2章 わたわた無双

第15話 沢田 綿麦

 恩田 詩音は26歳だ。

 14歳のころにインターネットと出会う。

 最初はお絵かき掲示板に生息した。

 顔の知らない、誰でもない人と交流するのが楽しくて、詩音はインターネットにのめり込んだ。

 学校で周囲の人間と馴染めなかったというのもある。

 

 Vtuberになる前は、ニコニコ動画でゲーム実況をして活動していた。

 はじめて投稿した動画は、水タイプ縛りでポケモンをプレイする動画。

 再生数は伸びなかったけど、クリアまでやり遂げた。

 ちょっとバズったのは、パジャマで踊ってみた動画。

 可愛らしく振舞うのは得意だった。

 

 アンメリカからスカウトを受けたのは19歳のときのことだ。

 高校を卒業して、実家でニートをしていたから、二つ返事で了承した。

 

 当時のアンメリカはスタートしたばかりで、方針もふんわりとしていた。

 一生懸命頑張るぞという気概はあったが、何をどうすればいいのか分からずに、最初はのんびりゲームをしていた。

 のんびりゲームをするだけで、不自由なく生きていける程度の収入にはなった。


 ゲーム以外では、たまに歌ってみた動画を出してみたり。

 歌ってみた動画を出すと、ファンやメンバーから褒めてもらえるから嬉しかった。

 歌に自信があるわけではなかったので、ボイトレに通ったりもした。


 活動初期は、他のメンバーと比べてもチャンネル登録者が伸びづらかった。

 当時はVtuberのゲーム配信自体が、そこまでパワーのあるジャンルでもなかった。

 Vtuberのゲーム配信の人気に火が付くのは、軽樽、解熱の活躍と、人気ゲームの台頭がキッカケだ。

 同期のVtuberと差が開いていくけど、楽観的に考えていた。

 

 そのころは、まだニッポニアや他のVtuberとの交流もあった。

 ゲームの大会に参加して、陰キャながらに頑張って会話をした。

 軽樽、解熱とは、ゲーム大会で出会った。

 ゲームの実力には自信があった。

 陰キャで、なかなか目立たなくても、ゲームで活躍すると注目して貰えた。

 

 

 とある事件があり、アンメリカは鎖国的になる。

 それからアンメリカは、楽曲や、3Dに力を入れた

 オリジナル楽曲を制作し、アニメーションでMVを作成。

 ネット広告にお金をかけて、知名度を増やす。

 

 チャンネル登録者が100万人を越えるころ。

 小湊 みさきは歌って踊るアイドルVtuberになった。

 

 そんな人気アイドルVtuberが、人気ゲームをプレイする。

 アンメリカの鎖国も緩和され、有名なストリーマー大会にも参加する。

 小湊 みさきの人気は、青天井。

 

 しかし、6年が経っていた。

 


「こんなところかな」

「そんな順風満帆で、よく小湊 みさきを諦めたねえ」

「梓と一緒だよ。わたしは、わたしが好きなんだ」

「うっ」

「……わたしの家でイかないで」

「……ふふ。耐えたよ。寸止めは得意なんだ」

 



 詩音は、烏丸を自宅に招いていた。

 詩音の家は、都内にある高級マンションの4階の角部屋だ。

 一人暮らしをするには、あまりにも広く、自動掃除機と猫が忙しそうに駆け回っている。

 耐熱、耐震、防音に優れたマンションで、配信者にはもってこいの物件だった。



 烏丸は、詩音の部屋に一度だけ来たことがある。

 アカデミー初日、道で放尿した後のことだ。

 あの日は、ほとんど気絶していて、部屋をよく見ていなかった。

 翌日も詩音が友人と用事があるというので、起きてすぐ、朝一で帰された。



「恋人はいるのかな?」

「今はいないよ」

「経験はあるのかな?」

「これも本に書くの?」

「もちろん。小湊 みさきの裏を書きたいんだ」

「はあ……。あのときの6年間は、いなかったよ」

「それは、君の優しさかな? それとも事実かな?」

「優しい事実だよ」

「言葉が上手いねえ」

「6年間も人前で話し続けたら、上手くもなるよ」



 烏丸はソファーに座りながら、ペンを走らせる。

 メモ帳には、詩音の惹句と、自分の感想を書く。

 詳しい情報は、録音で後から確認できるようにする。



「みんなに話すのはいつになるのかな?」

「なにを?」

「自分が、小湊 みさきの中の人だってこと」

「わたしから言うことはないよ。みんなが勝手に気づいて、聞いてきたら、否定はしない」

「アカデミーの授業はどうするんだい? 手を抜くのかい?」

「どうして? 一生懸命頑張るよ」

「そうかい。いや、いいんだ確認しただけだよ」



 アカデミーの授業を伝説のアイドルVtuberが一生懸命取り組んだら、無双してしまうのではないかと、烏丸は危惧した。


 しかし、それはそれで面白いかと思い直す。


 とにかく烏丸は、詩音が圧倒的に活躍するような展開を望んでいた。


 

 


 




 

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