(9)

 ここは騎士団が普段使っている食堂。

 次はここで礼儀作法の訓練が行われる。

 

 礼儀作法が必要なのかって思ってたけど、どうやら結構重要らしい。

 出世したらお貴族様と会う機会も増えるし、下っ端でも式典とかでお偉いさんに会うかもしれないからだ。


 は式典用のスーツに着替えていた。

 白いシャツに灰色のベスト、首元には赤い蝶ネクタイをし、黒いパンツは脚にピッタリ会うサイズを選んでいる。

 今まで女性団員がいなかったため、ドレスの用意はなかったらしい。

 まあこっちの方が動きやすいから全然いいけど。


 もちろん他の同期たちもそれぞれ正装している。

 とは言っても形はみんな似たり寄ったりで、せいぜいベストの色が異なる程度しか違いはない。

 ちなみにホムラが赤、ザイニックが藍、リカーは深緑というチョイスだ。


「こちらのお飲み物をどうぞ、騎士様」


 黒のテイルコートに身を包んだタダシ副団長が配膳をしてくれる。

 服もそうだが、その佇まいは一流の執事を彷彿させた。

 流れるような身のこなし、ブレることのない体幹、一挙手一投足全てが勉強になる。

 なんでこの人が団長じゃないんだろう?


「ありがとうございます!!副団ちょ……」

 

 スパァンッ!

 

「イテッ!?」


 乾いた音が響き渡る。

 副団長がどこからともなくハリセンを取り出しはたいたのだ。

 

「大声で喋るな。普段ならその声量は褒められたものだが、この訓練は貴族や重鎮の方々との立食パーティを想定している。どんな状況でも動じることなく、騎士として恥ずかしくないよう紳士・淑女然とした態度でいることを心掛けろ。状況にそぐわない行動をすればすぐにハリセンこれで引っ叩くからな。肝の銘じておけ」

「はいッ!!」

「うるさい」


 二度目のハリセンの音を聞きながら思考を巡らす。

 と副団長は言った。

 つまり、今から私たちが動じるような状況が起きるということなのでは?


 ――その予想は正しかったらしく、早速動きがあった。

 


「…………あッらぁん!良〜い騎士サマたちが揃ってるじゃなぁい!」

 


 どぎつい化粧を施したケバいおっさん先輩Aが乱入してきた。


「ぶはッw!?」



「リカー、アウトー」



 スパァンッ!


 突然の珍事にたまらずリカーが吹き出す。

 私とザイニックはなんとか堪えたが、今も笑いを堪え痙攣している状態だ。早く体制を整えないとっ……、副団長がこっち見て……ふふっw。

 ていうかなんでホムラはポカーンとしてんのよ!何かしろ思うことはあるでしょ反応しろ!


 呼吸を整える間も与えられず展開は動いてゆく。


「ねぇんそこの騎士サマぁん。私とこっちでおしゃべりしなぁい?」

「ええっ!?ぼ、僕ですか!?」


 次のターゲットはザイニックらしい。

 ごめん、頼んだ。それの相手はちょっと私には荷が重い。


「アルマさん!?目逸らさないで助けて!?」

「大丈夫ぅ何もしないからぁん」

「何かする人のセリフなんですよソレ!?」

「ほぉらぁ……こっち♡」

「ひっ……!う、うわぁぁぁ!?」


 

「ザイニック、アウトー」


 

 スパァンッ!


「いたいっ!?」

「くっ、また犠牲者が……!これでもう叩かれていないのは私だけ……。せめて私だけでも逃れなきゃ!」

「押し付けといて何言ってんのさ……!?」

「仕方がなかったの、今のは必要な犠牲よ。人はみんな誰かの犠牲の上に成り立っているんだから」

「今のは助けられたよね……!?」


 スパァンッ!


「いたいっ!?」

「騒がしいぞザイニック」


 副団長の気配を察知し、素早く距離を取る。

 今ザイニックと一緒にいると巻き添えを喰らいそうね。一旦離れて……。


「そこのレディ、何か落とされましたよ」

「へっ?あぁどうも……」


 何か落としたかしら?全然気づかなかった……。


「ほら、僕のハートが落ちてたよッ⭐︎」


「………………」


 ……なるほど。こういう攻め方もあるのね。

 平常心、平常心よアルマ。ここで手を出したら相手の思うツボ……。


「どうかしましたかレディ。体調が優れないようですが……」

「だ、大丈夫。お気遣いなく〜」

「よろしければ――僕の胸の中で休んでいきませんか?」


 一旦離れよう。ここは危険だ……!さっきからこの変輩への殺意が収まらない……!


