第5話 独白殺し

「似てる似てないで考えてええことちゃうよ。君は僕みたいな赤の他人に先輩の面影重ねて泣いてそれで気持ち楽にしてええ人間やないでしょ」


しばらく私の鼻を啜る音だけが響いた公民館の一室に冷えた声が響いた。山下は厳しかった。私はびっくりして都合の良い涙はすぐにひっこんんだ。


「その先輩も迷惑な人だけど、君は託されてしまってるやん。言うた通りに死ぬなんてさ、絶対に君に刻み込もうとしてるでしょ。君はもう逃げられないやん。どうでも良い人でもない、ずっと仲良くできると思った人が君に話して楽になった。君は僕みたいなよくわからん人間に話して何を気持ちよくなってるの?」


山下は遠慮なく厳しいことを言った。私は何も言えなかった。


「それお母さんにも言えてないでしょ。そりゃ心配するよ。理由もわからず娘が急に仕事やめてカウンセラーになるって。それにちょこちょこ話に出てくる彼氏?あれセフレでしょ。だって具体的なエピソードなんもない。誕生日過ぎたらなんか一つくらい持ち物変わっててもいいと思うんよね。それに君は僕みたいな人にも暖かく会話してくれてるのにその人の話は感情籠ってない」


何も言えない。


「でさ別にええんよ。お母さんの気持ちは気にせんでええ。セックスも別に誰と何人としてもええよ。でもさ、自分が大切だと決めた人を大切にしなさいよ」


言えない。何も。そのため山下はますます熱くなった。


「ようはあなたは先輩を他の人に投影して助けようとしてるんでしょ?それは本当にあなたのすべきことなの?私にその話をして、私が共感して立ち直ってそれで先輩は、いやあなたは救われるの?違うと思うよ。あなたは誰にも縛られずに自分の好きなことをしなさいよ。カウンセリングがしたいの?こんな厄介おじさんと毎日解決もしない問題について話したいの?それがお母さんや、先輩や、あなたの望み?」


何故山下はこんなにも饒舌なのだろうか?おかしい。少し腹が立ってきた。山下は45歳になっても睡眠に問題を抱えて社会に順応せずに生きている貧しい人間だ。恋愛的なそれどころか金銭の介在する性行為もしてない。私は眠れる。十分な貯金もある。している。毎日決まった時間に眠れずに苦しんでいるだけの人間とは違う。私はやっと言葉が出た。


「なんでそんな言えるんですか」


鼻声でぐずぐずだが言い返した。


「僕もそうやからよ。こんな暮らししてると仲間死ぬねん。今年も仲間の葬式出たよ。高校、大学、こんな人間にも仲間おってさ、立派に社会で働いてる人間がこんな奴とご飯行ってくれるねんな。でもみんな一緒に無茶な暮らししてるから、病気したり事故したりさ、借金作って自殺したやつもおったよ。死ぬねん。で僕が死んだ奴にできることはさ、胸張って楽しかったって言える人生過ごすことだけやねん。こんなろくでもない人生やから地獄に落ちてさ、そこで自殺した仲間に会ったら言いいたいやん。あんな暮らしでも長々生きてみたら楽しいことばっかやったわ。生まれ変わってもう1回一緒に行こうぜって言わなあかん」


山下は強かった。私の目を見て話してくれた。語気と違い目は優しかった。


「君の気持はわかるよ。そりゃ今でも一緒にいたいよ。寄り添いたいよ。でも無理やからさ。ぶっちゃけ地獄も天国もないと思うで。でも万が一あってもう1回があるならさ、せめて胸張って言えるようにしようや。楽しかったって。それが仲間や自分を大切にするってことやと思うよ」


私は頷いた。


「2週間に1回君と話すの楽しかったよ。きっと地獄で仲間に君のこと話すで。君は良い子やわ。だから自分のために生きるんやで。死んでから胸張って楽しかったって言えるように生きるんやで」


山下は別れの挨拶をした。

私は泣いてろくに何も言えなかった。


公民館の管理の人が山下のことをひどく怪しんで見ていた。泣きはらした目の若いカウンセラー志望の女性と、言いたいことを全部放出して胸を張った中年男が予定の時間を超えて出てきたのだから。山下は行為をしていない。普段不埒な行為をしているのは私なのに。


私の代わりに社会から排除されるかもしれない目線を向けられても山下は気にせず胸を張っていた。スリッパから靴に履き替える時に公民館の備え付けの靴ベラまで使っていたのだから間違いない。


私たちが揃って会を抜けたことによってこの集まりは消滅した。

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