第16話

「ヴィムちゃん、ヴィムちゃん」


「?」


 呼びかける声に、ヴィムはキョロキョロと周りを見渡した。

 やがて木の影に声の主を見つけると、パッと顔を輝かせる。


「スナフおにーちゃん!」


 大声で呼びかけるヴィムに、スナフは「しー」と人差し指を立てた。

 次いで手招きで、「おいでおいで」のジェスチャー。


 ヴィムは素直に寄ってくる。


「久しぶりだね、おにーちゃん! こんにちは!」


「うん、こんにちは」


 相変わらずの元気な少女に、スナフは笑ってその頭を撫でた。

 会うのは一ヶ月ぶりくらいだろうか。


「ところでヴィムちゃん。まったくもって俺が言えた義理じゃないけど、あんまりホイホイと人についていっちゃダメだよ? ヴィムちゃんのことを狙う悪いおにーさんたちもいるんだからね」


 少女の将来を憂い、そんな忠告をしてみる。


「? わかった」


 全くわかってなさそうな顔で、ヴィムは頷いた。


「ま、それはいいや」


 スナフは苦笑いを浮かべる。


「今日は、ヴィムちゃんに渡すものがあってね」


 懐から取り出したのは、キラキラとした石。

 魔石だ。


「あっ!」


 ヴィムも敏感に反応する。


「ラナリスおねーちゃんの!」


 正確には、同じ材質で作れば誰が作っても同じような外見の魔石になるのだが。


 ヴィムにとっては、この形状の魔石は全てラナリス製のものなのだろう。


「うん、そうだよ」


 しかし、スナフも同意する。


「わたしの、いつのまにかなくなっちゃってたの……」


 シュンとヴィムはうなだれた。


 そんなヴィムの頭を、再び撫でる。


「それは、ラナリスねーちゃんがヴィムちゃんを護ってくれたからなんだ。ヴィムちゃんのせいじゃないよ」


 事実である。


 ヴィムが持っていた魔石は、『擬死』の魔法が込められたものだった。

 あの広場での出来事の際、その場にいた全員にヴィムが燃やされる幻を見せたのだ。


「だからほら、代わりを用意してくれた」


 ヴィムの手をとり、魔石を乗せる。


「……ラナリスおねーちゃん、死んじゃったの?」


 顔を上げたヴィムの目には、涙が溜まっていた。


「みんな、おねーちゃんのこと話しちゃいけないって言うの。もう死んじゃったんだって」


 村人の立場としては、当然そうするしかないだろう。

 魔王とは無関係であることを装わなければ、下手をすると村ごと消滅などといったことにもなりかねない。


「ラナリスおねーちゃんは、死んでないよ」


 ヴィムの頭を撫でながら、スナフは優しく微笑む。


「ヴィムちゃんが覚えている限り、死なないんだよ」


「……? どういう意味?」


 六歳の少女には少々難しい話題だ。


「そのうち、ヴィムちゃんにもわかると思うよ」


 ポンポンとヴィムの頭を叩いてから、スナフは立ち上がった。


「それじゃあね」


「あ、おにーちゃん!」


 踵を返そうとするスナフを、ヴィムの声が呼び止める。


「ちょっと待ってて!」


 言うや、ヴィムは全速力で村の中へ戻っていた。


「……?」


 少女の意図を図りかね、しかし急ぎの用があるわけでもない。

 スナフは素直にそこで待つことにした。


 しばし。


「おにーちゃん……」


 手に何かを持って、息を切らしたヴィムが戻って来た。


「これ……」


 ヴィムから手渡されたのは、カラフルな粘土で作られた人形のようなものだった。

 二体あったので、しゃがみながら両手で一体ずつ受け取る。


「これは?」


「ラナリスおねーちゃんと、スナフおにーちゃん!」


 尋ねると、満面の笑みが帰ってきた。


 なるほど言われて見てみれば、二体の人形はそれぞれ髪の部分が黄色と黒で形作られている。


「もらっていいの?」


「うん! ラナリスおねーちゃんに会ったら、見せてあげてね!」


 自慢の作品なのだろう。

 ヴィムの表情は得意げだった。


