見つけたようだ。

見ると、それはカラスの死骸だった。車に轢かれたのだろう。

「………」

彼はまだ幼い。そのショッキングな光景に言葉が出ないのも当然だ。

「………行こう。」

私は彼の手を引く。

「待って。えんがちょ、切らなきゃ。」

不意に、懐かしい記憶が蘇る。小学生の私。放課後、帰り道に、この遊びをしたことがある。

とおるくん。

いや、そんな子は知らない。記憶にない。だが、とおるくんは、

「はい。」

彼は私に両手の人差し指をつけて差し出す。そうだ。そんなやり方だったな。縁起の悪いものを見たとき、こうやって悪い縁を切ってもらうのだ。そういえば、私の小学校では、えんがちょを「結ぶ」というのもあったな。どんなものだったか………

私の指が、彼の人差し指を離す。

「うん、じゃあ、次はぱぱの番だよ。」

私も彼の真似をして、人差し指をつける。

「えんがちょ切った!」

彼は元気な声でそういいながら、切る動作をする。

とおるくん。ああ、とおるくんは近所の友達だった。同じクラスだった。毎日一緒に登校して、帰っていた。でも、おかしいな。中学でとおるくんと話した記憶がない。地域の小学生はみんな同じ中学校に行くのに。

「ねえ、もう一回!もう一回!」

彼はもう一度えんがちょを切りたいようだ。仕方ない。

「えんがちょ切った!」

そうだ。とおるくんは、いじめられていた。どうして忘れていたのだろうか。私は、友達だったのに、どうして助けてあげなかったのだろうか。とおるくんの細い腕にあざができていたとき、どうしてそれを見ないふりしたのだろうか。

「もう一回、えんがちょ、して。」

「ああ。」

「えんがちょ切った!」

とおるくんの、痩せた腕に痛々しく、傷跡ができる。それを見て、あいつらはえんがちょを切った。それをつけたのは自分たちなのに。気持ち悪いと、そういいながら笑っていた。

「えんがちょ切った!」

卒業式、とおるくんは確かにいなかった。私の隣の席だったのだから覚えている。ん?小学生の時の記憶をどうしてこんなにはっきりと思い出せるのだろうか。

とおるくんはどうなったのか。

えんがちょ。

私はそれを何度も結んだ。

忘れるために。

覆い隠すために。

「えんがちょ切った!」

私は、とおるくんに、何をしたのか。

私が、私の、一人息子と同じ歳のとき、どんな過ちを犯したのか。

一人息子………

「えんがちょ切った!」


気がつくと、カラスの死骸など無く、彼が、じっと私を見つめている。

「えんがちょ、切れた?」

ああ、切れたよ。だから、


私はえんがちょを結んだ。

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