不遇な公爵家の娘
お姉様に、お母様に嫌われているのはよく分かる。
お母様は、私を見ると途端、気分を悪くする。
そのまま体調を崩してしまうことも多かった。
当然だろう。お母様にとって、私は不義の子なのだから。
私の存在は、お父様の裏切りの象徴みたいなもの……いや、象徴、そのものなのだ。
お母様にも、そう言われたことがある。
『お前の顔を見ていると虫唾が走る。嫌な記憶を思い出すのよ!これ以上私を苦しめないで!私の目のつくところにいないでちょうだい!』
顔を合わせる度に、お母様は顔を歪めていた。
『お前さえいなければ……!お前は、私の幸せを奪ったのよ。生まれてきて申し訳ないとは思わないの!?』
お母様は、そういって泣き崩れることもあった。
私の存在が、彼女を不快にさせている。
わかっている。その理由も。
私がそう言われるのも、仕方ないということも、わかっている。
……それでも、悲しいものは悲しかった。
私の存在こそが罪なのだと言わんばかりに、お母様は私を否定した。
私は……生まれてきてはいけない子だったのだろうか?
何のために私は生まれ、生きているのか──分からなくなる。
お姉様は、お母様とはまた少し違った。
彼女は、私を嫌悪する、というよりいたぶることに楽しみを見出しているように見えた。
それは、獲物をいたぶる捕食者の顔だ。
だからこそ私は、いつも彼女と顔を合わせることを恐れていた。
『いたの?気付かなかった。まるで幽霊みたいに気配がないんだから』
そう言って、肩や背中を押されるのは日常茶飯事だ。
その度に私は転倒し、怪我をしてしまう。
『あなたみたいに辛気臭いのがいるのと、家がかび臭くなるのよね。地下から出てこないでくれる?家中臭くなってしまうから』
……私は、そんなにかび臭いだろうか?
自分の服の袖を持ち上げくん、と匂いを嗅いでも自分ではわからない。
地上にはなるべく出ないようにしている。
お母様は私の顔を見ると体調を崩し、お姉様は面白い玩具を見つけたと言わんばかりに目を輝かせる。
お母様の甲高い声も、お姉様に足を引っ掛けられて転ぶのも、どちらも嫌だった。
……この家に、ずっとなんていたくない。
贅沢な話だろうか?
十五年間、私は何不自由なくこの家で育ててもらった。衣食住の面倒を見てもらったのだ。
私の生みの母に押し付けられたとはいえ、お父様とこの家には恩がある。
それなのに私は……この家から逃げたいと、思っている。
地下の自室に戻り、私は、ベッドの上で膝を抱えた。
細い蝋燭の光が、頼りなく室内を照らしている。
太陽の光が届かない生活は、囚人のようで気が滅入る。まるで監禁されているようだ、とすら思ってしまう。
その時、ベットの下に丸まっていたシロが「きゅいん」と鳴いた。
三角に尖った耳に、丸い顔。
ふわふわとした毛並みにちいさなお鼻、つぶらな黒の瞳──。
シロは、私が公爵邸の庭で拾った、狐か猫か犬かよく分からない動物だ。
毛が真っ白だったので、シロ、と名付けた。
シロは最初、怪我をしていた。
私は、自分が着ていた服の袖をナイフで裂いて、怪我をしていたこの子の腕に巻いてあげた。
そしたら、シロは私の後をついてくるようになったのだ。
邸宅に動物を入れたら、お母様に怒られてしまう。
私は困ってシロに家に戻るよう言ったのだけど、動物に言葉が通じるはずがない。
そもそも、出会って直ぐに「シロ」と名前をつけてしまった時点で、私はこの子を見捨てることが出来なかった。
私自身が厄介になっているというのに、さらに動物を連れてくるなんて、お母様に知られたらきっとものすごく嫌な気持ちにさせてしまうだろう。
それでも、怪我をして痛々しいシロを放っておくことはできなかった。
私はお父様に頭を下げ、シロを自室で飼いたいと願い出た。
反対されるか、拒否されるか。
厳しい言葉を覚悟していた私だが、意外にもすんなりと許可が出た。
ただし、自室以外にシロを出さないこと。
それが、シロを邸宅に迎え入れる条件。
それから、公爵邸宅の中で唯一の友達であり、仲間であり、家族のシロが増えた。
シロがいることは、私の人生に変化を与えた。
今までは、暗い自室で朝なのか夜なのかわからない生活を送ってきた。
太陽の光が届かない地下では、ぼうっとすることが多く、食欲がない日が多かった。
だけど、シロが来てくれてから、私は少しだけ毎日が楽しくなった。
私にとってシロは、友達であり、家族であり、味方であり、かけがえのない相棒なのだ。
シロとの出会いを思い出していると、シロがとん、とベッドに登ってきた。
まるで、どうしたの?と言わんばかりに。
そのつぶらな黒い瞳に、私は苦笑する。
「……シロ、あのね。私……一生この家にいるかもしれないの」
シロに言うと、まるでそれは変えようのない未来のように思えてしまって、ますます悲しくなる。
声が震えてしまう。
いつもと違う私の様子に気がついたのか、またシロが「きゅん……?」と鳴いた。
涙がじわりと零れ、視界が滲んだ。
「私……この家にいたくない……」
でも、この家を出てどこに行くの?
育ててもらってるだけ、いいでしょう?
これ以上を求めるなんてぜいたくだわ。
そんな声が聞こえてくる。
わかってる。
(わかってるけど……でも)
この家を出て、逃げたい、逃れたい……という気持ちは、消すことが出来なかった。
そのままシクシク、さめざめと泣いていた私に、シロが頭を擦り付けて来る。
ふわふわとした毛が、腕に触れる。
そのくすぐったさに、私は笑みをこぼした。
「もう……くすぐったいよ、シロ」
私を慰めようとしてくれているのだろうか?
シロは、しきりに私の腕に頬を擦り付けると──トン、とその前足で私の指に触れた。
「ん……?」
私は、シロの行動を不思議に思ってじっと見る。
シロは、その白い手で私の指先に触れていた。肉球の柔らかな感触が指に触れる。
私は、戸惑いながらシロを見た。
「……シロ?」
シロが、何をしようとしているのかわからない。
シロはしきりに私の指を引っ掻くように手を押し付けてくる。
私の指には──お父様にいただいた、指輪が嵌まっている。
私が、公爵家の一員でいることを示す、唯一の品。
不遇な聖女が死んだ、その後。 ごろごろみかん。 @omochimochimo15
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