「本当に大丈夫なので!じゃあこれで……!」

「そうですか……。ではせめてこちらをお使いください」

「?」


 何かしら、これ?脱脂綿?


「――そちら、生理用ナプ」

「ふんっ!!」

「右ストレートッ!?」



「アルマ、アウトー」



 スパァンッ!


「あいたぁっ!?」


 殺意を抑えきれなかった。けど悔いはない。


「後であんたは〆る」

「理不尽」


 乙女の神秘に土足で踏み入るなら容赦はしないわ。


 

 ――ズンチャッチャッ♪ズンチャッチャッ♪


 

 今度はなに!?

 入り口から変な音楽が流れてくる。

 あからさまな異変に、私たちは全員警戒体制となった。


 やばいのが――来る!


「「どうもーーー!!」」


 ――ピエロの格好をした最大の障害達団長とムッシュが現れた!


「ぶはっ!あーっはっはっ!!ヒィーw w w」

「先輩たちっ、ピエロにもなれるんすねっ!尊敬しま……」



「リカー・ホムラ、アウトー」



 スパパァンッ!


「あだっ!?」

「いてっ!?」


 くふっ……!な、なんとか耐えた……!ザイニックも持ち堪えてる……!

 初動さえ耐えれればなんとか……!


 

「……夢の中でも忠誠心抜群のタダシ。『zzz……。――お履き物温めておきました国王様っ!!』」



 耐えられなかった。


 

「ホムラ・リカー・ザイニック、アウトー」



 スパァンスパァンスパァンッッッ!!!


「「「いたいw w w」」」


 もう痛みよりも笑いの方が優ってしまっていた。

 三人とも床に崩れ落ち必死に笑いを抑えようとするがなかなか立ち直れない。ムリ腹筋しぬw w w

 

「……ふっ、俺の十八番」

 


「ムッシュ、デッドー」



 ドゴンッ!!


 轟音と共に副団長の拳が炸裂する。

 顔面にモロ喰らったムッシュは、壁際でピクピクと痙攣していた。

 副団長の行動に紳士的じゃないとツッコミを入れたかったが、今それをやると多分、死ぬ。

 堪えろ私。


「続きまして――」


 そうだった忘れてた!?

 まだ二人目が残ってたんだった!

 だめっ、まだみんな立ち直れてない……!?万事休すまたハリセンか……!


 しかしそんな私たちの前に――扉の奥から救世主が現れた。


「――口説き文句が独特な国王。『俺の家そこなんじゃけど、寄ってくじゃろ?』」


「ずいぶん楽しそうじゃのぉカーニスくん」


 ……………………。


 場が凍りついた。

 現れたのはネタにされてた張本人国王

 その顔には満面の笑顔が張り付いていたが、目だけは全く笑っていなかった。

 その示し合わせたかのようなタイミングの悪さに、また笑いが込み上げてくる。

 


 ――ダメ……ッ、今笑ったら終わる……ッ。


 

 ダッ!←全力で逃げ出す音。

 ガッ!←首根っこを掴む音。

 ぐえっ←カーニスの鳴き声。

 

「俺をネタにするのがそんなに楽しいんか?ええ?なんとか言うてみい」

「オレは悪くないです!」

「よくもまあそんな堂々と言えるなぁ。逆に感心するわ」

「この団長終わってる……」

「おい陰キャ、逃げるの手伝えよ」

「ひぃ!?」

「最高に無様な脅しね……」

「お前らオレの一発ギャグで笑ったじゃん」

「――そうなんか?」


「「「「笑ってません」」」」


「新人たちがクズすぎる件ッ!!」


 事実無根です私たちは何も見てません誰ですかその人。

 

「こうなったらなりふり構ってられるか!?この人に捕まったら何されるかわかったもんじゃない!逃げ一択……!」

「逃すわけないじゃろ」


 パチンッ、と指を鳴らすと、すかさず副団長が団長を抑える。

 必死に抜け出そうとするが、国王が逃げ道を塞ぐ方が早かった。


「そんなに宮廷道化師がやりたいんなら、今すぐさせちゃる。――その鼻、真っ赤に腫れ上がるまで殴るわ」

「いえ遠慮しておきまずべ……ッ!?」


 言い切る前に刑は執行された。

 部屋中に打撃音と汚い悲鳴が響き渡り、それをバックミュージックに片付けが始まる。

 

 ――訓練が終わると、そこには二体のピエロの残骸が転がっていた。



 


 ようやく終わった……。


 

 さて――


 

 そろそろ動くか。

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