(8)

「次は狩猟訓練だ」


 騎士団は城外の森に来ていた。

 この国に広がる森には木の実や動物が多く生息し、国の食料問題に対して大きな支えとなっている。

 また深い森は敵国が攻めづらく、国防にも適した環境となっていた。

 

「はぁ…はぁ…狩猟っ?騎士と、関係、あるんですかっ?」

 

 息を途切れさせながらアルマが尋ねる。

 全身汗だく、髪は乱れ、膝に手をつきなんとか立っている状態だ。

 全力疾走の後に追加で走れば疲れもするよな。

 オレもケツ砕かれた後に400周したからわかる。突っ伏したまま立てないもん。


「狩猟を通して学べることは多くある。馬や武具の扱い、隠密行動、解体技術なども身に着けられる」

「なるほど……総合訓練といったところなんですね……」


 ザイニックが相槌を打つ。

 

「そうだ。それと狩った動物の一部は街の人々に格安で卸すことになっている。命を無駄にすることもなく、民も喜ぶ。まさにWin-Winな関係というわけだな」

「めっちゃいい訓練ですね!」


 ホムラが目を輝かせ、そのシステムに賞賛を送った。

 どこがいいんだよ……。

 汚れるし、虫もいるし、金にならない。

 いいことなんて何もないだろ。


 なにより今は馬に乗りたくない。ケツが割れてて座れません。


「さっさと騎乗しろ」

「オ゛っダ!?!?!?ヤメテお尻蹴らないで死んじゃう!?」

「人はそう簡単に死なん」


 鬼畜メガネタダシは無慈悲にオレのプリティヒップを蹴り上げ、手早く狩りの準備を整えた。

 新人たちもそれに倣い着々と準備をし進めてゆく。

 遅れるとまた蹴飛ばされるかもしれないので、渋々準備を始める。うう……痛すぎてビリビリする……。

 できるだけ鞍との接触面積を減らすために、愛馬にもたれかかるようにして座る。

 楽させてくれよ、我が愛馬。

 

 振り落とされた。

 尻から着地して地面を転げ回る。


「なにをやっている馬鹿者」

 

 この馬!お前から狩猟してやろうか!?


「この訓練は5人1チームで行ってもらう。乱獲はまずいからな。1チーム1匹を狩猟し解体までするように」


 この訓練は毎月1回行われるが、団員を3グループに分けローテーションして開催される。全員でやるとさっきタダシが言ってたように取りすぎるからな。

 なのでこの訓練は3ヶ月に1回やって来る特殊な訓練なのだ。

 待機中の奴ら?城で永遠に模擬試合してるよ。罰ゲームありで。

 そういう面ではこの狩猟訓練は優秀だな。罰ゲーム無いし、比較的楽だし。

 尻さえ無事ならなんの文句もなかった。


「チーム分けだが、事前に渡しておいた紙があるだろう。そこに書かれた番号が同じ奴らと組んでもらう。左から番号順に集まれ」


 あーそんなものもあったなぁ。えーとどこやったっけ?

 ……おっ、あったあった。えっと番号は……1番か。んじゃ、さっさと移動するかぁ。

 コイツはちょっと今機嫌悪いから手綱引いていこう。




「「げっ」」


 集合地点に行くと、そこにはすでに今回のメンバーが集まっていた。

 しかしそこにはお尻の仇アルマが。


「めっちゃオレの所に来るじゃん。なに?ストーカーなの?」

「そんな分け無いでしょ。ていうかさっきまで私にちょっかいだしてきたのはあんたの方じゃない。そっちこそ私のことが好きなの?」


「「………………」」←メンチを切り合う。


「お前たち……まだ罰が足らないか?」

「「すみませんすぐやめますッ!?」」


 クソッ、ここは一時撤退だ!

