フリーズ27『天空の夢、ラカン・フリーズの門の先』
空色凪
フリーズ27『天空の夢、ラカン・フリーズの門の先』
夢を見ていたんだ。
僕が死ぬ夢をずっと。
遠い空は晴れていて、まるで時が永遠に止まったかのような錯覚を抱いた僕は涙ぐむ。この凪いだ渚の心根を忘れはしない。
ここは第七世界の門前。僕は階段の縁のギリギリのところに立って外界を見る。遠くには全時間軸の宇宙が描かれたクリーム色の雲が空に浮かんでいる。雲の下には第六世界『楽園』が広がっていた。思えば長かった。僕はここまで来るのに何度六道輪廻の輪を巡ったことか。ちょうど物質世界の最果てから見張る景色に僕は息を呑みながらも、今まで歩んできた記憶らを追悼する。
「何見てるの?」
「僕たち、もうここには戻らないんだよね」
「そうね……」
僕に声をかけたヘレーネは、僕と同じように第六世界の方を見下ろしている。僕よりも景色に見入る彼女の横顔は、何万日も見てきたどんな彼女よりも美しく感じられた。
「ヘレーネ、僕の告白を聞いてくれないかな」
「いいよ」
彼女は空を見ながら応えた。きっと景色が美しいからだと思うけれど、僕の気持ちは今にも張り裂けそうだった。
「僕はヘレーネがずっと好きだった。出逢ってからも好きだし、これからも好きだ」
「私もよ、私もリョウが好き」
ヘレーネは僕の手をとって微笑む。今、彼女の瞳の中には僕しか映っていない。そんな彼女は何よりも美しかった。だが、そんな瞳が揺らいだ。
「リョウ、愛してるわ。だけど……」
ヘレーネの涙につられて僕も涙を流していた。だが、いくら泣いたって結末は変わらない。全ての人生はこの日のためにあるのだから。定めは絶対なのだから。第七世界への門『ラカン・フリーズ』をくぐった先、そこにはもう、自他という概念がないのだから。
「行こっか」
「そうだね」
別れが悲しいから泣くのではない。嬉しいから泣くんだよ。だって、やっと還れるから。本来の魂の在り方へと、夢に見た庭へと。第七世界『天上』は、全ての始まりと終わり、不可能点でさえ内包する無限の世界。僕はヘレーネと手を繋いで、残りの階段を上がっていく。
「なんだか懐かしい気がするね」
「そうね、ここに来た記憶はないはずなのに」
階段を登り終わると、あたりは真っ白の空間となった。振り返ると、そこにはもう階段はなかった。遠く、門があった。ラカン・フリーズの門は不可視の門。概念で見るしかないが、確かにそこにあることを感じた僕は、ヘレーネの手をぎゅっと握った。
「いよいよだね」
「うん……」
僕たちは見えない門へと歩き始める。その行為でさえ、もはや概念でしかない。ここより先は自他の自己同一性が無くなる。一歩、一歩、噛みしめるように。今思うと、僕は今までたくさんのことを味わってきた。生まれた意味を探し続け、ヘレーネとのキスさえ味わった。
僕らホモ・サピエンスはいつだってそうだ。色調、音調を解し味わう僕たちだからこそ、むしろ、ここまでやってこれたんだ。
思案に耽っていると、天には青空が広がっていた。地平面まで『時空の水』が鏡のように広がっていて、雲や光を美妙に映し出す。ねぇ、綺麗だよ、ヘレーネ(リョウ)? 嗚呼、今やっと、僕たち私達は一つになったんだね。本当の意味で一つになれたんだ。キスもセックスも、どんなに語らい合った言の葉も。でも、やっと一つになれたんだ。
さっきの白い世界が『無界』だとしたら、ここが入口なのかしら。きっとそうだよ。
なら、この海の中が第七世界なのかな。『エデンの書』に『第七世海』って表記されてたのはこの景色を見たからなのかな。ならさ、きっとここから下界に帰った人がいるんだね。どうなんだろう。まぁ、いいさ。それより……。
これより第七世海=イデアの海に溶け込む僕たちは最後のキスをする。
愛してる、リョウ。僕もだよ、ヘレーネ。
概念のまま、唇を離したヘレーネは僕の手を放し、『時空の水』へと飛び込んだ。同時に僕も。世界は溶け合って、やがて一つになった。全能と全知、終末と永遠。無時間の中で、涅槃は凪のようであった。
だから、僕は終末と永遠の狭間でした、君とのセックスを忘れはしない。
フリーズ27『天空の夢、ラカン・フリーズの門の先』 空色凪 @Arkasha
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