第16話 戦略会議
ポップアップ本社。
会議室。
ニッポニアに関する決定権を有する、会社でも有数の幹部が机を囲む。
シリアスな雰囲気はなく、しかし、和気あいあいとしているわけでもない。
皆、自然体で椅子に座っている。
山辺は手元の資料を見る。
自分が担当する、アカデミー生の情報が乗っている。
アカデミー3日目の能力検査の結果が詳細に記されていた。
「優秀な人が多いようですね」
「その分、数値に出ない性格に難がある生徒が多いです」
「それは、そういう採用の方針だからでしょう?」
幹部たちの会話のなかで、採用担当者に話題の矛先が向く。
皆の目線の先にいたのは、おっぱいの大きい、メガネの女性。
「この世代の子たちが彼女と同期になることは分かっていますから。それよりも、彼女の数字の恩恵を、誰に与えるのかというのが重要です。山辺さんのなかでは、もう決まっていますか?」
「はい」
山辺はハッキリと返事をする。
胸メガネが言っているのは、『沢田 綿麦』と同期でデビューさせる人物を誰にするかということ。
「わたしとしては『寺小町 てち子』『照間 蛍』の二人を推薦します」
「理由は?」
戦略担当室長が理由を聞く。
「消去法です。『恩田 透水』『蟹江 笑顔』は男性なので無し。『多々良 転寝』『烏丸 梓』に関しては、彼女の恩恵が無くとも数字を伸ばすポテンシャルがあると考えています」
「ふむ。『寺小町 てち子』はダンス。『照間 蛍』はゲームか」
「二人とも、魅力的な特技を持っていますが、数字は伸びずらいと思うので」
「……麦茶乙くんはどう思うかな?」
Vtuberで唯一会議に参加している乙骨 麦茶乙は、ニッポニア社員、Vtuber含めて、最も賢い人物である。
戦略を考えるのも得意だった。
趣味は、啓蒙。特技は、道徳。
Vtuber同化現象が発生して、赤い目と、白い髪が特徴的だ。
帽子とサングラスをしていないと、外を出歩くことができない。
麦茶乙は、資料に目を落としたまま口を開く。
「正直『照間 蛍』は同期デビューじゃなくても、ゲームをしていたら『沢田 綿麦』と絡みはあるだろ。恩恵はそれで十分だ。『寺小町 てち子』に関しては、3Dを手に入れるまでダンスって特技を活かせないのに、序盤に数字のブーストをかける必要はないだろ」
「え、えっと」
「わたしが言いたいのは、『沢田 綿麦』に関して考えるときは消去法じゃなくて、積極的にやってほしいってことだ。いいか? 『小湊 みさき』はニッポニアに所属しているどのVtuberよりも、チャンネル登録者がいたんだ。その数字を、ただの底上げに使ってしまうのは勿体ない」
「ご、ごめんなさい」
麦茶乙に戦略を全否定された山辺は、誰が見ても分かるほどたじろぐ。
「謝らないでくれ。否定するだけじゃない。わたしも考える。まず、そもそも、なぜ7人を同期でデビューさせない? できるなら、それが一番良いだろう? できない理由を教えてくれ」
「彼女の性格の問題です。アカデミーでの様子を見ていても、大人数だと前に出れない性格なので、同期が7人だと同期のコラボやライブで埋もれてしまう可能性があります」
「……納得した」
全員に恩恵を与えようとして、『沢田 綿麦』が埋もれてしまえば元も子もない。
「視点を変えて『沢田 綿麦』を最も活かす形でデビューされるとしたら誰になる? アカデミーでの様子を見て、彼女と一番、仲がよさそうな人物は誰だ?」
「それは『恩田 透水』ですね」
「じゃあ、彼は第一候補だな。……ギャンブラーか。いいじゃないか。ニッポニアにも競馬が好きなVtuberが何人かいるけど、そいつらの上位互換的な立ち位置でデビューできる。男というだけで可能性を排除したのは、どうしてだ?」
「……えっと、ダメではないのですが、その」
麦茶乙から追及され、山辺は口淀む。