「わかった、必ず渡すよ」


 再び、立ち上がる。


「おねーちゃん、また来てくれるんだよね?」


 少女の問いには答えず、ただ微笑みだけを返してスナフは立ち去った。



   ◆   ◆   ◆



 ロケイルの村から、離れてしばし。


「はい、これ」


 木陰にいた人影に、スナフは人形の片割れを差し出した。


「これは?」


「ヴィムちゃんから。会いたがってたし、魔石くらい自分で渡せばいいのに」


「それが出来るならやっている」


 鬣のような金髪を帽子で隠して不満げに唇をとがらせるのは、ラナリスだ。


「私は死んだことにする、それが一番いいと言ったのはお前だろう?」


「まぁねー」


 スナフは苦笑いを浮かべる。


「でもほら、一生俺が傍にいるんだからさ。日陰者でも問題ないでしょ?」


「そのような話はしていない」


 顔を近づけてくるスナフを、片手でグイと引き離した。


「つれないなー、ちょっとキスしようとしただけじゃない」


「お前のキスは信用ならない」


 ツンとラナリスは顔を逸らす。


「あれー、まだその話引っ張るか」


「当たり前だ!」


 かと思えば、激しい剣幕で振り返った。


「なんだ、私とのキスの度にお前の魔力を注入していて!? それで最後の瞬間、私を仮死状態にして誤魔化したって! そういうことができるなら先に伝えておけ! だから私は……私は……」


 今際の際――と、ラナリス自身は思っていた――場面を思い出して、ラナリスは真っ赤になった。


「や、あれ結構成功率微妙だしさ。変に期待させても悪いかなーと思って」


「……それに、だ」


 少し落ち着いてきたか、口調が静かなものに戻る。


「それではまるで、お前はそのためにキスしていたみたいじゃないか」


「……そんなこと気にしてたの?」


 スナフは意外そうに目を見開いた。


「だって、私だけが浮かれていたみたいで……」


 赤かった顔をさらに赤くして、ラナリスは俯く。


「……まったく君ってやつは。時折、とんでもない攻撃をしてくれるね」


 スナフの顔も、少し赤くなっていた。


「そんなこと言われちゃうと、無理にでも奪いたくなっちゃうよ」


 ラナリスの顎を持ち上げ、スナフは強引に自分の方を向かせる。


「ダメだと言っているだろう」


 しかし、にべもなくラナリスはスナフの手を払った。


「……でも、それじゃラナリスも辛いんじゃない?」


 心底残念そうに、スナフが言う。


「ふん……だからな」


 ふいに、ラナリスがスナフの後頭部に手を回した。

 グイと引き寄せ、口付ける。


「私からすれば、問題ない」


 唇を離した後、ラナリスは赤くなった顔を再び背けた。

 口元を引き結び、スナフの方など見るものかという意思が見て取れる。


「……ははっ」


 呆気にとられた様子から一転、スナフは楽しそうに笑った。


「じゃあ、ラナリスが沢山キスしたくなるように頑張るかー」


「あぁ、せいぜい頑張るがいい」


 二人、歩き出した。


 ツンとしたラナリスに対して、スナフが手を変え品を変えご機嫌をとる。

 基本的にラナリスは冷たい反応をするものの、時折赤面したり嬉しそうに笑ったり。


 そんな光景が繰り返される。


 かつて、歩む道が真正面から衝突していた二人ではあったけれど。


 今は……今後は、ずっと。

 同じ方を向いて、歩いていくのだろう。


 そんな風に思わせる、穏やかな姿であった。






―――――――――――――――――――――

本作、これにて完結です。

最後まで読んでいただきました皆様、誠にありがとうございました。


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魔王、攫います はむばね @hamubane

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