 これ以上は体が持たん。




 しばらくして、狩猟訓練が始まった。

 とりあえず獲物を見つけることを目標にして、うちの班は動き始めた。


 音を立てすぎないよう、慎重に行動する。もちろん索敵も忘れない。

 馬に乗りながらこれらを行うのは結構……いや、かなり難しい。

 実際アルマは馬の制御にかなり苦労していた。

 ずっと茂みに突っ込んで音立ててるし、馬の制御に気を取られて索敵なんてまったくできていない。

 まあ新人だし仕方ないよな。オレも最初はあんな感じだった。

 仕方がない。ここは先輩として一言アドバイスでもしてやりますか。


「おいアルマ、もっと背筋を伸ばして肩の力抜いてみろ。姿勢を正すだけでだいぶ変わるぞ」

「馬に寄りかかって半分横になってる人に言われても説得力ないんだけど」


 失礼な。力の抜き方に関してはは超一流なんだぞ。

 あとお尻が痛すぎて座れないんだよ。

 

「団長がそんな姿で良いわけ?他の騎士たちに示しがつかないんじゃない?」

「あいつらがオレの姿を見ていちいち反応なんかするかよ」

「あっそ。まあこんなみっともない姿の団長のことなんて誰も気になんかしないわよねー」

「ははは、こんなみっともない姿でもお前よりは役に立つからな。茂みに突っ込むなんてそんなしょーもないミスしないし」


「「………………」」←メンチを切り合う。


「あの〜団長と新人?また副団長に怒られ……」

「そこまでいうならやってやろうじゃない!あんたより先に仕留めてやるわよ!」

「やってみろよへなちょこ騎手!そのヘタクソな騎乗スキルでオレに敵うもんならな!」


「「うおおおおおおおおお!」」

 オレたちは獲物を狩るため駆け出した。


「はぁ……副団長にどやされる……」




「「うおおおおおおおおお!」」


「うわっ!?」

「なんだなんだ?」

「また団長か?」


 森を疾走する。

 周りのことなど一切考えず、縦横無尽に駆け巡っていた。

 相手アルマはオレより先に獲物を見つけんと、血眼になって探し回っている。

 オレも負けじと寝そべった状態で、鼻を馬に擦り付けるように首を回し、辺りに視線を配った。


 しかしそれ鼻こすりを嫌がったのか、元凶オレを振り落とそうと再度愛馬が暴れ出す。

 だが二度は通じない。

 先程は無様に叩き落とされたが、今度は密着度を高めることで落馬を回避した。

 ハッ!馬ごときが人間様に勝てると思うなよ!


「ブルルンッ!」

「痛ったい!?」


 コイツッ!ジャンプして木の枝にぶつけてきやがった!

 あと数センチずれてたらお尻に当たってたぞ!?


「あんた馬に嫌われすぎでしょ……!」

「余計なお世話だ!?」


 まあいい、今は獲物を狩ることが最優先事項だ!


 さらにスピードを上げる。

 すれ違った奴らから何か言われた気がするが悉く無視。奴らに構っている暇はない。

 このクソ生意気な新人に、オレの方が上だとわからせることの方が重要だ!

 

 駆ける駆ける駆ける。

 木々の間をすり抜け、獣道を踏み荒らし、獲物を探し回る。


 そして遂に、無防備に木の実を食している鹿を見つけた――!

 だがオレたちは、目の前の獲物に夢中で、背後から忍び寄る脅威に気づけなかった。


「おい、お前たち……」

「「もらったぁッ!!」」


 同時に投げ槍を振りかぶる。

 そしてそのまま獲物に向かって投擲するつもりだったのだが――なにやらの方に鈍い感触が……。


 恐る恐る振り返ると――そこには顔面で二人分の柄を受け止めるタダシの姿が。

 その様子は、怒るでもなく、呆れるでもなく、ましてや嘆くでもない。

 無を顔に貼り付け、どす黒いまなこでこちらを凝視していた。


「アッ、えっとこれは……」

「ちょっと、事情がありまして……」


 引き攣った笑みを携え、言い訳を試みる。

 タダシの表情は動かない。


「コイツが先に生意気なことを!」

「そもそもこの人がだらしないから!」


「お前たちの言い分はよぉくわかった」


 真顔からドスのきいた声が発せられる。

 その声に怯み、オレたち二人は速攻で口を閉ざした。

 そして次の瞬間――。


 ヒュンッ――

 ドッパァンッ!!


 ――オレたちの間を槍が通り抜け、後ろにいた鹿の首がはじけた。


 鹿の血が辺り一面に飛び散り、タダシの顔にもかかる。

 赤黒く染まったその顔は、無表情も相まって尋常じゃ無いくらい怖かった。

 

 そして一言――。

 

「次は無い」

「「すっ、すみませんでした……」」


 しばらく恐怖で動けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る