「なんだ?」
「……湿度が」
「湿度?」
「……そうです。『恩田 透水』と『沢田 綿麦』は湿度が高すぎます。傍からみていて、恥ずかしくなるというか、キュンキュンするというか。火力が高すぎて、死人がでるというか」
「は、はあ?」
麦茶乙は、様子がおかしくなった山辺に困惑する。
山辺はVtuberのオタクだった。
そしてVtuberの関係性を楽しむ、生粋のカップリング中毒者、カプ厨でもあった。
「だって、恩田って苗字をあげたんですよ。それってもう結婚ですよね? あんな姿ユニコーンが見たら、死んじゃいますって」
ユニコーンというのは、女性Vtuberが男性と絡むのはNGという考えを持つファンの蔑称だ。
別名は処女厨。
処女にしか懐かないと言われるユニコーンの神話に基づいている。
カプ厨とユニコーンは相反する性質のようにも思えるが、しかし山辺はユニコーンの気持ちも分かってあげられる。
「つまり『恩田 透水』と『沢田 綿麦』を同期にしたら、一部のファンの取りこぼしがあるということだろ?」
「そうです!」
「ふむ。まあ、いいんじゃないか?」
「え?」
「めっちゃイチャイチャじゃんこいつらみたいなVtuberがいても面白そうだ。ユニコーンがいなくなっても、山辺のようなカプ厨が盛り上がるはず。そもそも、処女厨というのは名の通り何も生み出さないが、カプ厨はコンテンツを生み出す。山辺が言う、二人の湿度ってやつも、配信では武器になる」
「そ、そうですか」
麦茶乙はそういうが、ユニコーンは巨大勢力である。
炎上させるパワーを持っているし、理論0、感情論100なので瞬発力もある。
そもそも『小湊 みさき』のファン層を考えたときに、ユニコーンは多いと予想できる。
「……安全策をとるなら『恩田 透水』はオススメしません。巨大な数字は上手に使えば大きな力になりますが、その分、反転してしまえば、巨大な敵になってしまいます。ユニコーンは恐ろしいですよ」
一歩間違えたら、炎上。
その炎上を見て、外からは馬鹿にされる。
男女の関係が原因となれば、様々なレッテルと相まって、Vtuberとしての名前に悪印象が付いてしまう。
名前についた悪印象を回復させるのには、時間がかかる。
どれだけポテンシャルのあるVtuberでも、デビューしたばかりの時期に炎上してしまえば、数字が伸びるのに時間がかかる。
「恐れていては始まらない。それに、上手く使うのが事務所の役目だ。わたしの意見は『恩田 透水』で変わらない。どうするかは、事務所が決めてくれ」
「……『恩田 透水』と『沢田 綿麦』を同期でデビューさせるなら、あとの一人はわたしに決めさせてください」
「誰か、適任がいるのか?」
『恩田 透水』にポテンシャルがあるなら、賭けに出る必要はない。
賭けに勝った結果、どのような成果を得られるのかというのも、定かではない。
しかし、彼はその賭けを受け入れるだろう、と山辺は考える。
彼はギャンブラーだし、彼女に惚れている。
「……『烏丸 梓』です」
「……ノンフィクション作家か」
たとえ『恩田 透水』と『沢田 綿麦』の相性がどれだけよくても、Vtuber業界というのは、それを受け入れる器がない。
「彼女は劇薬です。『烏丸 梓』はVtuberを根底から覆す可能性があります」
Vtuberの横顔~同期の陰キャVtuberの前世が、卒業した伝説のアイドルVtuberだった~ フリオ @swtkwtg
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Vtuberの横顔~同期の陰キャVtuberの前世が、卒業した伝説のアイドルVtuberだった~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます