(7)

「まずは身体訓練だ!甲冑を着たまま訓練場を100周!不正はするなよ。始め!」


 タダシの合図で全員一斉に走り出す。

 この訓練場の広さは約4200㎡。縦60m×横70mの長方形だ。

 つまり一周が大体260mでそれを100周、約26kmのランニングである。それも甲冑付き。普通に辛い。


 ――だがうちの訓練はこれだけでは終わらない。


「いつも通り下位十名には追加で3セット走ってもらう!心してかかれ!」


 そう、罰ゲームがあるのだ。

 こんな悪趣味なことを考え出したのはもちろんあの人国王クズマリス

 相変わらず性格が終わっている。

 上位にご褒美とかでいいじゃん。そっちの方がみんなやる気出るって。


「ぅおりゃあああああぃ!」


 おっ、前の方にホムラいるな。

 新人のくせに先頭集団についていくとはやるな。オレはめんどいから中の方でゆっくり行くけど。

 あとついでに新人の様子を見るようにってタダシに言われたし、そのためにはこの辺がちょうどいい。

 面倒だがランニングのペースを上げなくていいのはありがたい。

 にしてもあいつずっと叫んでんな。体力持つのか?


「ヒイっ、ヒィっ……!」


 陰キャ……ザイニックは最下位か。まあ見た目通りって感じだな。そろそろ先頭集団に追いつかれそうだ。

 リカーは――。


「オロロロロr……」

 隅っこで吐いてた。最下位こいつだわ走ってすらいねぇ。


 新人男共はこれで全員か。あとはアルマだな。

 後方組を見渡すが見つからない。ならば前かと思い前方組を見るがそこでも見つからない。

 オレより後ろにいたら煽り散らかす予定だったのに。どこいった?


 ……ん?なんだあの集団?


 前方組の少し手前のグループがやけに騒がしく、小さな人だかりができていた。

 何事かと確認してみると、その先頭には探していたアルマが、少し離れた位置に他の騎士たちが真剣な顔をして集まっていた。


「お前ら何やってんの?」

「あっ団長。いえ、俺たちは新人がちゃんと訓練に励んでいるか監視していて」

「本当は?」

「アルマたんのケツを追ってました」

「こいつら!ほんと!キモい!!」


 それは同感。

 だがさっきのこともあるので、こいつが嫌な目にあっているこの状況は悪い気はしない。


「うむ。先輩としての役目、存分に果たすように」

「了解です!」

「覚えてなさいよクソ団長!?」


 失礼な女だなぁ。

 ここは団長としてビシッと言ってやらなくては。


「見られるのが嫌ならコイツらを撒くくらい前に行けばいいだけだろ?それもしないで見られるのが嫌とか言われてもオレにはどうしようもないというかぁ、むしろ見られたいのかなーとか思ったりするわけでぇ」

「この騎士団ほんと終わってる!なんでこんなのが街の人に好かれるのよ!?」


 国王がヤバいところを全部隠しているからです。


 ここの騎士、飲む打つ買う全然するからな。騎士道なんてものはほぼ無い。そんなもん持ってるのはタダシと数人くらいだ。


「オレらのことがよーくわかったところで、さっさとスピードアップでもするんだな。けど気をつけろよ?コイツら体力だけはあるからちょっとやそっとじゃ撒けないぞ。簡単にはお前のケツからタゲ外さないから」

「……その尻、まなこに焼き付けるッ!」

「ほんっとキモい!!嫌い!!」


 激しく同意。でも楽しいから止めない。


「副団長に言いつけるから!」

「「「それは無しだろ!?」」」


 コイツ速攻で奥の手使ってきやがった!プライドとか無いのか!

 まずい、これ以上の罰追加は流石に死ぬ!?


 アルマはタダシ率いる先頭集団へと駆け出した。


「誰かその女止めろ!?」

「副団長、話があります!」


 全然間に合わなかった!


「なんだ?」

「後ろの集団が私のことをいやらしい目で見てくるんです!団長は止めるどころか加担してきて頼りになりません!どうにか制裁を!」


 全員速攻で距離を取り責任転嫁を始める。というか誰が見ていたか有耶無耶にしてオレだけに責任をなすりつけようとしてきた。

 コイツら普段仲悪いくせにこんな時だけ連携しやがって!?


 しかし、タダシの口から出たのは意外な言葉だった。


「ふむ……。だがそれでいいのかアルマ?」

「えっ?」

「お前は女性だ。これから先そういう目で見てくる下衆どもは大勢いるだろう。そいつらが手を出してきた時、毎回私を頼るのか?」

「それは……」


 そうだ!いいぞタダシ言ってやれ!


「仲間を頼るのはいい。だが、自分のことも守れないような弱者はこの騎士団にはいらん」

「……っ」

「というわけで、お前には特別ルールを追加する」

「「えっ?」」


 嫌な予感がする。


「これからお前には競争をしてもらう。――対象は今お前より後ろにいる奴ら全員。ゴールした時点で追い抜かれていた場合、抜かれた人数の二倍の量走ってもらう。まず舐められないだけの体力をつけろ」

「……私より後にゴールした人は?」

 

ケツを潰す」

 

「お前ら走れ!?ケツが無くなるぞ!?」

 

 標的アルマを追い抜くため、全員血眼になって走り出す。

 我先にと駆け出し、近くにいるやつを押し除け、醜い足の引っ張り合いまで始まった。

 訓練場は混沌に包まれ、小さな戦場と化していた。

 しかも――


「あのアマ!ここにきて全力疾走かよ!?少しは手加減しろください!?」

「うっさい!あんたらのお尻のことなんてどーでもいいのよ!さっさと潰されろ!」

「「「潰されるならアルマたんのお尻に潰されたいですっ!!」」」

「死ねッ!!」

「セクハラしてる暇あったらあいつ止めろバカ!!」


 こうして、命がけの競争が始まった。




 ――二時間後。

 アルマが意地を見せたせいで、追い抜けたのはオレ、ムッシュ、リカーの3人だけだった。

 訓練場は今、追加のランニングをしているアルマの愚痴と、敗者たちの汚い悲鳴が響き渡っている。


「ふんッ!!」

「ぎゃッ!?」


「せいッ!!」

「がッ!?」


「はッ!!」

「オ゛ッ!?」


「次ッ!!」

「なんで僕まで……いだいッ!?」

 

「……まじで助かった。あんなん食らったらケツが粉々になっちまうよ。」

「……恐ろしや」

「ゼェ……はぁ……。くっ……!一番喰らって欲しかった二人に負けるなんて……!」


 オレに勝とうだなんて千年早いわ。

 こちとら毎日国王クズマリスあの鬼畜と追いかけっこしてんだぞ。


「てかお前はなんで勝者側こっちにいんの?」

「え?そりゃアルマちゃんを追い抜いたからですよぉ。吐いてだいぶスッキリしましたしねひっく」


 最下位から追い抜くとかだいぶ凄くね?

 ただの酒カスじゃ無いってことか……。

 まあ何はともあれこれで一件落着――。


「最後。カーニス、尻だせ」

「なんで!?」


 平和は続かず、突如死刑宣告が下された。


「おい待て!?オレはアルマより先に……!?」

5と言ったはずだが、きちんと500周したんだろうな?」

「………………」

「歯ぁ食いしばれ……!」

「ちょ待っt……!」

「ぜぇいッッ!!」


 汚い悲鳴が響き渡った。

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