第4話 独白

「私は悪いことをしたんです」


山下はいつもの間の抜けた柔らかい表情のままだ。私がいよいよなんだか破綻した暮らしに耐えかねて懺悔したというのに。


続けた。


「大学の頃に仲良くしていた先輩が社会人になって一年経たない間に死にました。自殺です」


それでも山下はどこか呑気に聞いてくれた。


「私はなんとなくお互いに歳をとってもお茶をするのだと思っていました。異性同士なんですけど、恋愛に発展したり、異性としての関係を持ったりすることはなくてただお互いの近況を話し合うことができる、なんだかいい関係だったんです」


「最後に会った時、あれは安いファミリーレストランでしたー


19時過ぎの店内には高校生がたくさんいた。私は綺麗にリクルートスーツを着て、先輩は馴染んできたお店の制服のシャツから、乱暴にネクタイをはずして対面に座っていた。


「ただ写真を撮っていたかった。写真を撮っている時が一番幸せだった」


日常の話題が尽きた頃に先輩はぼそぼそとそう言った。いまでも出来ますよなんてチープな言葉は2人の間にはふさわしくない。だから沈黙した。


「俺は一生冷蔵庫を売るみたいなんだ。カメラを売り場にさえ行けなかった」


先輩はポケットから処方薬袋を取り出した。


「薬がないと眠れないんだ。眠ることもできない」


私は何かを言わなきゃいけないと考えた。何か希望を見つけようと必死だった。


「でも1粒づつ飲んでますよね。それってまともな毎日を過ごそうとしているからじゃないですか。もし先輩が何にも希望を見出さないのならその薬を一度に全部飲んでしまってます。先輩はまた写真を撮るために生きているんじゃないですか」


「そうか、そうだね」


私はこの時の先輩の表情を忘れない。柔らかい笑顔だった。先輩を元気付けられたのだと思った。春に小雨が降ってから急に晴れて、少し濡れた草木が良いにおいをさせている陽気の中を歩いているような笑顔だった。冬のざわざわとしたファミリーレストランの喧騒の中でも、私は冬の厚着をしたまま確かに春を感じた。


先輩は2週間後に死んだ。お葬式は近親者だけで行われた。


死因はなんですか?


顔も知らないご家族にそう聞けるほど、私も先方も精神的な余裕はなかったと思う。人伝に聞いた話によると1人暮らしの部屋に兄が遊びに来る日の朝に部屋の鍵を開けて死んでいたらしい。


私は先輩が服薬自殺をしたとしか思えなかった。すべての状況がそう思えた。彼は私の言った通りに死んだのだ。あの処方薬をすべて一気に飲み干して。冬のファミリーレストランで春の陽気の中を歩くような表情が出来る人は、もう何も気にしなくていい人だったのだ。


「山下さんは、先輩と似た笑顔をします」


泣きながら、私はそんなことに気付いた。

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