感情


17:00

作戦開始まで残り5時間。

進藤、伊織サイド


「ここで取ってくるものは自衛用の包丁と皿を何枚か、、」


今、俺たちは学園の1階にある調理室に来ていた。


葵から聞かされた作戦。

それは学校にある道具などを駆使して銃男を倒す。というもの。

もしおっさんを無力化出来たらもう自由に動き回れるだろう。

しかし、葵から聞いた作戦が本当に上手くいくとは思えない。俺は正直葵は信頼できる奴だとは思う。ただ、それ以上にどこか近づきがたい怒りに似た何かを感じるんだ。


「あと、ガス缶も必要だな、」


「颯太くんのことを燃やそうか?」


「ごめんなさい」


俺と伊織は学園に入ってからの数時間、ずっと二人で一緒にいた。

お互い不安をかき消すように話題を出して、それに答える。それを繰り返していく中で、段々と俺たちの距離は近くなっていった気がする。


「颯太くん、、、ほんとに上手くいくと思う?」


ふと、伊織は聞いてきた。


「葵くんの、言っていたことが本当に叶うならいいんだけど、私いまいち葵くんが信頼できる人だって思えないの、」


それはおそらく伊織も同じなのだろう。

物資の調達をしながら伊織は口を開く。


その声は常に震えており、その言葉の隅々から様々な感情が読み取れる。

俺は不器用だからこういう時になんて言うのが正解なのかはわからないから。


「大丈夫だよ、俺も絶対の確信があるわけじゃない。でも葵ができるって言ったんだ。俺はそれを信じる。」


俺に伊織の気持ちをどうにかすることは出来ないから。


だからこそ俺の素直な考えを話した。


ここで嘘をついて安心させたとしても、もし伊織が嘘だと知ったら今より不安定なものにさせてしまうから。


「颯太くんはどうしてそんなに葵くんのことを信頼しているの?」


確かに、それは言われてみれば俺もどうしてあそこまで信頼できているのだろうか、


「確か、颯太くんと葵くんはさっき会ったばっかりなんだよね」


「うん、まぁ。それにしても、どうして信頼できるかか、」


俺は少し考えた。


「多分、あいつが本気だってわかったからかな。」


「あいつ、俺達と話してる時目をあまり合わせなかったんだけど、たまに見えたあいつの目が普通の目じゃなくてさ」


「普通じゃなかったって?」


「俺達も敵として見てたっていうか、邪魔するやつは誰だろう許さないっていう感じの雰囲気を感じたんだよね」


「それって、逆に向こうは私達を信頼してないってことなんじゃないの」


「まぁ、確かに向こうは俺らのことを利用価値のある駒としてしか見てないだろうね」


「それじゃあ、利用価値がなくなったら、」


「それは場合にもよるかもしれないけど、多分見捨てられるね」


「じゃあ、葵くんに従う必要なんてないじゃん!」


伊織は突如として声を荒らげる。

伊織は他人を傷つけること、傷つけられることが許せないのだろう。

いま、伊織がここにいる理由だってこれ以上あの銃男の被害者が増えないようにするためだ。


「逆に考えれば、俺達だって葵を利用できるだろ」


「どーいうこと?」


「銃男をあいつと協力して捕まえれば、その後は俺達は赤の他人だろ?だったらそれまで協力してその後は別行動でもしとけばいいし。」


「たしかに、」


「まぁ、それは後々考えるとして、今は色々とやることがあるんだから、そっちやろ」


「そうだね、変なこと言ってごめん。」


伊織は頬をパチンと叩く。軽く赤みを帯びた顔は先程まてまの可愛らしさから凛々しいものへと変わっていた。

伊織の覚悟が強固になった瞬間だ。


「私、絶対あの人・・・を止めたい!絶対成功させよう!」


伊織の目はすごく綺麗だ。吸い込まれるような、見ていると胸がすごく苦しくなる。


ただ、伊織の言うあの人は誰のことを言っているんだろうな。


「そうだね、俺も同じ気持ちだよ」


俺は、そんな伊織の顔を見ることが出来なかった。

別に後ろめたいことがあるわけじゃない。

でも、それでも今の俺は伊織に並べるような人間じゃないんだと思わせてしまう。


ガタッ


一瞬何かがぶつかった音がした。

明らかに俺たちの近くで起きた音では無い。


俺は反射的に伊織を抱えその場にしゃがみ込む。

伊織は俺にベッタリとくっつき、ギュッと俺の服を掴んでいる。


伊織から伝わる香水の甘い匂い。

伊織の柔らかい肌の感触。

伊織のハァハァと伝わる荒い息遣い。


ドクドクと、心臓が騒がしい。

この騒がしい心臓は恐怖によるものか、伊織によるものか、、


時計の秒針がカチカチと音を立て、時間の進みを知らせる。

だが、どれだけ時間が経っても俺は伊織のことを離すことが出来なかった。


「颯太くん、もう大丈夫だよ、」


伊織はまだ少し震えている。

でも、いつまでもこうしていられないと、先へ行こうとする。


やっぱり伊織は強い人だ。

そう、改めて思う。


「ごめんね、痛くなかった?」


手を離したら、伊織の服には俺の腕に抱えられて作られた大きなシワが残っていた。


俺はかなり強い力で伊織を抱えていたようだ。


「ねぇ、颯太くん。私、死にたくないよ」


伊織は唐突にそう呟く。

死にたくない。その言葉は俺の心に深く突き刺さった。


こんな状況だ。死にたくないって思うのは当たり前の事で、

伊織だって普通の高校生だ。こんな状況で恐怖を感じるのは普通のことなんだろう。


「そうだな、俺もだよ。」


だけど、だからこそ、俺にはそう言うしか答えはなかったんだ。


伊織はもう一度俺に抱きつき声を荒らげて泣いた。

もし、銃男が近くにいたらなんて一瞬考えたが

もし、そうなっても伊織とならいいかなって思えるんだ。


伊織はしばらくそうやって泣いていた。



「私さ、今まであんまり友達遊びに行ったりしたことないんだよね」


さっきまで泣いていた伊織は少し落ち着いたのか

俺に話し始めてくれた。


「私の家って結構厳しいところでさ、学校終わりに塾とか習い事とか色々やらされて、勉強は嫌いじゃないしどちらかと言えば好きなんだけどさ、、それでも子供としては外で遊んだりしたいじゃん?」


伊織は俯き、目尻に残った涙を手の甲で拭った。


「で、私小さい時からの夢でさ、島の外に行ってみたいなって」


「でさ、颯太くんがもし良かったら、私と一緒に島の外に行ってみようよ」


伊織の誘い。そ!はとても魅力的な提案だが、

本当に申し訳ないが、俺には無理なんだよな。


「、、、そうだな。今から楽しみだよ」


「よし、お話は終わり!行こ颯太くん!」


伊織はにかっと笑顔を作り俺の事を見た。

伊織が俺に見せてくれたこの笑顔。

この笑顔だけは絶対に守りたい、また俺に見せて欲しい。


そんなことを願う


俺は伊織のことが好きだから。

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ダレガタメニ 猫宮いたな @itana

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